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どこにあるのか「復興五輪」 帰還困難区域・浪江町津島住民の終わらぬ訴え

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三瓶さんの自宅前で語り合う原告団の住民ら=2021年7月19日、福島県浪江町津島

 16年5月の第1回裁判から今年1月の結審まで、今野さんらは33回にわたり法廷に通った。延べ32人の住民が各地から集って意見陳述をし、40人が原告本人尋問に立ち、思いの丈を涙と怒りとともに訴えた。吉川さんらが全国に応援を広げて、公正な判決を求める署名は8万3千筆に上る。

 被災者の精神ケアのクリニックを近隣の相馬市で運営する蟻塚亮二医師は、19年、原告団の求めで津島住民の「震災ストレス」を調べた(対象は620人、回答率82.7%)。その結果、原発事故から8年後の時点でもほぼ5割の人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)のハイリスク状態にあり、これまでの国内の災害の中で最も高いことが分かった。

「今いる土地が、自分が本来居るべき場所ではない」という孤立感、放射線への絶えざる心労、将来の健康への不安、避難先で「いじめ」の問題もあった子どもたちへの自責の念などに、避難者たちは苦しみ続けた。

 今野さんも「かつての面影を失っていく家と田畑の変貌に落胆し、増してゆく現実の重みに『前を向いて生きる』ことが難しくなる」と憂える。避難生活の中で亡くなった原告団の仲間は50余人を数え、また津島の寺で福島市の避難先に「別院」を開いた長安寺には、約100柱もの遺骨が帰れぬまま預けられているという。

支え合った「結」の村

 現在は福島市にいる三瓶さんの自宅を訪ねた。国道沿いの高台にある家への登り道には、行く手を阻むように雑草が伸び、崩れた山の水路からの流れが玄関前を水浸しにしている。「ここは水が豊かな土地だけれど、それが災いして部屋という部屋の床を腐らせている」と三瓶さん。

避難後、10人の大家族が6カ所に分かれて暮らした時期もあるといい、玄関の柱に子どもや孫の成長を刻んだ傷も途中で途絶えた。どの部屋も床が抜けて家具類が倒れ、台所では天井にも大穴が開いて雨水が滴り、締め切った家をおびただしい湿気が内側から朽ちさせている。

 家のまわりには山菜のフキが丸い葉をおびただしく広げている。が、いまも土壌は高濃度の放射性物質を含み、採ることはできない。三瓶さんはそれを惜しむように眺めた。

 「フキは津島の主食のようなものだった。春はフキノトウ味噌を作り、旬の時期の油炒りはもちろん、塩漬けにして一年中食べた。キノコも豊富で、マツタケも多く採れた。そんな山の料理を近所や親戚の家々が持ち寄り、季節の初物が出れば互いに届けた。そんな毎日が、津島の人の絆を編み上げていた」

 「どこの家も、ふすまを外せば広間ができた。田んぼ仕事は『結』で支え合い、朝、昼のご飯も一軒ずつ持ち回りでごちそうした。結婚式、葬式も自宅で行い、大勢の人が集った。原発事故が起きるまで、ここでは、そんな暮らしが生きていたの」

台所の天井も床も無残に朽ちた三瓶さん宅=2021年7月19日、福島県浪江町津島

 17年3月に、放射線量が少なかった浪江の町場は除染後に国から避難指示を解除され、帰還困難区域の津島でも、旧役場支所や商店、旅館があった中心部の153ヘクタールが「特定復興再生拠点区域」に指定された。その区域では家が解体・撤去された更地、除染され山砂が敷かれた水田が目立つ。国は、津島と他地区の室原、末森(いずれも帰還困難区域)に上下水道や水利施設、農地を整備し、約1500人の居住を計画しているという。

しかし、山林が大半を占める津島では、「特定復興再生拠点区域」の面積は地域のわずか1.6%に過ぎない面積だ。人のつながりも失われた中で誰が、どうやって暮らすのか。山の自然の力に再びのみこまれたような帰還困難区域の現実を放置し、そうさせた者の責任をあいまいにして新たな国策が進められることに、武藤さんらは憤りを感じている。

 武藤さんの家の庭には、真新しい色の山砂が敷かれていた。復興拠点とは別に、地区の幹道に沿った家や田畑を除染する国の方針によるものだ。しかし、見た目はきれいにされても、住むことができない矛盾に武藤さんは悩む。家の中は、足の踏み場もないほど家財類が散乱していた。

「最初は何度も避難先から帰って泊まったが、イノシシに侵入されてめちゃめちゃに荒らされ、気持ちががっくり落ちた」と武藤さん。原発事故前には家のそばに広い畑を営んだが、いまは背丈よりはるかに高いササ竹がジャングルのように繁茂する。まわりはかつて広い美しい水田だったが、それも見渡す限りの原野に戻った。雑木雑草のため玄関にさえたどりつけない家も多いという。

 武藤さんの父次男さんは戦前、津島から中国に出征し、戦後は鍬を振るい農地を拓いた。三瓶さんの両親も旧満州に渡り、引き揚げ後は開拓団として津島に根を下ろした。住民の3分の1は入植者の家系と聞いた。三瓶さんはこう訴える。

「津島は、先祖代々の住民が新しい開拓の民を受け入れた。分断を生じさせた話など伝わっておらず、協力し合ってつくった村。それが先祖たちの立派さ、心意気だった。それを壊した原発事故への私たちの怒りがある。汚されたままでは未来に渡せない。その責任を問いたいのです」

 判決まであと1週間となる23日、「復興五輪」の名で招致された東京オリンピックが開幕する。コロナ禍に翻弄されて、その看板さえ忘れられた。津島の人々にとっては「遠い世界の出来事」。喧騒の中で被災地が忘れられぬよう、福島から声を全国に発したいという。

道の両側はかつて広々とした水田だった=2021年7月19日、福島県浪江町津島

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