- 2021年08月20日 20:48
「世論に導かれた戦争は危ない」日本人がアフガニスタン戦争から学ぶべき教訓 - 三浦瑠麗
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アメリカ国民は、自らコストを負わない戦争に兵士を強制的に送り込んでおきながら、その戦争に飽きてしまった。必ずしも間違っていたとはいえない動機で始まった戦争が、「正しくない戦争」へと変貌して行く過程を考察する。
20年にわたったアフガニスタン戦争が、大混乱の中で終焉を迎えている。「正しい戦争」という戦争目的をアメリカ社会が曖昧に支持し続ける中で、その実態は「タリバンを滅ぼし、治安を維持する」ための戦いから、「女子教育の権利」「成熟した民主主義」といった壮大な使命を達成すべきものへと、米兵の犠牲を拡大させながらなし崩し的に変貌していった。
2019年1月に刊行された国際政治学者・三浦瑠麗氏の著書『21世紀の戦争と平和』から、泥沼化するアフガニスタン戦争をめぐる世論と戦争目的の危うい関係について、一部抜粋・再編集してお届けする。
アフガニスタン戦争は「良い戦争」?
自衛戦争として戦われ、当初はほとんど異論を呈されることのなかったアメリカのアフガニスタン戦争を、正しい戦争の基準を照らし合わせて見ることにしよう。
バラク・オバマは2008年の大統領選で、初の黒人大統領として当選を果たした。オバマは同じ民主党のヒラリー・クリントン候補とは異なって、当初からイラク戦争に反対しており、撤退を訴えて頭角を現した。オバマ大統領は、2009年に就任すると早速戦争の見直しを進める。
ブッシュ政権が、すでに大規模増派を通じてイラクの戦況を好転させる先鞭をつけて効果を上げつつあったため、その路線を事後承認し、撤退のめどをつけるよう指示を出した。しかし、アフガニスタン戦争については異なるアプローチをとった。
当時のアメリカ国内では、すでにイラク戦争を、大量破壊兵器を保有しているという間違った情報に基づき政権が世論を誤誘導した「悪い戦争」だとする考え方が根付いていた。ただし、イラク戦争が「悪い戦争」であったという認識に社会が落ち着いたのは、イラクに大量破壊兵器がなかったからでは必ずしもない。
大量破壊兵器がないことが分かってからも、治安が極度に悪化し苦戦が濃厚になるまでは、世論の戦争支持はかなり高かったからである。世間が問題視したのは、イラク戦争が「勝てない戦争」だったことだ。
他方、アフガニスタン戦争については「良い戦争」であるという言辞がそこかしこで見られることになる 。私がイラク戦争を研究していたときも、多くのアメリカ人の外交専門家から、「アフガニスタン戦争は明白な自衛戦争だから、君も『正しい戦争』だと考えるだろうね」と念を押されたものだ。
私はそんなとき、きまって、「時が教えてくれるでしょう」と答えた。
オバマが犯した「戦力の逐次投入」という失策

『21世紀の戦争と平和――徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』(三浦瑠麗・著)
仮に勝てない戦争が悪い戦争なのだとすれば、アフガニスタンはまさに悪い戦争への道をたどっていった 。オバマは、政権第一期にはアフガニスタンで当初のイラクと同じような目標、つまり体制を転換させて民主国家を建設することを戦争目的として導入した。
当初、オバマは最小限の兵力で戦争目的を達することを志向したが、実際には思い通りにはいかなかった。4年の任期内に撤退を始めることを前提に増派を決め、その後は段階的にエスカレーションさせていく形で小規模に刻んで増派を繰り返した。
このような経緯を辿ったオバマの戦争指導の過程において、介入の方針をめぐって政軍間に対立が生まれていた。当初指揮をとっていたマキアーナン司令官は、戦争中にもかかわらず司令官を首になった。戦争中の司令官更迭は、マッカーサー解任以来の例であった。
解任の背景にあったのは、マキアーナンが、ブッシュ政権の頃から中規模の兵力増派を要求し続けていたことである。
ブッシュ政権が始めた当初の戦争目的は、アルカイダをかくまうタリバン政権を、部族の寄せ集めである北部同盟を利用して倒し、新政権を支えることだった。イラク戦争に資源を割かれる中でないがしろになったアフガニスタンでは、タリバンが再興し、米軍兵士の犠牲が増えていった。
そこで、マキアーナンは政治に与えられた戦争目標、つまりタリバンを滅ぼし、治安を維持するという目標を達成するために、イラクと同等とはいかないまでも、大幅な兵力の増強を望んだのである。
しかし、より「劇的な」戦略転換を望むオバマ政権の意向を受けたゲーツ国防長官によって、マキアーナンは解任される。なぜそのようなことが起きたかと言えば、より少ない人数で、政治からの命令に対して文句や注文を付けずに、高い目標を独創的な手段で達成してくれる司令官をオバマ政権が望んでいたからだった。
これはイラク戦争でブッシュ政権が軍に押し付けたことと変わらない。イラク戦争では、軍人たちが開戦に反対したにもかかわらず政治の側が押し切り、また戦争のやり方をめぐっても、少人数による省コストの戦争計画を政権が軍に押し付けて失敗したという経緯がある。
マキアーナンは、イラク戦争の時にも当初は想定していなかった占領任務を上から押し付けられ、しかもそれを少ない人員規模で行えと命じられて抵抗している 。彼は、アフガニスタン戦争の司令官に異動してのちも、政権が立てた目標を実現するのに全く不十分な資源や人員の投入しか得られないことでずいぶんと苦しんだ。



