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「行政機能」と「地方自治」と「個人の権利」

 インターネットではときどき、地域の「町内会」が話題になる。日本は現在、少子高齢化が進んでいるので、町内会の役員の担い手も減り、若者は参加に消極的になりつつある。また、高齢者が町内会を占有しているという批判もある。次のツイートのまとめは興味深かった。

togetter.com

 今後、町内会は滅んでいくだろうという発言に対し、自治に頼らず行政がもっとサービスを強化するべきだという意見もあれば、地域の細かな問題は行政だけではフォローしきれないので、町内会をアップデートし、強化して存続させるべきだという意見もあった。

 実は、日本のこうした草の根自治機能は、海外の研究者からは注目を集めているところがある。たとえば、東日本大震災で東北の各地域では消防団が救援にあたった。その後、消防団員の負ったトラウマの問題を考えると簡単に美化はできいないが、地方で防災の役割を自治組織が大きく担っていることは否めない。こうした自治組織は、日本の国外から見ると非常に魅力的に映ることがある。いまや、日本は経済成長の面からは困難に直面しており、国際的な地位が揺らぎつつあるが、古くからありいまや捨て去られそうな、こうした自治組織にこそ古草的な価値が見出されるかもしれない。

 たとえば、私はいま、ベルギーのルーヴェンという中堅都市に住んでいる。ここで私が感じることは、強力な行政のガバナンスである。まず、ビザをとって入国すると、住民登録をしなければならない。これは、コロナ渦ということもあって、メールで書類を送り、インターネットでアポイントメントを取り、指定時間に役所に行くだけなので、ほとんど待ち時間はない。住民登録が終わると、ナショナルナンバーが付与され、全ての住民に電子読み取りのついたカードが渡される。

健康保険、銀行、携帯電話など多くの契約にはこのカードが必要になる。逆にいうと、パスポートもビザもサインも普段はほとんど使わない。ワクチン接種も、住民登録に基づいてレターが来て年齢順に順番に接種会場に呼ばれた。2回の接種が終わると、自宅で住民カードを読み取り機にセットすると、10分ほどでスマホのアプリに連携してワクチンパスポートが取得できた。できる限り、行政が効率化と合理化をはかり、一元的なサービスの提供を目指している*1。私からすると、日本の行政よりずっとシンプルで快適なサービスを提供していると感じる。

 他方、いま、ルーヴェンでは「修復的都市(restorative city)」の構想が持ち上がっている。私の同僚たちも参加しているプロジェクトである。修復的都市が主に目指すのは、「行政サービスの連携」と「コミュニティ内の市民連帯の活性化」である。

leuvenrestorativecity.be

 プロジェクトでは、行政サービスが充実しているのに対して、住民の自治機能が弱っていることが問題化される。すなわち、むしろ自治機能を回復することで、行政頼りではないコミュニティ作りが目指されるのである。こうしたプロジェクトに関わる人たちの一部は、日本の自治組織に強い興味を抱いている。私も日本の自治組織の実態の調査の相談や、具体的な質問を受けることがある。

 確かに、日本の自治組織は上手く機能すればとても有用である。たとえば、私の住んでいた京都のある地域の町内会は、あまり活動は活発ではないが暮らしの中では重要になっていたようだ。今の町内会長はこれまで民生委員も務めてきた女性で、住民たちへの目配りや小さなトラブルへの介入が上手だ。私も、なにかあるときには町内会長に相談すれば、うまい具合にほかの住民との調整をしてくれる。町内会があることで、住民同士の個人的な付き合いにそこまで労力をかけなくても、会長と連絡を取ることでコミュニティ内で平和に暮らせるのである。住民同士のトラブルが起きると、警察や行政サービスがすぐに介入してくるヨーロッパの多くの社会よりは穏健に平穏な生活が守られていると言えるだろう。

 ただし、これはあくまでも上手く機能した場合である。第一に、町内会長の人徳や性格に自治組織の動向は大きく左右される。また、個人への負担も大きくなる。これまで、町内会長は名誉職の部分もあったが、今後、次の世代にどうやって引き継ぐのかという課題がある。

 第二に、自治組織はコミュニティの力を強めるが、逆に個人の権利を抑圧することもありえる。たとえば、私の住んでいた地域の町内会では、近所の神社が氏神様になっているため「氏子代」を徴収される。そして、お札が配られる。私は特定の信仰も持たないし、金額も500円程度だったので、深く考えずに払っていた。

しかしながら、これは宗教が自治組織と一体化しているということであり、信仰の自由の問題に関わってくる。私の所属していた町内会では、おそらく氏子代を払わなくても大きなトラブルにはならないと思われるが、自治組織が行政サービスと違って政教分離の境目がはっきりしないところは重要な問題である。地元のお祭りにも同じような問題は起きるだろう。こうした宗教の問題を筆頭に、自治組織がコミュニティ内の個人の自由を制約する可能性がある。特にこの2点目の問題については、同僚の研究者に疑問を投げかけてみたところ「非常に重要」として今後も議論を継続することになった。

 以上のような問題を含むため、日本の自治組織は美化したり、称揚したりすることはできないが、実は国外からも注目を集める面白い組織である。私はこうした地域ガバナンスは専門的ではないが、修復的都市のプロジェクトが、修復的正義の観点から構想されていることもあり、今後もこちらにいる間に考えていきたいと思っている。

*1:そのわりに、住民登録には3ヶ月もかかるし、手続きのたびに役所に「まだ書類きてないんですけど」と急かさなければならないので、実務上は微妙な話である。でも理念としては合理化が明確に据えられている。

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