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”タコ山”だって守られたい?~「TRIPP TRAPP」高裁判決から6年、いまだ見えぬ境界線。

最近、あまりこまめに知財系のニュースを拾いに行く、ということもできていなかったりするのだが、West Lawから飛んで来る最新の判例だけはなるべくフォローするようにしていて、その中に混じっていたのが「タコの滑り台」の著作権侵害をめぐる東京地裁の判決だった。

検索してみたら、ニュースでは判決が出た直後のゴールデンウィーク前には既に報じられていて、記事を読むとちょっとした”小ネタ”のような取り上げられ方になっているように思えなくもない*1

www.asahi.com

だが、この話は、著作権の世界で古から激しく議論され、知財高裁が2015年に「TRIPP TRAPP事件控訴審判決」という当時としては衝撃的な判決を出してからもなおくすぶり続けている、業界関係者なら見過ごせない話題である。

判決自体は原告の請求棄却で、当然控訴されているようなので、おそらく知財高裁判決の段階でまた盛り上がりは見せると思うのだが、それまでの間、ローカル小ネタとして埋もれてしまわないように、ここで取り上げておくことにしたい。

東京地判令和3年4月28日(令和元年(ワ)第21993号)*2

原告:前田環境美術株式会社
被告:株式会社アンス

原告は,モニュメント,彫像,修景施設,公園施設,遊園施設等に関するデザイン,企画,設計,製作,施工等及び公共土木施設に関する景観
設計,施設製作,施工等を目的として設立された株式会社であり、前身の会社は昭和38年設立、という由緒ある会社*3、原告との間には浅からぬ因縁があった。

そんな両者が著作権侵害の成否をめぐって争ったのが、「東久留米市南町1丁目公園に設置されたタコの滑り台」「足立区上沼田東公園に設置されたタコの滑り台」であり、最高裁ウェブサイトにアップされた判決にも「被告滑り台目録」として、四方向から撮影した姿が掲載されている。

いくつ歳を重ねても、この手の遊具を見るとついつい童心に返って遊びたくなってしまうのは、鍵っ子留守番時代が長かったから、なのかもしれないが、それはさておき、判決文を読むと、当事者の主張は著作物性に始まり、原告の著作権取得の有無、依拠性、複製・翻案該当性、侵害主体性、故意過失、損害額から消滅時効の成否に至るまで、侵害訴訟における典型主張が一通りなされており、まさに”がっぷり四つ”感のある展開だったように見受けられる*4

しかし、裁判所は丁寧なれどシンプルに最初の争点だけでこの事件を終わらせた。

まず、「美術の著作物」該当性については、

「本件原告滑り台は,利用者が滑り台として遊ぶなど,公園に設置され,遊具として用いられることを前提に製作されたものであると認められる。したがって,本件原告滑り台は,一般的な芸術作品等と同様の展示等を目的とするものではなく,遊具としての実用に供されることを目的とするものであるというべきである。」(27頁)

という認定を出発点に、ゴナ書体最高裁判決(最一小判平成12年9月7日)を引用して著作権法2条2号を「例示規定」とした上で、さらにこの最判を引っ張って、以下のような規範を立てたところがハイライト、ということになるだろうか。

「上記の最高裁判決の判示に加え,同判決が,実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると,文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる旨説示していることに照らせば,応用美術のうち,「美術工芸品」以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては,「美術」「の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である「美術の著作物」(同法10条1項4号)として,保護され得ると解するのが相当である。」(28頁、強調筆者、本稿において同じ)

そして、原告滑り台の「美術工芸品」該当性をあっさりと否定した上で、保護される応用美術と言えるかどうか、という点について以下のように述べて、原告の主張をすべからく退けた。

「タコの頭部を模した部分は,本件原告滑り台の中でも最も高い箇所に設置されているのであるから,同部分に設置された上記各開口部は,滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造であって,滑り台としての実用目的に必要な構成そのものであるといえる。また,上記空洞は,同部分に上った利用者が,上記各開口部及びスライダーに移動するために不可欠な構造である上,開口部を除く周囲が囲まれた構造であることによって,最も高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有するといえるし,それのみならず,周囲が囲まれているという構造を利用して,隠れん坊の要領で遊ぶことなどを可能にしているとも考えられる。そうすると,本件原告滑り台のうち,タコの頭部を模した部分は,総じて,滑り台の遊具としての利用と強く結びついているものというべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。」(30頁)

「滑り台は,高い箇所から低い箇所に滑り降りる用途の遊具であるから,スライダーは滑り台にとって不可欠な構成要素であることは明らかであるところ,タコの足を模した部分は,いずれもスライダーとして利用者に用いられる部分であるから,滑り台としての機能を果たすに当たって欠くことのできない構成部分といえる。そうすると,本件原告滑り台のうち,タコの足を模した部分は,遊具としての利用のために必要不可欠な構成であるというべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。」(30~31頁)

