- 2021年07月26日 15:11
『竜とそばかすの姫』レビュー 説得力がない3つの理由
1/2細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』を観てきた。

インターネット上の仮想空間<U>(ユー)で人々が自分の分身<As>(アズ)を操れるようになった世界を舞台で、“歌姫”Belleとして才能が開花させた田舎の女子高生・鈴。現実と<U>のギャップに戸惑いながら、Belleとして脚光を浴びていく彼女の前に、突如として現れた<U>内の嫌われ者“竜”。彼の背中のアザが気になったBelleは、徐々に心を通わせていくことになる。
<<以下多少のネタバレ含みます>>
■細田守監督の自己言及的作品?
本来は引っ込み思案で、表に出たがらない鈴=Belleを通じて描かれるのは、「ネット上の賛否を含む多様な意見の豊かさ」、そして「他者に向けて表現を発表していくことの尊さ」だ。
Belleの歌に最初から誰もが惹かれていたわけではない。最初は難癖をつける者、批判的な者がごろごろいる、ということも描かれる。
批判の多さにビビる鈴だが、そこで彼女の親友、ヒロちゃんが「肯定しかされない奴なんてコアなファンだけな証拠」「(賛否両論ということは)半分には評価されてるってことじゃん」(大意)と勇気づける。
ヒロちゃんの言うとおり、100人が100人とも評価するような表現なんて存在しない。批判する人がいれば、評価してくれる人だっている。本作は、ネット上の豊かさを肯定しつつ、その中で表現していく勇敢さを称える。
ただ…少しイジワルな見方をしてしまうと、本作は「細田守監督が細田守監督を鼓舞するために作った」側面もあるのではないか、と鑑賞中に考えてしまった。
思えば、細田監督の過去作は、特に描かれる価値観を中心にして常に賛否が割れてきた。特に前作『未来のミライ』は、前々作の『バケモノの子』から興行収入がほぼ半減する惨憺たる結果に。ぼく個人的には、正直内容的にもちょっと惹かれず、恥ずかしながら劇場で寝てしまい(ごめんなさい!)、今回配信で見返すことになってしまった。
ネット上での表現に対する反応は多種多様であり、それでも臆せずに表現し続ける勇敢さと尊さ。本作が描いているメッセージの一つは、細田監督が細田監督という表現者に向けて作った映画のようにさえ思えてくる。
ただ、「賛否両論ということは支持している人もいるということ」というメッセージを作品の中にビルトインすることは、諸刃の剣でもある。
というのは、このセリフは『竜とそばかすの姫』というこの作品に対しての批判についての「牽制」としても作用してしまうのだ。「まあ、この作品を批判する人もいると思いますけどね」と、前もって釘を刺されたような気がして、あまり気分がよくないでないか…。本当はいい作品だったら手放しに褒めたいのに!
ということで、以下、あまり本作に乗れなかった浅ましい人間の書いた感想であり、その点を理解いただける人だけお目汚しください。



