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「コロナ禍の東京五輪は祝福しない」天皇陛下の開会宣言に込められた異例のご覚悟

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「祝う」ではなく「記念する」と宣言した陛下

私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します――。天皇陛下の東京五輪開会宣言が話題だ。

2021年7月23日、東京の国立競技場で行われた2020年夏季オリンピック東京大会の開会式で紹介されるトーマス・バッハIOC会長(左)と天皇陛下(右)
2021年7月23日、東京の国立競技場で行われた2020年夏季オリンピック東京大会の開会式で紹介されるトーマス・バッハIOC会長(左)と天皇陛下(右) - 写真=Sipa USA/時事通信フォト

一つには、その簡潔さ。直前にあった橋本聖子組織委員会会長、IOCのトーマス・バッハ会長のあいさつがとにかく長かったから、際立った形だ。最初の橋本会長が7分、バッハ会長はさらに上を行く13分。「会議における発言の長さ」を論じて辞任した、森喜朗前組織委員会会長の感想を聞きたいところだ。

とはいえ、国家元首による開会宣言は五輪憲章で定められていて、陛下の宣言もそれにのっとったものだ。一方で陛下は、五輪憲章に書かれた「和訳」と異なった言葉を使用した。それが、二つ目の話題だ。陛下が変えたのは、celebratingの訳。最新の「五輪憲章2020年版・英和対訳」に「オリンピアードを祝い」とあるのを、「記念する」にしたのだ。

天皇は一切の政治的行為が許されない「象徴」

「記念する」への道は、1カ月前から見えていたように思う。6月24日、宮内庁の西村泰彦長官が定例会見で「五輪開催が感染拡大につながらないか、(陛下が)ご懸念されていると拝察している」と発言した。「陛下は五輪に反対」と読み替えることもできなくはない。だからこそ「拝察」というオブラートに包んだに違いないが、「象徴天皇」としての矩を踏み越えたと批判も招いた。

憲法第1章には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」とある。だから長官発言を受け、一橋大学の渡辺治名誉教授(政治学)はこう語った。「天皇の命令で戦争を招いた反省から、政治的な決断は国民とその代表である議員が行い、天皇に一切の政治的行為を許さない『象徴』とするのが憲法の『国民主権』」。だから、長官の発言は「国民主権を侵害する危険性」があるという指摘だった(朝日新聞6月25日朝刊)。

このような指摘は他にもあった。だが、「祝う」を使っては陛下が「コロナ禍の五輪」を祝福していると取られかねないという懸念が宮内庁から伝えられ、政府や大会組織委員会が検討、和訳のみの変更ということでIOCの承認も得られたという。世界中でコロナ禍による死者が拡大、収束が一向に見えない状況だ。「祝っている場合だろうか」という気持ちは誰もが持っているものだろう。とはいえ、宣言するのは陛下であり、「象徴天皇」としてはかなり踏み込むことになる。

「無難」だった天皇陛下が五輪で変わった

五輪憲章が開会宣言を定めているのは、開会式が政治的に利用されないためだという。それを踏まえ、五輪を研究する東京都立大学の舛本直文客員教授は「文言を変えるべきではなかった。国家元首や政府の意向での変更は、五輪の理念に反した政治的な関与と取られかねない」と述べている(朝日新聞7月24日朝刊)。

だが長官発言に当たっても、開会宣言に当たっても、陛下は批判が起こることは重々承知していたに違いない。これまでの陛下の発言をまとめるなら、「無難」だった。陛下と雅子さまが生真面目な似た者同士で、己を出すことを良くないことと考えているから。私はそう解釈していた。そんな陛下が、五輪の局面で明らかに変わった。無難ではいられない。そう判断したのだと思う。

火がともるトーチを持つ手
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imagedepotpro

それまで陛下は、上皇陛下のものに少しのアレンジを加えて「おことば」とすることが多かった。国民の敬愛を集めた父の後を継承するのだから、それは当然ではある。即位を国内外に宣言する「即位礼正殿の儀」で陛下は、「憲法にのっとり(中略)象徴としてのつとめを果たすことを誓います」と述べたが、原点は上皇陛下の「日本国憲法を遵守し(中略)象徴としてのつとめを果たすことを誓います」だ。

「国民の普通の感情」を行動規範に

8月15日に開かれる全国戦没者追悼式では、ほとんど上皇さまのものと同じ「おことば」を述べている。戦争体験のない世代だから、これも当然だ。それが2020年の追悼式では、「私たちは今、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、新たな苦難に直面しています」と加え、話題になった。その年の4月にエリザベス女王がコロナ禍にある国民を励ますメッセージを出した。陛下にもメッセージを求める声が上がっていたが、出すことはなかった。だから、コロナ禍を案じる陛下の「苦肉の策」のように見えた。

結局、この案じる気持ちが解決されないまま、五輪が始まったということだろう。開会式前日の7月22日、陛下はバッハ会長らIOC関係者と面会した。23日にはジル・バイデン米・大統領夫人ら各国首脳と面会した。どちらも陛下は英語であいさつ、中に共通する文章があった。最初から二つめと最後の文章で、和訳を引用するとこうだ。

「現在、世界各国は、新型コロナウイルス感染拡大という大変に厳しい試練に直面しています」。そして、「皆様と共に全てのアスリートのご健闘を祈ります」。

コロナ禍での五輪です、運営は心配ですが選手は応援します。そういう陛下の思いが伝わってきた。そしてこれは、ほとんどの国民が持っているごく普通の感情だ。陛下は、「国民の普通の感情」を共有し、行動規範にしている。そう理解した。

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