「本件原告滑り台には,正面から見て左右に 1 か所ずつ,スライダーの下部に,通り抜け可能なトンネル状の空洞が配置されていると認められる。この構成は,滑り台としての機能には必ずしも直結しないものではあるが,前記アのとおり,本件原告滑り台は,公園の遊具として製作され,設置された物であり,その公園内で遊ぶ本件原告滑り台の利用者は,これを滑り台として利用するのみならず,上記空洞において,隠れん坊などの遊びをすることもできると考えられる。そうすると,本件原告滑り台に設けられた上記各空洞部分は,遊具としての利用と不可分に結びついた構成部分というべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。」(31頁)

確かに「遊具」として用いられるものである以上、一つ一つの構成要素に何らかの機能を見出すことはできるとしても、何か裁判所の言っていることは苦しくないか・・・?(特にスライダーの下部の空洞などは「滑り台としての機能に直結しない」とまで言っているのに・・・)というのが自分の素朴な印象であり、それは次の説示でピークに達することになる。

「本件原告滑り台のようにタコを模した外観を有することは,滑り台として不可欠の要素であるとまでは認められないが,そのような外観は,子どもたちなどの本件原告滑り台の利用者に興味や関心を与えたり,親しみやすさを感じさせたりして,遊びたいという気持ちを生じさせ得る,遊具のデザインとしての性質を有することは否定できず遊具としての利用と関連性があるといえる。また,本件原告滑り台の正面が均整の取れた外観を有するとしても,そうした外観は,前記(ア)及び(イ)でみたとおり,滑り台の遊具としての利用と必要不可欠ないし強く結びついた頭部及び足の組み合わせにより形成されているものであるから,遊具である滑り台としての機能と分離して把握することはできず,遊具のデザインとしての性質の域を出るものではないというべきである。そうすると,本件原告滑り台の外観は,遊具のデザインとしての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。」(32頁)

裁判所の書く判決だから、最後は自分たちの立てた規範に戻るような文章にせざるを得ないのは分かるのだが、「遊具のデザイン」と言えるものかどうか、という話と、「美的特性を備えているかどうか」という話は、本来決して相対立するようなものではないはずだし、前者に当たるから美的特性を把握できない、と言ってしまうと、「そもそも美的特性って何なの?」という突っ込みを入れたくなる。

裁判所は続けて、

「ある製作物が「美術の著作物」たる応用美術に該当するか否かに当たって考慮すべき実用目的及び機能は,当該製作物が現に実用に供されている具体的な用途を前提として把握すべきであって,製作物の種類により形式的にその目的及び機能を把握するべきではない。原告の主張は,滑り台には様々な形状や用途のものがあるにもかかわらず,本件原告滑り台が滑り台として製作されたものであるという点を過度に重視するものであり,子どもたちなどの利用者が本件原告滑り台において具体的にどのような遊び方をするかを捨象している点で相当ではない。」(33頁)

などとも言っているのだが、ここまで散々「滑り台としての機能」ということで「実用目的」を強調しておきながら、そこから外れる構成要素に関しては、さらに「具体的な遊び方」まで考慮して目的を把握、というのはさすがに言いすぎではなかろうか*5

結局、続く「建築の著作物」に当たるかどうか、という争点についても、原告滑り台が「建築」に当たる、ということは一応認めた上で、

「本件原告滑り台が同法上の「建築」に該当するとしても,その「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性については,「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)か否か,すなわち,同法で保護され得る建築美術であるか否かを検討する必要がある。具体的には,「建築の著作物」が,実用に供されることが予定されている創作物であり,その中には美的な要素を有するものも存在するという点で,応用美術に類するといえることから,その著作物性の判断は,前記(1)アで説示した応用美術に係る基準と同様の基準によるのが相当である。」(34頁)

と先述した「応用美術に係る基準」をここでも用いることを裁判所が宣言したことで、第一審での勝敗は決し、「その余の点について判断するまでもなく」請求棄却という結論が導かれたのである。

「TRIPP TRAPP」高裁判決は幻だったのか?

本件の背景や争われている「表現物」等を踏まえれば、「著作物性」一本で結論を出した東京地裁の判断を支持する方も多いのかもしれない。

本件自体が「著作権」に名を借りた、被告会社発足以来の因縁に基づく紛争のように見える、というのが一つ。

また、逆に、本件ではそんな因縁ゆえ原告と被告の間だけにフォーカスして争われているものの、冷静に考えれば「タコ山」と呼ばれているようなタコの形をした遊具は、原告・被告のいずれかが製作に関与したもの以外にも世の中にたくさんあると思われる。

だから、たとえ本件で個別具体的に原告の「タコ」と被告の「タコ」を比較した結果、侵害を否定するとしても、ひとたび著作物性を認めてしまうと、それ以外の全国各地の「タコ」型遊具の管理者が、”いつ自分のところに矢が飛んで来るか分からない”という恐怖におびえることにもなりかねないわけで、そこまで考慮して「美的特性」論で著作物性をバッサリ否定したのであれば、それはそれで尊重されるべき発想なのかもしれない。

