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大事なことだからネットには発信しません

どうして人はネットで炎上するのだろう。

こういう漠然とした問いを投げかけるときは大抵書く内容がはっきりとは決まっていないときがこの筆者の習性なので覚えておくようにという宇宙のチリほども役に立たないクソ知識から始まったこの記事なのだが、本当にそう思う。どうして人はネットで炎上するようなことを書くのだろう。

1つには、「炎上すると思っていなかった」ということはあるだろう。それはもちろん、人の汗と涙の結晶である金メダルを本人の目の前で口に含んで唾液でちゅぱちゅぱやってみせたあげく愛情表現だなんだと釈明すれば許されると思うような御仁がいる世の中であり人の感受性の幅は果てしないのである。

炎上すると思っていなかったならば、仕方がない。次。

2つ目は「非難を集めるとわかった上で、誰かを傷つけるとわかった上で書いてしまう、言ってしまう」というケースだ。本稿のテーマは実はこのケースにこそある。

なぜ人は、非難を集めるとわかった上で、誰かを傷つけるとわかった上で、炎上するようのことを発信してしまうのだろう。

ここでもまた議論は分岐する。世の中には「非難を集めたいから、誰かを傷つけたいから炎上するようなことを発信する」という輩がおり、それならばもう議論の余地がない。お手上げであるので、今日のところは帰ってよし。次。

さあ、ようやくやってきたぞ。ぼくが今日書きたいのは、「非難を集めたいから、誰かを傷つけたいから」という動機ではなく、炎上するような発言を、ある意味で確信犯的に書いてしまう人についてだ。

そういう人たちはおそらく、こう考えていると思うのだ。「これがぼく/わたしの偽らざる本心・本音で、だからこそ誰かを不快にしたとしても発信しなければならないのだ」と。

インターネットが広まって以降、ほとんどの人は気づいてないが、広く影響力をもった思想がある。それは本心や本音がこそ発信すべきという思想。本音だからこそ言わねば、本心だからこそ書かねばならない、というような考え方。いわば、本音至上主義、本心至上主義、と言えるものだ。

もはや「メディアを持つ」ことは大手企業の独占ではない。シガラミでがんじがらめになり、建前ばかりを垂れ流す大手メディアに対して、ネットメディアやSNSの持つストロングポイントは、たしかに「本音を発信できること」だ。

しかし、本音や本心だからといって何でもかんでも垂れ流すのははたしてどうなんだろう、と最近思うようになった。

というのも、もったいない気がするのだ。本心や本音をそんな簡単に公表して、それでいいの?

思いを言葉や発言にして公に放つことは、広くそれを第三者と共有できる、というメリットがある。しかし、一方でそれは、一方的な関係を放棄することでもある。自分の考えを書いたり話したりして第三者の目に留まるということは、自分の気持ちを客観性の海に投げ打ってしまうことだ。

もうそこでは、あなたの独断は独断として生きられない。客観性の海にさらされて、第三者によって吟味され、添削されてしまう。一度公表すると最後、あなたの「本音」「本心」はもうもとの姿に戻れない。それが、ぼくは「もったいない」と思うのだ。

もちろん、「書くこと」や「話すこと」の前向きな作用だって在ることは認める。たとえば、フェミニズムの観点からすれば、それまで被抑圧者だった女性が「書くこと」「話すこと」によって、自分の思いを明確にしてきた歴史はある。

フェミニズムと深くリンクする韓国映画『1984年生まれ、キム・ジヨン』でもラストシーンは、それまで家父長制の抑圧に晒されてきたヒロインのキム・ジヨンが作家になり、思い入れのある万年筆で文字を書くところで幕を閉じる。「言葉にすること」自体が、ひとつの抵抗の手段なのだ。それは認める。

しかし「書くこと」「言葉にすること」は必ずしも、「公表すること」とイコールではない。

「チラ裏」というネットスラングがある。「チラシの裏にでも書いておけ」の略で、つまり、「お前の書いていることは第三者に公表するまでもない無価値、あるいは有害なものだ」という罵倒の言葉である。

「書くこと」や「言葉にすること」の効用があるならば、それを自分自身にのみ見える形で残しておくことだってできる。ここにおいて、「チラシの裏」は一気に別の意味を帯びる。言葉にするのは、何もネットに公開することではない。「チラ裏」でだってそれは叶うのだ。

あることを思ってしまうことは、考えてしまうこと、気づいてしまうことは、誰にも止められない。そういうものなのだ。ぼく自身、ネット上で公開している人格と自分自身が完全に一致するなどとはつゆにも思わない。本当はもっと偏屈で、偏見の塊で、ある種の差別心を持った歪んだ人間だと思う。ツイッターのアカウント上でも、一度は書いてみて「やっぱりこれは公表しないでおこう」「公表したくないな」と思って下書き保存した「本音」「本心」の残骸は無数にある。

そうした自分の独断を独断として自分の中で漏れないようにして抱えながら生きていく。「大事なことだから2回言いました」があるなら、大事なことだから誰にも言いません。そういう考え方だってありだと思うのだ。

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