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またしても持ち出された「優越的地位の濫用」に思うこと。

水面下では既に動きがあったのかもしれないが、自分には初耳だったこのニュース。

「公正取引委員会は新規株式公開(IPO)時に企業が適切に資金調達できているかの調査を始めた。事前に証券会社などと決める公開価格と、最初に売買が成立した初値の差が欧米より大きく、企業が調達する額が低いとの指摘があるためだ。」
「公取委は11日までに「上場手続きを担う証券会社と公開価格の設定で十分に交渉できたか」「価格設定に満足したか」といった趣旨の調査票を送付した。直近にIPOで上場した国内の約100社が対象とみられる。必要に応じ、証券会社への聞き取りも実施する。」
独占禁止法違反(優越的地位の乱用など)がないか確かめる。
(日本経済新聞2021年8月12日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

当然ながら、あちこちで議論が沸き上がることになった。

この話に限ったことではないが、特にIPOに関しては、どの立場から見るかで見える景色は全く違うと思っていて、対象会社にしてみれば「理論的に導かれる価格よりはるかにディスカウントされた価格でしか売り出してもらえない」ということへの不満は当然ある*1だろうし、上場審査のために数年前から主幹事証券を選定して、出資者からのプレッシャーも受けながら藁にもすがる思いで上場を目指している企業の担当者が、「証券会社の審査が上場の手続きになる現在の慣行では、企業よりも優越的な地位になりやすい。」という前記記事の一節に全力で頷きたくなるのも分からんではない*2

だが立場を変えれば、常に所管官庁の”監督下”に置かれている上に民事上の責任まで厳しく追及されるようになってきた主幹事証券からは、「こっちがどれだけ苦労していると思ってるんだ」という声が出てきても全く不思議ではなさそうだし、純粋な一投資家としての視点で見れば、「上場直後に一瞬高値付けただけで、その後公開価格を下回ったまま長期低迷している会社がどれだけあるか分かってるんかいこら!」という話になってくる。

おそらく、最近株式市場が好況で、IPO銘柄に多くの投資家が飛びつき、公開後も軒並み高値を付ける傾向が続いているからこそこういう話が出てくるのだろうが、長い間見てくると、IPOが市場に支持されるかどうかというのは、その企業の価値で決まる、というよりは、大きな市場のトレンドで決まる、といった方が適切な気がしていて、ここ1,2年の活況も一時のブームでしかない。

数年前までの「公開すれば下がる」という負け戦の繰り返しが、主幹事証券会社による公開価格設定時の”値決め”を必要以上に厳しいものにし過ぎている側面はあるのかもしれないが、だからといって、上場会社の資金調達に配慮して気前よく公開価格を設定して、そのたびに値崩れ現象を起こせば、IPOの抽選に当たって喜んでいたはずの一般投資家たちが泣きを見ることになる。そしてそれが繰り返されれば、引受先を見つけることすら難しくなって、一部の飛びぬけた会社を除けば、株式市場でのIPOというスキーム自体が成り立たなくなってしまうかもしれない*3

元々、薄皮一枚のバランスの上で成り立っているのが自由主義経済下の資本市場、という代物である。

それを構成する様々な当事者関係の一部だけを切り取れば、もしかしたらその中に「優越的地位の濫用」と評価されるようなエピソードが一つ、二つ混じっていることもあるのかもしれないが、その一つ、二つをあぶり出すために、大上段から「構造的問題」を指摘して、特定の当事者間のパワーバランスに介入することによって、さらに大きな弊害が生じる懸念も当然ある。

おそらく、当の公取委自体は、経済紙の単純化された記事の中身に比べれば、より思慮深くことにあたるだろうし、「日本は世界に比べスタートアップが育っておらず、資金調達の面から改善を探る」(前記記事)ためにこの調査を行った、なんてことは、公式には口が裂けても言わないだろう*4

ただ、そうでなくても、「風が吹けば萎縮」するような傾向すらあるこの世界で、あえて様々なバランスに影響を与えてまで「一石」を投じる必要があったのかどうか。ましてや、持ち出されるツールは、最近明らかに多用されすぎ、の兆しが見える「優越的地位の濫用」規制だということになればなおさらである。

やると決まったのであれば、調査を通じて様々なバランスが解き明かされることを期待したいところであるが、何でもかんでも「優越的地位の濫用のおそれ」でがんじがらめにされてしまうような世の中はできれば勘弁・・・と思うだけに、今は、今回打ち上げられたアドバルーンがひっそりと軟着陸してくれることを願うのみである。

*1:そして、最近の傾向としては、それを聞きつけた政府筋の関係者が公取委を動かしたという憶測も飛び交うことになる。

*2:自分も「あの時は・・・」とか「あいつらは・・・」的な話は様々な方々から半ば日常的に聞かせていただいている。

*3:辛うじて上場までは辿り着いたとしても、市場での更なる資金調達が難しいとなれば、何のために上場したのかもわからなくなる。

*4:誰かから「公開価格が低いのでスタートアップが育たない」といったようなことを吹き込まれてこういうことを考える人が出てきても不思議ではないが、そういった話は純粋に「資本市場の在り方・作り方」を考える中で検討すべき問題だと思うので(何といっても最大の問題は、企業の資金調達の手段が限られているがゆえに、十分な規模まで成長する前に上場を強いられる、という点にあって、その部分の世の中のメカニズムを変えない限りは、この国のスタートアップ育成環境も何ら進化しないだろう)、そのために独禁法を使うのは明らかにお門違いだろうと個人的には思っている。

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