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「家族」を擁護する――『事実婚と夫婦別姓の社会学』 - 阪井裕一郎

本書は、事実婚と夫婦別姓をめぐる諸問題を、社会学の視点から検討したものである。

大学院時代の私は、「家族の多様化」をめぐる研究関心から、日本における事実婚カップルの実態を明らかにしようと、いわば「見切り発車」状態で当事者へのインタビュー調査を開始した。

しかし、話を聞くなかで、まず私が抱いていた「事実婚vs.法律婚」という素朴な前提が覆されていった。調査を通じて、当事者の多くが、「夫婦別姓」のために(より正確に言うならば、婚姻時に双方が姓を変えないために)、事実婚という選択を強いられているという現実に直面する。多くの当事者が法律婚を望んでいたり、「結婚」そのものに肯定的な態度を有していることに気づかされたのである。

当初私は、「意外に保守的?」という印象も抱いた。だがしだいに、そもそも自分自身が「保守的」だと感じたこの感覚それ自体が正しいのだろうかと考えるようになった。自分はどのような部分を「保守的」と思ったのか。分析を進めるなかで、少なくとも、自分の描いていたストーリーを修正し、「法律婚」を批判的にとらえる枠組みそのものを検討しなおす必要を感じた。本研究の出発点にはこうした問題意識がある。

第1章では、事実婚の「語られ方」の歴史的変化について考察しているが、明治時代以降の事実婚についての資料を集めるなかで、ここでも自分の前提は覆された。それは、法律婚主義は保守側の主張であり、事実婚主義はリベラル側の主張だという前提である。

戦前から1980年代初頭まで、事実婚主義は一貫して保守の側の主張であり、戦後に「家族の民主化」を推進したリベラルな研究者たちは事実婚を否定し、法律婚の徹底化を主張していた。現在とは真逆のこの構図は何を意味するのか。本書では、法律婚の徹底を「民主化の指標」とみなしていた当時のリベラル側の主張を「時代的限界」と切り捨てるのではなく、彼らが法律婚と民主主義をどのように関連づけていたのかを詳しく検討し、法を単に抑圧的にとらえる見方に再考を迫っている。

第4章「事実婚カップルにとって『結婚』とは何か」で検討する「事実婚カップルはなぜ『結婚』するのか?」という問いもこの問題意識に連なるものである。一見奇妙に思われる「問い」かもしれない。しかし、私は事実婚の当事者たちが「結婚」をめぐって「差異化」と「同一化」のさまざまな駆け引きをおこなっているという点に興味を抱いた。

事実婚当事者たちは、自らが望ましくないと考える役割や規範が付随する「結婚」と差異化するために事実婚を実践している。一方で、家族に関連した既存の語彙を使用しながら、自らの実践を「結婚」として肯定的に位置づけてもいる。「法律婚」を志向する当事者たちの語りを聞くなかで、ふたたび「事実婚vs.法律婚」という既存の図式を再検討することが必要だと考えた。

調査を通じてとくに印象的だったのは、事実婚の当事者たちが自分たちの現在や将来の生活のために、公正証書等さまざまな法的手段を用いて自分自身を守っていかなければならないという事実である。事実婚はしばしば「非法律婚」と呼ばれることもあるが、むしろ事実婚を貫くために、当事者たちはたくさんの法的知識を習得し、法律を使って「武装」しなければならないのである。

一方、法律婚を選択した「マジョリティ」はそれほど法律を意識せずとも不自由なく日常生活を送ることができる。「いったいどちらが本当の法律婚なのだろう?」という思いを抱くこともしばしばあった。

本書の主要な目的の一つが、夫婦別姓をめぐる錯綜した議論を整理しその絡まりを解きほぐすことで、反対派の主張がいかに非論理的で無根拠かつ差別的であるかを明らかにし、選択的夫婦別姓制度の実現に寄与することにあることは間違いない(とくに第2章「『夫婦別姓』を語る視座――対立軸を整理する」)。

しかし、研究者としての私のより大きな理論上の関心は、「家族」や「結婚」という概念をリベラリズムの観点からどのように正当化できるのかという点に置かれている。終章「家族の多様化を考える――家族概念の再考へ」では、少し議論の枠をひろげ、夫婦別姓や同性婚の立法化に対するリベラル論者による批判に焦点を当てた。リベラルな論者にも選択的夫婦別姓制度や同性婚を牽制する主張があり、ここでは「リベラルの内なる対立」という問題を検討している。

私自身、家族の権力性や幻想性を問題化し、家族がある種の「抑圧装置」であることを明らかにしてきた家族社会学の研究に大いに刺激を受け魅了されてきた一人である。しかし、それと同時に、家族を否定的にしか語れない現状の「パラダイム」に疑問を抱くようにもなっていた。

家族や結婚制度を「抑圧的」として批判する一方で、家族を支援することや家族関係そのものの重要性を主張する――。批判を覚悟の上で言えば、私はしばしば家族についてこのように「二枚舌」にならざるをない家族社会学の現状に少なからぬ居心地の悪さを感じていた。事実婚当事者へのインタビュー調査を通して、そのような思いは強まっていった。

われわれは法律婚や戸籍、さらには「家族」や「結婚」というカテゴリーをアプリオリに批判の対象とみなすのではなく、これまでの家族社会学やジェンダー研究、セクシュアリティ研究の功績を踏まえたうえで、どのように「家族の価値」を語ることができるのだろうか。社会に広がる孤立や分断を克服するという課題に直面するなかで、繰り返し回帰してくる偏狭な「保守」の家族礼賛言説にわれわれはどのように対峙すべきなのか。

本書で展開する議論は、事実婚と夫婦別姓という問題のみに閉じられたものではない。保守的な論理に簒奪された「家族の価値」をリベラルがいかにして奪還すべきなのか。本書はその道筋について考えるものでもある。

阪井裕一郎(さかい・ゆういちろう)
家族社会学

1981年、愛知県生まれ。福岡県立大学人間社会学部専任講師。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。専門は、家族社会学。日本学術振興会特別研究員PDを経て現職。共著書に、『入門 家族社会学』(新泉社、2017年)、『境界を生きるシングルたち』(人文書院、2014年)など。論文に、「事実婚カップルはなぜ『結婚』するのか」(『年報社会学論集』28号、2015年)、「家族主義という自画像の形成とその意味」(『家族研究年報』38号、2013年)、「家族の民主化」(『社会学評論』249号、2012年)、「明治期『媒酌結婚』の制度化過程」(『ソシオロジ』166号、2009年)など。

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