- 2021年08月29日 10:17
天才キッズが集う「孫正義育英財団」に潜入!数学に夢中な中1は、家庭でどう開花したのか?
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ソフトバンクグループ代表の孫正義氏が設立した「孫正義育英財団」を知っていますか?「未来を創る人材の支援」を目標に掲げ、2016年12月に設立されました。
突き抜けた才能=「異能」を持ち、ときにギフテッドとも呼ばれる若き天才たちも集うこの財団。メンバーである子どもたちが、どのように才能を開花させ伸ばしていったのか。その「夢中になれる力」を育てるヒントについて、家庭教育の視点から、財団生の親子にお話を伺いました。

この記事のポイント
- 優れた才能を持つ若者を支援する孫正義育英財団とは?
- 「夢は新しい数学の分野を作ること」3期生・梶田光さんの才能を育てた家庭環境とは?
- 財団生になって広がった可能性
優れた才能を持つ若者を支援する孫正義育英財団とは?
未来を創る人材として、「高い志」と「異能」を持った若者の才能を支援するために、孫正義氏によって設立された「孫正義育英財団」。現在は10歳から28歳まで、世界各国、計240人のメンバーが在籍しています(2021年7月1日現在)。選考によって選ばれた財団生が得意とする分野は、プログラミング、数学、生物学、科学、アートと多種多様。
最先端テクノロジーを備えた活動施設「INFINITY」の提供や、進学・研究・起業などへの支援金提供も行われ、新しい時代に対応できる人材育成の基盤となっています。
「夢は新しい数学の分野を作ること」3期生・梶田光さんの才能を育てた家庭環境とは?
今回インタビューしたのは財団3期生の梶田光さんとお母様の恵美子さん。現在中学1年生の光さんは、小学5年生で数検準1級(高3程度)合格を果たし、英検1級特別賞も受賞。今年4月には数検1級(大学程度)にも合格しています。数字への高い関心を示した幼少期から現在まで、親としてどのように接し、育んできたのか伺いました。
抜きんでていた「数」への興味
梶田家の長男として生まれた光さん。恵美子さんにとっても初めての育児、そして高齢出産だったこともあり、当初は子どもの発達について知らないことも多く、手探り状態だったと言います。
「同じくらいの年齢の子ができることがよく分かっていなかったせいもあって、特に才能を感じるような『これは!』ということはなかったんです。でもとにかく数字が好きで。動き出す頃に数字の描かれたパズルやブロックを与えると、どれだけでも集中してひとりで遊んでくれたので、助かったんですね。試しに1歳のころ、九九のポスターを壁に貼ってみたんです。『読んでくれ』という感じだったので、読み上げたら2歳で9の段まで暗記して。あとは100まで数えて、さらにカウントダウンするというのも覚えていました。実家に帰省した際、目にした両親が『すごい!』って。そこで私も初めて『あ、すごいんだ』と気がついたんです」
幼い光さんの数字に対する強い興味や記憶力に気付いてからは、百玉そろばんや電卓、数字をはめ込むスポンジマットなど、思いつく限りの数字のおもちゃを与えたそうです。

ピアノの習い事から広がった世界
数字のほか、光さんが興味を持ちそうなものは、習い事を調べてどんどん試していったという恵美子さん。陸上や居合の運動系のほか、現在まで続いているのはピアノ。3歳から始めたレッスンでも、光さんは年齢以上の集中力を発揮しました。
「課題で『来週までにこの2曲を弾いてね』と子ども用の楽譜を一冊くださったんですけれど、一週間のうちに一冊全部弾いちゃうんです。それで先生もどんどんと進めてくださって、楽譜を見ないで結構弾けるようになりました」
引っ越しを機に変わった教室ではアメリカ人の先生が担当。英語に触れるきっかけにもなりました。

ピアノを通じて英語にも触れ、光さんの視野がぐんと広がるのを感じたそうです。
小学1年生からは近所の英語教室にも通い始め、ますます英語への理解も深まったそう。中にはバレエなど、身体的にキツく続かなかったものもあったそうですが、我が子が興味を持ちそうなものはとりあえず体験させてみる、そんな姿勢が大切であることが分かります。

数学への興味のきっかけは一冊の洋書
幼少期から数への強い興味を持っていた光さんが、数学というものにより本格的な関心を示したきっかけは、恵美子さんが買ってきた一冊の本でした。
「小学校1年生のときに『Mathematics1001』という数学の洋書を与えてみたんです。まだ英語がよく分からない頃だったから、余計に知りたい気持ちが強まったみたいで。さっそく辞書を引いて調べ始めて、それが楽しくなってしまって。ぐっと数学に対する真剣味が増しました。英語教室の先生が『Mathematics1001』を教材としてとりいれてくださったことも大きいですね。」
それからますます数学に傾倒していった光さんは、あるとき「ミレニアム懸賞問題」(アメリカのクレイ数学研究所が2000年に発表した、7つの数学問題。それぞれ100万ドルの懸賞金がかけられている)が解けたかもしれない、と両親に告白。いわゆる未解決問題の光さんの回答を前に、これは専門家にみてもらなくてはと、先生を探し始めました。
「数学研究家の宮本憲一先生という方に、『ミレニアム懸賞問題』を解いたことと、新しい数式を作ったから見てもらいたいと言って。そうしたら驚かれて…とはいえその問題自体は全然解けてはいなかったんですが(笑)。結果として宮本先生の先生である、飯高茂先生をご紹介いただくことになったんです」
代数幾何学のリーダーとして世界的に知られる数学者の飯高茂先生、そして宮本先生との繋がり。先生方の勧めもあり、光さんは10歳で孫正義育英財団の扉を叩きました。

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