- 2021年07月21日 15:42
相模原事件から5年。の巻 - 雨宮処凛
1/2もうすぐ、7月26日がやってくる。
5年前のこの日、相模原の障害者施設に男が押し入り、19人を殺害。26人が重軽傷を負った。逮捕されたのは施設の元職員の植松聖。当時26歳。「今、やまゆり園で起きた事件の犯人は私です」と津久井署に自首した植松は、「どうしてこういうことをしたのか」と問われ、「世界平和のためにやりました」と答えている。
あの事件から、5年。先月、建て替え工事中のやまゆり園を訪れた。事件の時とは様変わりした建物で、7月はじめには完成したようだが、この国の人の多くはすでにあの事件を忘れてしまったような気がするのは私だけではないだろう。
昨年1月に始まった裁判はわずか16回の公判で終了し、昨年3月、植松は確定死刑囚となった。
なぜ、あのような事件が起きたのか。その解明がなされたとは決して言えないのに、あっという間に終わってしまった裁判と、確定した死刑。植松は第一回目の緊急事態宣言が出た昨年4月7日、横浜拘置支所から東京拘置所に移送され、今は死刑執行を待つ身だ。
しかし、ここに来て新たな事実が浮上している。ノンフィクションライターの渡辺一史氏の取材によって、裁判でも触れられなかったことが明らかになっているのだ。
まず注目したいのは『創』8月号。
ここには、渡辺氏が「かながわ共同会」(やまゆり園を運営している)の元職員・T氏から極秘に入手した内部資料が紹介されている。植松が在職中に書いた「ヒヤリハット」だ。現場でヒヤリとしたりハッとした事例を記録し、職員で共有するための報告書だが、これを読み、私の中の「植松像」は大きく変わった。
なぜなら、裁判を傍聴するなどしてできた私の中の植松像は、やる気がなく、一般常識にも欠ける職員というものだったからだ。実際、判決が出た日、やまゆり園の入倉園長は記者会見で、植松について「足が悪い利用者を誘導する時ポケットに手を突っ込んでいた」「退勤時間ではないのに勝手に帰ってしまった」など、「素行の悪さ」を強調していた。
しかし、植松が2015年3月に書いた報告書は、非常にしっかりした内容なのだ。利用者が入浴中にてんかん発作を起こし、湯船に沈みかけた時のものである。植松はすぐに救助。以下、『創』からの引用である。
「14:53 浴槽内にて発作を確認し、溺れている状況だったので直ぐに担ぎあげる。硬直痙攣20秒程みられる。脱力後脱衣場に移動し、14:55 ダイアップ(発作どめの座薬)を挿入する。15:00 バイタルチェックを実施。Kt(体温)37・5、BP(血圧)125/68、P(脈拍)110、その後、居室で横になって過ごしていただく。看護課に連絡し18:00に検温の指示がある」(カッコ内は渡辺氏の補足)
この報告書の内容は、T氏によると「ほぼ百点満点」(文藝春秋2021年6月号)とのこと。「原因および問題点」の欄には「発作をもっている利用者様はシャワー浴のみ実施する。しかし、入浴は楽しみの一つの為、見守りの徹底を行う」ともある。これも「彼なりに利用者さんのことを真剣に考えている証拠だと思います」とT氏は述べている。
問題は、この報告書に対する上司のコメントだ。
「溺れるとは、広辞苑第三版によると“水中で泳げないで沈む、または死にそうになる”となります。今回の件を確認しましたが、浴槽内に頭部は浸かりましたが、直ぐに気付けたので水を飲むまでには至っておりませんでした。対応は迅速で称賛すべき内容なのに、報告に“溺れている”との記載があるため重大な結果を招いてしまった、と思われてしまいました。今後は、対応はそのままで、報告する際の記述に注意してください」
これを読んで、私は思わず植松が気の毒になってしまった。間一髪のところ利用者の命を助け、適切に対応したのに「溺れたなんて大げさに書くな」と言いがかりのようなコメントをつけられているのだ。



