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変異株を無制限に広げる英政府の正常化政策は「危険で非倫理的な実験」世界中の科学者が批判

[ロンドン発]ワクチン接種が進み、7月19日から法的制限をほぼ全面解除して正常化するイギリスに世界中の科学者から強烈な批判が寄せられている。感染者が激増する中、ワクチン効果で入院患者や重症化、死者は抑えられるというボリス・ジョンソン英首相の「勝利の方程式」は正解なのか、検証する。

待ちかねた「コロナ自由記念日」

55年ぶりにイングランド代表が主要大会の決勝に進出、PK戦で涙をのんだサッカーのUEFA欧州選手権(EURO2020、コロナ危機で1年延期開催)、テニスのウィンブルドン選手権が終わり、7月19日、イギリスに「コロナ自由記念日」がやって来た。デルタ(インド変異)株の蔓延に対してワクチン2回接種を広げるため、当初予定の6月21日から4週間後ろ倒しされた。

日本食ランチの屋台を出すポーランド出身のリディアさん(筆者撮影)

イギリスでも最も忙しいウォータールー駅の近くで約5年、日本食ランチの屋台を出すポーランド出身のリディアさんは「ロックダウン(都市封鎖)から制限は4段階で解除されてきましたが、職場がまだ元には戻っておらず、コロナ前に比べると売り上げは半分以下です。みんなフリーダム(自由)がほしい。1日も早く活気が戻ってほしいです」と語る。

正常化に向けたロードマップのステップ3から19日に最終段階のステップ4に移るイギリス。厳しい国境管理は残す一方で、マスク着用も原則、法的義務から外される。感染者や接触追跡アプリで通知を受けた濃厚接触者は10日間の自己隔離が8月15日まで法的に義務付けられている。違反すれば罰金が科せられるが、アプリを削除する人が続出している。

筆者のアプリにも送られてきた濃厚接触者の通知

EURO2020やウィンブルドン選手権での「大規模イベント実験」の結果を活かしてワクチン2回接種や直近の陰性結果を表示する英国民医療サービス(NHS)のアプリ「コロナフリー・パス」を使うよう政府は呼びかけている。イギリスも19日から日本と同じ「お願いベース」のコロナ対策に移行する。

「レッセフェール(なすに任せよ)」、すなわち自由放任主義のイギリスでは罰則を伴わない政府のガイダンスはなきに等しい。イギリスの新規感染者数は今も指数関数的に増え続けているのだ。

入院患者や死者はどれぐらい増えるのか

ジョンソン首相は「パンデミックは終わらない。コロナウイルスはリスクであり続ける。制限が解除されてもすぐにコロナ前の日常に戻るわけではない」と釘を刺した。それでも正常化に踏み切るのはワクチン2回接種が成人人口の67.5%(1回だけなら87.6%)まで進んだことが背景にある。しかも抗体保有率は65歳以上で99%、50歳以上でも98%を超えている。

英政府の非常時科学諮問委員会(SAGE)は3つの異なるモデリングをもとに1日の入院患者はこれまでのピークに比べ半分の1千~2千人、死者は10分の1の100~200人に収まると予測している。ワクチン接種や自然感染による「免疫の壁」が入院、重症化、死亡を激減するとみているのだ。


公共交通機関や店内でのマスク着用や屋内会合は6人または2世帯まで、屋外会合は30人までという法的制限が残るステップ3までのデータをもとに作成した上のグラフを見れば、ジョンソン首相はワクチン接種によって1日の新規感染者の増加と入院患者・死者増の間のリンクは弱まっていると判断しているのは明らかだ。

1人の感染者から何人に感染するかを示す再生産数(R)が最大7とされるデルタ株に対してもワクチン効果は確かにある。しかし表計算ソフト「エクセル」を利用して7月19日以降60日間の1日の死者と入院患者数を予測してみると、死者は確かにそれほど増えないものの、入院患者は恐ろしく増えることがうかがえる。


