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「数値目標は先進国並み」菅政権の"いきなり脱炭素宣言"に決定的に欠けていること

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気候変動対策“主導権争い”の大きすぎる代償

周知のとおり、欧州連合(EU)は気候変動対策で国際的な主導権を握ろうと躍起になっている。EUの執行部局である欧州委員会は7月14日、いわゆる「パリ協定」の達成を実現するための包括的な法案を発表したが、その際に企業だけではなく家計にも温室効果ガス(GHG)の排出抑制に関するコスト負担を求める姿勢を鮮明にした。

気候変動対策推進のための有識者会議で、伊藤元重座長(左端)を見る菅義偉首相(左から2人目)=2021年3月31日、首相官邸
気候変動対策推進のための有識者会議で、伊藤元重座長(左端)を見る菅義偉首相(左から2人目)=2021年3月31日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

米中との覇権争いを念頭に、欧州委員会は気候変動対策に関して強気の姿勢を堅持する。とはいえ、加盟国間には大きな温度差があり、所得水準が高い西欧諸国や北欧諸国は前向きだが、所得水準が低い南欧諸国や中東欧諸国は慎重な姿勢を崩さない。こうした気候変動対策をめぐる温度差が、EU内の新たな対立につながる恐れが出てきている。

中東欧の有力国ポーランドのシンクタンク「ポーランド経済研究所」の代表ピオトル・アラク氏は7月9日、EUの政策を議論するための言論プラットフォームであるサイト「ユーラクティブ」(Euractiv)に寄稿し、欧州委員会が目指す気候変動対策を推進すれば、EU域内の貧困世帯にもかなり重い金銭的負担が生じる可能性を指摘した。

同研究所の試算によると、EU域内の家計部門が2030年までに1990年対比で二酸化炭素(CO2)を40%削減しようとする場合、2040年までに総額で1兆ユーロ(約130兆円)以上の負担が発生することになる。一世帯当たりの負担額に直すと、移動手段に関わるコストだけで最低でも年平均で44%(373ユーロ)増加するようだ。

それだけではない。建物に関わるコスト負担が同じく50%(429ユーロ)増加するため、EUの家計部門が負担する気候変動対策のコストは一世帯当たり年平均で800ユーロとなる。しかもこれは最低額であるため、多くの世帯はさらにそれ以上の負担額を強いられる。言い換えれば、低所得者層でも800ユーロの負担を求められるわけだ。

EUの排出権取引拡充で家計の負担増は避けられない

家計の負担が増える背景には、EU排出権取引制度(EU ETS)の拡充がある。

計算
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/megaflopp

EUの排出権取引制度であるEU ETSは、従来は電力や石化、重工業、航空などの企業の排出権を主な取引対象としていた。それが7月14日に示された包括的な法案の中で、今後は家計に関わりが深い道路輸送と建物に関しても適用を拡大する方針が示されたのである。

正確には、ガソリン車などの道路輸送と化石燃料を用いた暖房を利用する住宅などの建物に関して、燃料の供給業者を対象とする新たな取引制度がEU ETSに新設される。制度は2026年に稼働する予定だが、同時に道路輸送と建物には温室効果ガスの排出削減義務が課されるため、そのコストの相応の部分は消費者つまり家計に転嫁される。

排出削減義務が達成できない企業はEU ETSを通じ、排出削減義務を達成できた企業から排出権を購入する。排出権の需要増を織り込み、EUの炭素排出権取引価格は現在1トン当たり50ユーロ台半ばと1年間で約2倍となったが、ポーランド経済研究所は2030年までに170ユーロに達すると試算、強気相場が続くとの見通しを示した。

道路交通も建物も、家計に密接な存在だ。そのため、これらの部門に属する企業が負担する気候変動対策のコストの多くは、巡り巡って家計に転嫁されることになる。なお南欧諸国や中東欧諸国の気候変動対策は西欧諸国や北欧諸国に比べると遅れているため、南欧や中東欧の家計に課される負担の方が西欧や北欧よりも実質的に重くなるだろう。

例えば、西欧や北欧では家庭用燃料電池(コージェネレーション)が普及しているが、南欧や中東欧では遅れており、灯油や石炭などの化石燃料を暖房に利用しているケースも少なくない。そうした家計には、化石燃料の価格上昇という形でコスト負担のしわが寄ることになるが、彼らがすぐ家庭用燃料電池を整備できるわけでもない。

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