- 2021年06月21日 15:24 (配信日時 06月21日 06:00)
日本に必要な国産ワクチン 「掛け捨て」で次の危機に備えよ 他国との違いは「資金」や「政府からの支援」だけではない - 森内浩幸 (長崎大学大学院小児科教授)
2/2国民への普及啓発に余念のないアメリカ
とはいっても、平素からのワクチンの研究開発の継続は「言うは易く行うは難し」だ。ワクチンの研究開発に国費を投入することは、国民にとって「掛け捨ての保険に入る」ことと似ている。新たなワクチンが必要になるのは、当然ながら人類にとって新たな感染症が発生したときであり、そのための投資に確実なリターンは望めないからだ。ワクチンが研究開発された後も、治験でさらに莫大な投資と、民間人の協力が必要になる。国がワクチンをどのように位置付け、それを国民が納得するかどうかに掛かっている。
今回のパンデミックで日本国民が実感したことは、新興・再興感染症のアウトブレイク(爆発的な感染拡大)は国民の健康を脅かすだけではなく、経済にも大打撃を与えるということだ。
さらには国家の安全保障という点でも重大な意味を持つ。もしも軍隊や政府要人の間でアウトブレイクしたら、敵国に付け込まれて危機的な状況に陥る可能性がある。また、安価で大量殺戮できる生物兵器への対抗手段としてもワクチンの開発は不可欠となる。
欧米やロシア、中国などワクチンの研究開発に熱心な国々は、単純に国民の健康の問題としてのみワクチンを捉えているわけではない。研究開発はできなかったものの開発されたワクチンの確保に必死だったイスラエルのような国も、国家の安全保障の観点としての危機意識を持っていたと言える。
これらの国々では、ワクチンについて国民への普及啓発や日常生活における政策も浸透している。例えばアメリカでは、幼稚園・認可保育園から大学に至るまで、入学の条件として予防接種を受けているかどうかをチェックされる。
宗教上の理由などで受けないことが認められた場合でも、ワクチンで防げる疾病が流行する際には、収束するまでその子どもは通学禁止となる。オーストラリアでは子どもに決められたワクチンを接種させていない家庭には、子ども手当が支給されない。
また、臨床試験に対する考え方も違う。日本人では治験に参加する人は海外に比べて明らかに少ない。筆者は以前、米国立衛生研究所(NIH)で治験の仕事に関わったことがある。
アメリカは医療費が高いから治療を受ける代わりに治験に参加する人が多いのだろうと思い込んでいたが、経済的インセンティブとは無関係に参加する人が少なくなかった。彼らが参加する理由は「人の役に立つ」からだった。アメリカでは、ワクチンの治験に参加することは「社会のためになること」であり、周囲からも評価されるのだ。
なぜ日本はワクチンに「後ろ向き」なのか
一方、日本の問題は欧米の10分の1以下の研究開発予算からも分かるように、ワクチンに対してあいまいで後ろ向きなことである。その原因の一つにはおそらく、1990年前後の「MMRワクチン事件」があるだろう。
MMRワクチンとは、麻疹・おたふくかぜ・風疹の三つの感染症を予防するワクチンである。本ワクチン接種後に発熱や頭痛、嘔吐などを引き起こす無菌性髄膜炎が発生したことについて、92年12月18日の東京高裁判決で国は損害賠償を命じられた。
この裁判で義務接種制度について「法は予防接種を義務付けているが、予防接種の結果として重篤な副反応事故が生ずることを容認してはいないのであるから、ある特定個人に対し予防接種をすれば必ず重篤な副反応が生ずるという関係にある場合には当該個人に対して予防接種を強制することは本来許されない」とされた。
これを受けて94年に予防接種は義務接種から勧奨接種となり、義務規定は廃止され、努力規定となった。他の先進国で予防接種を「努力義務」などとしている国はない。義務接種を正当な理由なく守らなければペナルティー(先述の入学・登校禁止や子ども手当支給停止など)を被るが、努力義務には何のペナルティーもない。
その後も、ワクチンに対しては副反応ばかりがメディアを中心にセンセーショナルに取り上げられ、日本社会において新規のワクチンへの忌避反応が膨らんでしまった。日本では接種後の因果関係の認められない有害事象についても「副反応」として報告されるため、ワクチンとは無関係のことまでワクチンのせいにされ続けている。
近年の子宮頸がんなどの発症を予防するヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンに対する騒動や現在接種が進められている新型コロナワクチンに対するデマの拡散が象徴しているように日本独特な体質の根深さが窺われる。
「掛け捨ての保険」にお金をかけることや治験参加への忌避反応が強いことのみならず、平時から日本の製薬企業がワクチンの研究開発に及び腰になってしまうことは、こうした国民性も背景にあるのだろう。
日本でワクチン普及を行う三つの意義
だが、デマを煽る一部の過激な発想を持つ人々は除き、多くの良識ある国民は気づいたはずだ。「このままではいけない」と。新型コロナを機に日本も負の歴史から脱却し、ワクチンに対する認識や姿勢を改める必要がある。
日本にとって、ワクチンの研究開発と普及を行うことには次の三つの意義がある。
①公衆衛生:予防接種法にも明文化されている通り、疾病の発生およびまん延を予防し、国民の命を守る必要がある。
②安全保障:上述のように日本に敵意を持って攻撃しようと企んでいる国が先に感染症を克服していたら、攻撃のチャンスを与えてしまう。
③国際貢献:日本は創薬国の一つなのに、自力ではワクチンが生産できず、有効なワクチンを欧米から輸入している。すなわち、その分日本以外の国々にワクチンは行き渡らなくなる。
現行のワクチン、特にmRNAワクチンは非常に有効である反面、コールドチェーンの維持が極めて難しいため、新興国での普及には課題が多い。新興国でも管理しやすく、副反応の少ないワクチンを我が国が独自に開発し、それらの国々に供給するなど、グローバルに流行抑制のために貢献することは、国際社会における日本の責務である。

2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)や、12年の中東呼吸器症候群(MERS)、今回の新型コロナ。21世紀に入り、コロナウイルスだけでも、新興感染症は3度世界を襲った。感染力があり病原性が強いウイルスは、この先も人類を襲うことになるだろう。
だからこそ、日本はワクチン開発に出遅れているからといって思考停止に陥らず、研究開発を続けてノウハウを蓄積し、「掛け捨て」で次のリスクに備えることが大切なのだ。
国は中長期的にワクチン戦略を考える専門の機関を、欧米に倣って設立すべきだ。また、こうしたワクチンにかかわる意義をしっかりと国民に伝えていくことも必要だ。そのためには、日々の生活においてもワクチン接種のメリットやインセンティブを感じてもらうことが良いだろう。
接種できるワクチンについての日欧米間の格差をなくすことや、HPVワクチン接種の積極的勧奨を再開するなど、そのための土壌づくりを進め、ワクチンの意義をコミュニケーションしていくべきだ。
- WEDGE Infinity
- 月刊誌「Wedge」のウェブ版



