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オリンピック映画『ブロンズ!』が描く“人生のピーク”からの降り方

オリンピックというと、その結果にばかり注目が行きがちだ。メダリストかどうかは大違いで、金か銀か銅かでも人生が変わってくる。「参加することに意義がある」という建前はどこへやら。今やほとんどの人はその「結果」にだけ注目してしまっている。

しかし、オリンピックにあまり関心がないぼくは、むしろそのような結果至上主義の弊害にこそ目が行ってしまう。それはいわば、一人の人間の人生の一瞬のときにだけに、過剰な負荷がかかってしまうことへの“後遺症”だ。

オリンピック選手に限らず、大成後に身を持ち崩したアスリートの例をあげればきりがない。人生のピークがあまりにも若いときに来るがゆえの悲劇。今回は、そんなオリンピックアスリートのその後の人生を描いたのが、『BRONZE!私の銅メダル人生』を紹介したい。

ヒロインはおらが村のメダリスト “過去の栄光”にすがり倒す性悪女!

メリッサ・ローチ演じるヒロイン、ホープ・グレゴリーは、オリンピックの花形競技・体操で、かつてアメリカの代表にまで上り詰めた若手ホープだった。五輪本戦では負傷し、惜しくも銅メダルに終わったが、地元のオハイオ州アマーストでは空前絶後の大スターになる。

しかし、五輪から幾年月。引退後の彼女は見る影もなくなってしまった。『エヴァ』のアスカを100倍にしたようなキツめの性格。その上、自己チューなホープは自分の「銅メダル」という過去の栄光にすがり、やさぐれた無職のおばさんになってしまっていた。

冒頭からつかみが最高である。登場シーンでは、自室のベッドで自慰行為にふけるホープ。しかもその“オカズ”は、自分が悲劇の銅メダリストとして表彰台に立つ映像! どれだけ過去の栄光にすがってんだよ! さらに、イッた後には、体操で獲得したであろうトロフィーを無造作に扱い、“よくなさ気なおクスリ”をかき集めて吸引してハイになるというヤサグレ具合だ。

ニートの娘を健気に1人で養うパパを邪険に扱ったホープは、街に出てもやりたい放題。ジャンクフード店やスポーツショップでは、ワイはメダリストやぞと凄み、商品をタダで持っていく。「地元唯一のメダリスト」という栄光をすがりにすがりきっているのだ。常に服装が国旗がモチーフのド派手なアメリカ代表ジャージを着込んでいるのもツボだったりする。どれだけすがってんだよ!

ホープのキャラクターをそのまま反映したようなブラックでシモネタの満載な作品で、コメディとして存分に楽しめる。

「自分を超える存在を育てること」への葛藤

そんなホープに突然、自分を五輪へ導いてくれた恩師の訃報が舞い込む。さらにホープは、恩師の最後の教え子である、有望なオリンピック代表候補の少女マギーのコーチを託されるのだった…。

はぁ?? なんで私がそんなことしなきゃいけないワケ!?!? とアスカばりにツンケンして断るホープだったが、引き受けたなら巨額の収入が舞い込む、ということを知り、いやいやながらマギーのコーチを引き受ける。

金メダル獲得も夢ではないマギーを、代表選手になるまで育てることを託されたホープ。

しかしマギーがきちんと育ち、五輪で金メダルを獲得するということは、「この街でたった1人のオリンピックメダリスト」という、ホープが唯一誇れるアイデンティティを殺すことでもあった。自分の過去の栄光を搾り取れるだけ搾り取るような人生を送ってきたホープにとって、「地元の新しいヒーロー」は、なんとしても避けたいことでもあるのだ。 そこには大きすぎる葛藤がある。

“人生のピーク”を降りることに向き合う作品

そこまで自己チューで性悪のクソ女としてたっぷりと描かれてきたホープが、紆余曲折を経て、マギーにその才能を「パス」する役割を担うまでに至る。マギーを育成するスポ根に見せかえて、実はホープ自身の成長物語がそこにはあるのだ。

もちろんコメディでもある本作は、セバスチャン・スタン(元ウインターソルジャー!)との「夜のオリンピック」のシーンなど腹を抱えて笑えるシーンも数多いが、ほろりと泣かされるのは“人生のピーク”からの降り方を描いているからだ。

“人生のピーク”はいつか降りなければならない定めだ。ホープにとって“人生のピーク”が自分の銅メダル獲得の瞬間であったことは嘘偽りがない。そのことは変えようがないし、偽っても仕方がない。本作が誠実なのは、そのピークのあとのしんみりとした寂しさを、偽りなく描いたことだ。

ピークが終わったあともできることはある。そこで人生が終わるわけではない。それが他者へのバトンの受け渡し、「パス」することである。ホープにとっては「自分自身のために」以外の視点ができたからこそ、それまで閉ざされていた彼女の人生の先に道が開けたし、そしてある「愛」も舞い降りた。

オリンピック選手なんて限られた人種に限らない。本作が描くのは誰にでもいつかはやってくる“人生のピーク”の降り方なのだ。

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