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- 2010年10月02日 16:43
撤退が上手(?)なアメリカ人の気質
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大分前になるが、@mhattaさんからTwitterで下記のような問いかけを頂いた。
発端は、@mhattaさんの「日本企業は、事前に物事をとめる仕組みがしこたまある割には、一旦はしり始めると、それをとめる仕組みがないか、機能していない」というつぶやきに対して、「事後にストップしまくるアメリカ企業もどうかと思う」と私が突っ込んだこと。
私の会社は数あるアメリカ企業の中でも最高クラスに物事が途中でとまる(多分)。先日も、とあるシステム導入プロジェクトのユーザの受入検収テストの最中に突如プロジェクトが中止となったし、導入後1年待たずにリプレースのプロジェクトが走り始めることはざらだ。会社として未熟なところも多分にあるが、そんな中にもアメリカ人の気質が垣間見えることが多いので、何故事後に物事が容易にストップするのか少し考えてみたい。
私は社内でアメリカ人からうんざりされることが多い。プロジェクトの業務要件を決める会議などで、レアケースも含めて網羅的に考慮ポイントを説明したりすると、最初のうちはうなずきながら興味深そうに聞いているのだが、次第に疲れが顔にではじめ、ついには「いや、色々あるのはわかったけど、とりあえずやってみて、駄目ならその時考えよう」と言われることが非常に多い。
アメリカ人は総じて、事前に考慮事項を洗い出し、シミュレーションして対策を講じるというのが苦手で、あれこれ考える前にとりあえずやってみようというアプローチをとることが殆ど。そういう点でアメリカ人は事後にストップする仕組みをきちんと整備しているというよりむしろ、うまくいかなかったら軌道修正したり、場合によってはストップすることを前提に物事に取り組むといったほうが正確だろう。
そのやり方も間違っているとは言わないし、うまくやれば非常に効率的なのだが、「単にいきあたりばったりなだけだろう、お前!」と喉もとまででかかることもしばしばあり、一概に良いとも言い切れない。
プロジェクト開始当初のアメリカ人は、本当に希望に満ちたキラキラした目をしている。これから開始しようとしているプロジェクトで提供されるソリューションがいかに万能で、いかに今の問題を解決するかを、本当にみんな熱っぽく語る。プロジェクトが進むにつれ「We are not living in the perfect world.」と連発しはじめ、徐々にトーンダウンしていくのだが、それでも開始当初の熱意と盲目的なまでの期待感というのはいつもすごいと思う。
そういう姿に接するにつけ、「あぁ、この人たちは”終わり”があるから”始める”のではなく、何かを”始める”から今あるものを”終わり”にするんだ」と感じる。今あるものが問題があるので、それを”終わり”にするというより、「今よりもっといいやり方があるのに、何でそれをやらないんだ?この新しいソリューションでもっとよくしよう!」という節のほうが強く、この辺りは日本人とは逆なんではないかと思う。
まぁ、上記のように言うと聞こえはいいのだが、石にかじりついてでもやりきるという気迫に今ひとつ欠け、粘りがなく移り気という向きもあり、善し悪しは微妙ではある。
アメリカの会社はやはり事後ストップのほうが多いですか。個人的には違いがあるということ自体に興味があります。
http://twitter.com/mhatta/status/24247217940
発端は、@mhattaさんの「日本企業は、事前に物事をとめる仕組みがしこたまある割には、一旦はしり始めると、それをとめる仕組みがないか、機能していない」というつぶやきに対して、「事後にストップしまくるアメリカ企業もどうかと思う」と私が突っ込んだこと。
私の会社は数あるアメリカ企業の中でも最高クラスに物事が途中でとまる(多分)。先日も、とあるシステム導入プロジェクトのユーザの受入検収テストの最中に突如プロジェクトが中止となったし、導入後1年待たずにリプレースのプロジェクトが走り始めることはざらだ。会社として未熟なところも多分にあるが、そんな中にもアメリカ人の気質が垣間見えることが多いので、何故事後に物事が容易にストップするのか少し考えてみたい。
とりあえずやってみて、駄目だったら、その時考える
私は社内でアメリカ人からうんざりされることが多い。プロジェクトの業務要件を決める会議などで、レアケースも含めて網羅的に考慮ポイントを説明したりすると、最初のうちはうなずきながら興味深そうに聞いているのだが、次第に疲れが顔にではじめ、ついには「いや、色々あるのはわかったけど、とりあえずやってみて、駄目ならその時考えよう」と言われることが非常に多い。
アメリカ人は総じて、事前に考慮事項を洗い出し、シミュレーションして対策を講じるというのが苦手で、あれこれ考える前にとりあえずやってみようというアプローチをとることが殆ど。そういう点でアメリカ人は事後にストップする仕組みをきちんと整備しているというよりむしろ、うまくいかなかったら軌道修正したり、場合によってはストップすることを前提に物事に取り組むといったほうが正確だろう。
そのやり方も間違っているとは言わないし、うまくやれば非常に効率的なのだが、「単にいきあたりばったりなだけだろう、お前!」と喉もとまででかかることもしばしばあり、一概に良いとも言い切れない。
新しもの好きで、何か面白そうなソリューションがあると試してみたくなる
プロジェクト開始当初のアメリカ人は、本当に希望に満ちたキラキラした目をしている。これから開始しようとしているプロジェクトで提供されるソリューションがいかに万能で、いかに今の問題を解決するかを、本当にみんな熱っぽく語る。プロジェクトが進むにつれ「We are not living in the perfect world.」と連発しはじめ、徐々にトーンダウンしていくのだが、それでも開始当初の熱意と盲目的なまでの期待感というのはいつもすごいと思う。
そういう姿に接するにつけ、「あぁ、この人たちは”終わり”があるから”始める”のではなく、何かを”始める”から今あるものを”終わり”にするんだ」と感じる。今あるものが問題があるので、それを”終わり”にするというより、「今よりもっといいやり方があるのに、何でそれをやらないんだ?この新しいソリューションでもっとよくしよう!」という節のほうが強く、この辺りは日本人とは逆なんではないかと思う。
まぁ、上記のように言うと聞こえはいいのだが、石にかじりついてでもやりきるという気迫に今ひとつ欠け、粘りがなく移り気という向きもあり、善し悪しは微妙ではある。



