- 2021年07月03日 11:46
成果主義としてのジョブ型雇用転換への課題-年功賃金・終身雇用の合理性と限界 - 清水 仁志
1/21――はじめに
「年功賃金」「終身雇用」は戦後以降の経済発展を支えた日本的雇用慣行の柱であるが、近年は変化の兆しもある。2019年には、トヨタ自動車の豊田社長が「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と述べており、経団連の中西前会長も「働き手の就労期間の延長が見込まれる中で、終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている」と、終身雇用の限界について言及している。実際に、近年では雇用が比較的安定しているとされた大企業においても希望退職者を募る会社が増えている。
本稿では、今まで合理的であると考えられてきた、年功賃金・終身雇用がなぜ変わりつつあるのか、そしてその転換のためにはどのようなことが必要かについて述べたい。
2――年功賃金、終身雇用の合理性
終身雇用とは、定年まで雇うことを前提とした雇用慣行であり、年功賃金とセットで議論されることが多い。これらの関係を説明するためによく用いられるのが、定年制について述べているラジアー(1979)である1。
ラジアーの理論では、企業は労働者が若い時は生産性よりも低い賃金を支払い、それ以降は生産性よりも高い賃金を支払う年功賃金が、合理的だと述べている。
年功賃金では、高年齢者は生産性よりも高い賃金を受け取るため、仕事を辞める動機が薄くなる。しかし、企業は労働者が生み出す価値よりも高い賃金を払い続けることはできないため、定年制を導入する必要がある。
労働者が若い時の生産性と賃金の差は企業の預り金として蓄積され、それ以降の生産性を上回る賃金支払いによって取り崩される。全体でみれば入社から定年までの間で総生産価値と総賃金の現在価値はバランスする(図表)。
さて、労働者の総生産価値と総賃金が等しいことは、常に生産性と賃金支払いを一致させた場合にも成り立つ。それにもかかわらず年功賃金を採用するのは、労働者の不正(横領などの犯罪行為だけではなく、勤勉さを欠くことなども含まれる)を防止するためである。労働者は定年まで企業に預り金を預けており、もし不正をすればその一部が回収できない可能性がある。結果として、生産性と賃金を一致させる場合よりも、年功賃金を採用した場合の方が、労働者は預り金の回収のため長く真面目に働くことになる。労働者が真面目に働けば、その分総生産価値は大きくなり、支払われる総賃金も大きくなるという両者にとって合理的な仕組みとなる。

3――年功賃金、終身雇用の限界の背景
先のラジアーの理論から考えると、年功賃金や終身雇用の限界と言われる背景には、いくつかの要因が考えらえる。
例えば、人口動態の変化である。ラジアーの理論では、労働者一人について入社から定年までの間の総賃金と総生産価値が一致するように賃金カーブが設計されているが、実際には企業は預り金をプールしておらず、過少賃金の若者から過大賃金の中高年者に賃金の移転が行われている。少子高齢化が進む中、過大賃金の中高年齢の労働者の割合が高まり、人件費の増加を招いている。
加えて、相次ぐ雇用延長により、過大賃金となっている高年齢者の数が増えていることへの対応にも限界が来ている。60歳までの定年延長に際しては、企業は役職定年制度の導入などにより高年齢者の賃金抑制を行った。65歳までの雇用延長に関しては、非正規での再雇用や、60歳未満の従業員の賃金を抑えることなどにより過大賃金分のコストを抑えた。今年からは70歳までの就業確保が努力義務化され、従業員全体の賃金のバランスを調整することは一層難しくなっている。
さらに、ビジネス環境の変化のスピードが速まっていることで、将来の生産性の予測が困難になっていることも挙げられる。かつては経験の蓄積によって徐々に生産性上昇が見込まれていたが、現在のように技術進歩が速く、スキルが陳腐化しやすい環境下においては、将来の生産性を予測することは困難である。まして、雇用延長により就業期間が長くなるほど、賃金カーブの設定は困難を極めるだろう。結果として一部の中高年齢者の生産性が想定していたほど上昇せず、過大賃金のコストを回収しきれていない可能性がある。
また、若者の賃金を抑える年功賃金では、IT人材などの需要が高い人材が獲得できないという事情もうかがわれる。特に日本は、賃金決定要因のうちの年功部分が大きいため、外資系企業などと比べて相対的に若者の賃金が見劣ってしまう。最近では、人材確保のために新卒などの若い労働者を対象に賃上げを行っている企業もみられるが、そのしわ寄せとして中高年齢者の賃金を抑えなければならなくなっている。



