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ネット世論と「ゾウは細長い」についての話

2013年1月22日付の毎日新聞東京夕刊にこんな記事が出ている。
特集ワイド:「ネット世論」は世論にあらず 「ゾウは細長い」と錯覚も!?
「ネット世論」という言葉を最近よく聞く。昨年の衆院選で政党支持を尋ねたオンライン投票の結果やツイッターなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で目立った言論の傾向が、大手メディアの世論調査の結果と大きく異なったのがきっかけだ。「ネット世論」の正体って何?

この記事では何人かがインタビューされているが、私もその中の1人で、見出しにもある「ゾウは細長い」というのはその際に言ったら記者さんにえらく受けた話だ。この記者さんはていねいに取り上げてくださっているのだが、紙面の関係もあるんだろう、少し元のニュアンスとちがっている部分があるので、勝手ながら少しここで補足しておく。

記事を読んでいただければわかるが、この記事の趣旨は基本的に「ネット世論なるものは実際の世論とはちがう」という話だ。まず登場するのは東大の菅原琢さん。

両者の乖離(かいり)について、世論調査に詳しい政治学者、菅原琢(たく)東大先端科学技術研究センター准教授は「そもそもネット投票は世論調査とはまったく別物」と説明する。「世論調査は無作為抽出によって回答者を選ぶことで、有権者全体の意見分布を『世論』として示します。一方、ネット投票は無作為ではなく、特定の意見の人々が互いに呼びかけあって結果を動かしたりする。ネット投票の結果を『世論』と呼ぶこと自体が誤りなのです」と指摘する。(中略)

「極端な意見や集団行動を目にしたメディアが、それを『ネット世論』として取り上げることで、実態以上に印象が膨れ上がる。その意味で『ネット世論』はバブルのようなものです」と菅原さんは指摘するのだ。

これはまさにその通り。ただ私の論点は少しちがう。引き続き記事から引用すると、こう発言したことになっている。

「ゾウに例えると、ゾウの全体像を伝えるのが大手メディアだとすれば、しっぽや耳を詳しく観察したい人にとってネットは格好のツール。しかし、ゾウの全体像を知らずにしっぽだけ触っていると、『ゾウのしっぽは細長い』ではなく『ゾウは細長い』と誤った判断に陥ってしまう」

これが見出しにもなった部分の発言だ。「ゾウ」を引き合いに出したのは、「象をなでる」っていう例のことわざを念頭においたものだが、そのまま使うといまどきはさしさわりがありそうなので、シンプルに「ゾウ」と表現している。

で、問題は趣旨だ。確かにこう発言はしたのでもちろんまちがいじゃないんだが、実際にはもう少しこの話は続く。概ねこんな話をしたと思う。

確かに、実際には細長くないゾウを、しっぽをさわっただけで判断して「細長い」と考えるのはまちがいだが、だからといってゾウのしっぽをさわることに意味がないわけではない。ゾウのしっぽをさわっている人にとって、「ゾウをさわっている。どうも細長い形のようだ」ということはまぎれもない事実であり、おそらくその人にとってそれは重要なことだろう。

一方、「ゾウの全体像」ばかりを見ている人には、ゾウのしっぽがどんな形でどんな手ざわりかまではわからないかもしれない。「ゾウの全体像」と「ゾウのしっぽ」の形は、どちらも知るべき重要な情報であり、私たちはむしろ、これまで充分にわからなかった「ゾウのしっぽ」がより詳しくわかるようになったことを歓迎すべきではないか。仮に誰かがまちがって「ゾウは細長い」と言っていたとしても、聞く側が「ゾウの全体像」を知っていればいいだけの話だ。

いつまでもゾウの話をしているとわかりにくいのでネット世論に話を戻すと、ネット世論を、マスメディアが行う世論調査で把握される世論と同じものと考えるのはまちがいだが、社会の一部であるネットユーザーのそのまた一部の情報発信者からの情報をやや信頼性の低いかたちで集めたもの、つまり「世論のやや歪んでいるかもしれない一部」がネット世論ととらえればいいだけの話ではないか、ということだ。

世論調査のようにバイアスを避けるための工夫が充分に行われているわけではないから、もちろん歪みも情報操作も入る余地があるが、一方で、世論調査よりはるかに安価に人々の意見を知ることができる。そもそもマスメディアの世論調査で使われるRDD方式だって、コストとの兼ね合いで採用されている一種の簡便法なのであって、やや乱暴にいえば、その精度の差は程度問題だ。

もちろん方法に工夫の余地はあるはずで、その1つの可能性として予測市場を挙げておいた。もう1人インタビューされているマクロミルネットリサーチ総合研究所の萩原雅之さんは、同社のモニターを使った世論観測を紹介している。他にも、ツイッターなどのデータ解析から世論をつかむ手法など、さまざまなものがあるだろう。どういう方法にせよ、社会全体の総意としての世論を探るためには、それなりの工夫が必要で、そう簡単な話ではない。現在ネット世論をみる手法として使われているものの多くはそこまでの配慮をしているとはいえないので、注意が必要、ということだ。先日の衆院選前に日本未来の党が行った原発政策に関するネットアンケートなどは、あまりにも典型的な失敗例といえよう。

とはいえネット世論はマスメディアに取り上げられることによって実際以上の影響力を持つことがしばしばあるし(菅原さんはこれを問題視するかのようなコメントをしているが、社会の一部の人の意見が実際の数より大きな影響力をもって伝えられるのはネット以前からふつうにあった話なので、何をいまさらと思うところもないではない)、すでに日本では全人口の約8割がネットユーザーなので、それなりに重視すべきと言っていいのではないかと思う。

まあこの話は、要するに前に書いたことの繰り返しなので、ご関心のある向きはそちらも併せてお読みいただけるとありがたい。

※追記
はてブを見ていたら、「コメントをどういう風に使うかも同意が必要」というコメントがあって、この文章が誤解を与えてしまった可能性があることに気づいたのでお詫びしつつ付記。本件取材において、記者さんからは、あらかじめ記事はこうなると示していただいた。それに対して、字数制限があるでしょうからこれでいいです、と私はお答えしている。つまり、私は当該新聞記事の記述自体に異議を申し立てているわけではない。その点誤解を与える文章だったかもしれない。大変申し訳ない。

異議を申し立てなかったのは、私にはこのブログで、スペースを気にすることなく、こういうことを言いたかったと説明することができるからだ。新聞には新聞の編集方針もあるだろうし、組織で作っているので、私がわがままを言っても始まらない。それよりは、自分に与えられた機会を使っていいたいことを書く方がはるかに生産的だ。ネットの価値は、こうしたことが可能になるという点にもある。

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