ただ、「TRIPP TRAPP」のあの高裁判決のインパクトを未だに忘れられない者としては、「これってやっぱり時代逆戻りしてないか?」と思わずにはいられないし、(本判決では「実用」目的ありと強調されているが)「椅子」よりも「滑り台」の方が一品製作性、という観点からも純粋な意味での”実用性”という観点からも著作権の保護にはずっと親しみやすいのでは?と思うだけになおさらである。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

「TRIPP TRAPP知財高裁判決は、創作性要件の判断において「美的創作性」という高度の創作性を要求することはしない、ということを言っただけで、著作物として保護する以上「美的特性」自体は必要だ」という見解は、2015年以降有力に唱えられているし、今回の判決の以下のような説示にもそういった考え方は色濃く反映されているように思われる。

「また,原告の上記主張は,本件原告滑り台の表現の選択の幅が広く,製作者であるBの個性が表われていることを根拠とするものであるが,その点は,著作物性(著作権法2条1項1号)の要件のうち,「思想又は感情を創作的に表現したもの」との要件に係るものであって「美術」「の範囲に属するもの」との要件に係るものではないというべきである。」(33頁)

だが、そうだとしたら、TRIPP TRAPPの知財高裁判決が鳴らした

「美的」という概念は,多分に主観的な評価に係るものであり,何をもって「美」ととらえるかについては個人差も大きく,客観的観察をしてもなお一定の共通した認識を形成することが困難な場合が多いから,判断基準になじみにくいものといえる」

という警鐘は何だったのか、という気もするし、これまであまり重視されていなかった「文芸、学術、美術又は音楽の範囲」要件に過度に負荷をかけるような解釈論が妥当だとも思えない*6

ということで、日常の中にあるアートをこよなく愛する者として、次のステージで裁判所が異なる筋で事件の解決を導いてくれることを願いつつ、判決が出る頃までには、きっと身近なところにもあるタコ滑り台を前に、童心に返れれば、と思っているところである。

*1:特に最後の原告のコメントが・・・。

*2:第29部・國分隆文裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/359/090359_hanrei.pdf

*3:ただし前身の会社は平成14年に民事再生申立てを行い、原告が「商号,設計図書その他同社が有する暖簾」を譲り受けた、という経緯がある)である。 一方、被告は公共空間の施設や公園施設(セメント系遊具等)の企画,設計,製作,施工,点検,修繕等を目的として平成22年に設立された株式会社であるが、代表者は原告において勤務していた者であることが認定されており、しかも被告設立直後には原告が被告やその社員(いずれも原告を退社して被告に移った社員)を相手取り、営業秘密不正使用、虚偽告知等の不正競争防止法違反を主張して提訴する等((本判決中には提訴した旨の記載しかないが、確認したところ東京地裁で判決にまで至っていた(東京地判平成25年10月11日)。結論としては、原告が営業秘密と主張した工事発注情報の秘密管理性が否定されただけでなく、被告の従業員らが「X社(注:原告)の技術は自分たちが承継したなどと,原告が営業していないかのような虚偽の事実を述べた」「(証人が)被告Y2社とb社の従業員の訪問を受けた際,同人らが原告で働いていた技術者であり,その技術を承継したこと,原告に技術者がほとんど残っておらず仕事ができない状況であることを聞いた」といった事実を認定しつつも、「平成22年3月当時,原告は,経営悪化により会社の存続が困難となって従業員の大半を解雇し,同年4月時点で原告の従業員が5名程度であった」のだから、発言内容が虚偽だったとはいえない、として不競法2条1項14号違反に基づく請求まで棄却されており、原告のほぼ完敗といえるようなものとなっている。

*4:侵害主体に関しては、「両社(注:施工会社)から提供された図面に従って本件各被告滑り台を製作したにすぎ」ない被告の主張に対し、「自治体が上記設計図書に添付される遊具の図面を作成するに当たっては,現実的には,遊具の製作を請け負う業者(製作業者)から遊具の図面の提供を受けるなどの協力を受けることが欠かせないから,被告においても,本件各被告滑り台の図面の作成に関与するという枢要な役割を果たしたものと考えられる。」(18頁)という「枢要な行為」論も飛び出していた。

*5:こんな話をし出すと、公園にある彫刻だって、突き出された裸人像の腕が子供がぶら下がって遊ぶのにちょうど良い長さと強度だったりすると(そして、現に子供たちがそれにぶら下がって遊んでいたりすると)、その表現部分は「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成」だから鑑賞の対象となり得ない、ということになるのだろうか?そんなはずはあるまい。裁判所は「遊具」というカテゴリーにまとめることで、争われていたタコ滑り台を「美術」の範囲から除外しようとしたのだろうが、世の中に存在するもの全てがアートになり得る現代においては、いささか古色蒼然に過ぎる発想のように思えなくもない。

*6:「創作性」要件を「選択の幅」で説明できるようになってようやく(議論する上での)著作物性の判断軸が明確になったと思ったら、より神学論争的要素が強い「それは美術なのか?」という論点が前面に出てくるようになった、という話なので、一般論としてはあまり歓迎すべきことではないように思う。

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