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  • 2021年08月31日 10:20 (配信日時 08月27日 06:00)

陶器ブランドを生かす信長が着目したインフラ革命 - 橋場日月 (作家)

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前回「産業と財政基盤の知多半島を今川義元から守った信長」で織田信長がブランディングした瀬戸焼のことを書いたが、書き切れなかったことを少し捕捉させていただこう。

北近江の小谷城といえば越前の朝倉義景と組んで信長を大いに苦しめた浅井長政の本拠地だが、その跡を発掘調査した記録がある。それによれば、出土した陶磁器の欠片(かけら)の内訳で最も多いのが土師質土器と呼ばれる素焼きの陶器。釉薬(うわぐすり)をかけない、つまりローコストで大量生産が出来る素焼きが96%以上を占めている。

俗に言う、〝かわらけ〟です。かわらけの盃や小皿は宴会での使い捨て用が多かったというから、現代人の我々がパーティーで便利な紙皿・紙コップを使うみたいなものだね。

このほかに灯明用の皿(まだロウソクが高価だった当時、夜の照明は皿に油を注いだ中に灯心となる紐を浸して、その先に火を灯す「灯明」がメジャーだった)や、戦国時代らしいところでは武将が出陣する前の儀式(三献の儀)にも使われた。あ、この儀式が終わったあと地面にかわらけを打ち付けて割ったというのはほぼほぼフィクションらしいです。ざんねん。

岐阜城跡をバックにする若き日の信長像(筆者撮影、以下同)

敵対していても〝ブランド品〟は購入

こうした使い捨ての消耗品であるかわらけが圧倒的に多いなか、この他の3%弱が焼き締めといって比較的高い温度で焼いた強度の高い陶器になる。残りは中国・朝鮮製だった。

食器、食糧保管道具、すり鉢などの調理具、大甕などの発酵醸造道具などがそれだ。なかでも茶器は釉薬(うわぐすり)もかけられた高価な陶器だが、こういったものは瀬戸焼と、それから派生した美濃焼で占められている。そして大甕はオンリー・ワンの強みを持つ常滑焼だ。

この瀬戸焼・美濃焼・常滑焼の出土量は、小さい分母ではあるが浅井長政の同盟者だった朝倉義景の地元の越前焼の3倍にのぼる。信長に敵対して3年半も苦しめ続けた長政の本拠にして、瀬戸焼・美濃焼・常滑焼という〝ブランド商品〟を買っていたというのは面白い。

敵国だろうがなんだろうが、品物を売った利益の内のいくらかは税として商人から織田家の懐に納められるわけだから、信長としては「ブランド製品しか勝たん!」となるのも当然なのだ。

彼は天正元年(1573年)ごろから、職人などの「天下一」称号を規制して自分が認めた者にしか許さないとする政策を打ち出したが、これも自分のブランド保護政策の成功に自信を持って自信があらゆるブランドの権威の源泉になろうと考えたものだろう。

信長が強く推し進めた交通インフラ整備

ついでだから美濃焼についても少し触れておこうか。それには少し話がわき道にそれるような感じになるのだが、そんなことはないのでためしにお聞きください。

前回「産業と財政基盤の知多半島を今川義元から守った信長」で、信長が天正2年(1574年)に瀬戸焼を作れるのは瀬戸の窯だけ、と規定したことを紹介したが、この年彼はこんな命令も発している。

「領国内の道路を普請しろ!」

これにもとづいて3間(けん)半(約6.36㍍)の本街道、2間半(約4.54㍍)弱の脇街道、1間(約1.81㍍)の在所道と3種類の道路が築造された。今風に言うと約6㍍の幅を持つハイウェイ、4㍍余りの一般道、2㍍弱の生活道路、ともいうべき道路網が尾張、北伊勢、美濃、近江から京、さらには大和方面へもドドーンと出現したことになる。

どうですか、わき道だけでなく、メイン道路の話もあったでしょう!

日本の主要幹線道路といえば、古代以来の「駅路」と呼ばれる道路網がそれにあたるが、その代表的な存在である東海道の幅はかつて6㍍以上だったという。それが、長い歴史を経る内にメンテナンスされることもなくなり、樹木の繁茂や路肩の崩落などによって信長登場の少し前の尾張ではわずかに2㍍ほどにまで狭まっていたという。

信長はこれを一気に復活させ、その他の主要道路も同じ幅を持たせてハイウェイとそれに準じる一般道のネットワークを創り出したのだから、これはまさに交通インフラ革命。

2㍍幅の道路なら人が対面で行き違うことができる。片道1車線、いや1人線だ。現代の成人男性の身幅でMサイズが50㌢ぐらいだから、荷物を持っていても余裕だ。戦時なら道をいっぱいに使ってフルに武装した2列縦隊の兵士が進行可能ということになる。

だが、これが60㌔ほどもある四斗俵を左右にくくりつけられ馬喰に曳かれた荷駄馬となるとどうだろうか。当時の日本馬の身幅は65㌢程度で、江戸時代の伝馬は1頭が背負う荷物は112.5㌔までと定められていた。これに近い直径45㌢の米俵2つが加わると、1㍍半。道路の4分の3を占めてしまうから、駄馬や荷車が行き違えばどちらかが脇によけなければならない理屈だ。

塵も積もれば山となる。これがあちらでもこちらでも発生すればロスタイムが増え、物流が渋滞する。

信長のインフラ革命は軍事面にも大いに貢献したが、ロジスティックスの問題を一気に解決してヒトとモノの移動を活発化させ商業を発展させた。

しかも信長の凄いところはすでに桶狭間の戦いの頃には尾張の内で30㌔に及ぶ4㍍幅の道路で岩倉や犬山などを連絡させていた、というところ。道路の重要性を20年前には認識していて、天正2年(1574年)になってから一気にそれを広範囲に適用するとは!

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