入院患者はステップ3を維持しても60日間で4500人に達する恐れがある。


科学者が「危険な実験」と考える5つの理由

世界中の1200人以上の科学者が医学雑誌ランセットに送った書簡でジョンソン首相の計画は「危険で倫理的に許されない実験だ」と非難した。その理由は主に5つある。

(1)自然感染を制御せずに広げるとワクチン接種率が低い若者や未接種の子供たちに多大な影響を及ぼす。指数関数的な感染拡大は数百万人に達し、数十万人が長期的な疾患や障害(ロング・コビット、後述)を抱えることになる。
(2)子供たちへの感染拡大は教育現場を大混乱に陥れる。
(3)感染拡大はワクチン耐性変異株が出現しやすくなる温床をつくる。
(4)がんや心臓病などコロナ以外の待機患者は数百万人に膨れ上がっている。感染拡大で入院患者が増えると医療サービスと疲弊した医療従事者に大きな負担をかける。
(5)状況の悪化は格差をさらに拡大する。

英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のクリスティーナ・パゲル教授に筆者は「SAGEが1日の入院患者がピークで1千~2千人とみるモデリング上の根拠は何か」と質問した。パゲル教授は「数が倍になる状況が2~3回起きてピークが5~6週間続くという仮定に基づいている。免疫の壁が感染を抑えると想定しているが、多くの不確実性がある」という。

「入院患者が1日4千~5千人に膨れ上がった今年1月よりさらに悪い結果に終わる恐れもある。これは実験だ。非常に悪い実験だと思う」と表情を曇らせた。

※写真はイメージです=AP

イギリスよりワクチン展開が進む“ワクチン先進国”イスラエルの政府顧問を務めるメイア・ルービン氏の証言は衝撃的だ。「いくら良いワクチンでも戦略的ではなく戦術的だ。新しい変異株が登場すれば効果が薄れるからだ。人口の80%以上がファイザー製ワクチンを2回接種した地域でも子供から親への感染が広がっている」

「3日前に50歳以上11人の重症例が出たが、みな2回接種済みだった。この数日で7人以上の人が亡くなったが、全員2回接種済み。今月15日に確認された感染者850人のうち半数は2回接種済みだった。イギリスで1日に54人の子供が入院したと聞いてイスラエル政府は緊急閣議を開いた。イスラエルでは12歳未満にワクチンは接種されていないからだ」

「今、イスラエルで感染者が倍に増える時間は7~10日。すべての世代がワクチンで保護されるまでイスラエル政府が現在の緩和政策から封じ込め政策に転換することを望んでいる。そうしなければイスラエルは数週間のうちにロックダウンに追い込まれる」とルービン氏は話した。

※写真はイメージです=Getty Images

ロング・コビットは感染者の1~2割に発生

コロナに感染すると免疫反応の暴走であるサイトカインストームが起き、肺損傷や多臓器不全で死亡に至る。ほとんどの人は12週間以内に完全に回復するが、最初は無症状や軽症でも「ロング・コビット」と呼ばれる長期的な症状を示すケースがある。日本では「コロナ後遺症」とか「長期コロナ感染症」と呼ばれている。

ロング・コビットの症状は「ブレイン・フォグ」と呼ばれる記憶力と集中力の低下、極度の疲労(倦怠感)、呼吸困難、胸の痛み、睡眠障害(不眠症)など。イギリスではロング・コビットの患者は1万2千人の医療従事者も含め200万人以上にのぼるとされる。息切れや疲労がひどくて仕事に復帰できなくなったという深刻な訴えも少なくない。

インペリアル・カレッジ・ロンドンのダニー・アルトマン教授は英BBC放送のドキュメンタリー番組「パノラマ」で「これから1日10万件の新規感染者が出た場合、1日1万~2万件の割合でロング・コビットが発生する恐れがある。成人の大多数にワクチンを2回接種したからと言ってロング・コビットを防げるという保証は何一つない」と警鐘を鳴らした。

台湾の健康永続教育基金会理事長の邱淑媞・前衛生福利部国民健康署長は「雨がまだ降っているのに傘を取り上げるのは倫理にもとる。雨が降り続けているのにレインコートを着ていない人から傘を取り上げるのは政治的にも許されない」とジョンソン首相の計画を厳しく批判した。これからイギリスがどうなるのか、世界は固唾を呑んで見守っている。

日本の東京五輪・パラリンピック開催よりもっと危険な実験が始まろうとしている。

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