- 2012年11月12日 12:00
「東アジア」概念の変遷と地域協力 - 宮城 大蔵
2/2地域協力は通貨・経済分野がけん引
さて、このような北東アジアと東南アジアとの違いを踏まえた上で、「広義の東アジア」における地域協力について概観してみよう。
おそらく「東アジア」として実質的な協力関係が最も進展しているのは、通貨をめぐる協力関係であろう。そもそもASEAN+3という枠組みが、アジア通貨危機への対応をめぐって成立したのは前述の通りである。当初、チェンマイ・イニシアチブは、ASEAN+3の各国が二国間で結んでいたスワップ協定のネットワークを意味したが、2010年にはこれを一つの多国間協定にまとめることで合意が得られ、地域協力という性格が一層明確になった。
東アジアにおいて、同じ経済の分野で近年活発化しているのが、FTA(自由貿易協定)や、貿易に加えて投資なども対象にするEPA(経済連携協定)といった貿易や通商に関わる協力関係である。中国とASEANとのFTA(2010年発効)や、日本とASEAN諸国とのEPA(2008年にシンガポールなど5カ国との間でスタート)が代表的なものであろう。またASEAN自体も、ASEAN経済共同体の実現を目標に掲げている。チェンマイ・イニシアチブが東アジア各国による多国間の枠組みとなっているのに対して、FTAやEPAは、日本とASEAN、中国とASEANといったように、東アジア全体をカバーするような形にはなっていない。また、APEC(環太平洋経済協力)やTPP(環太平洋経済連携協定)のように、「東アジア」という枠を越えて米国やオセアニアを包含するような枠組みもあるし、これら全体を包むFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)という構想も存在する。ただし貿易については、為替レートなど、FTAが関わる関税などとは別の要素も大きい。比重が高まるばかりの東アジアの域内貿易をより活性化するために、「アジア共通通貨」の創設を提言した日本のシンクタンクもあるが(※1)、国家主権が密接に絡む通貨発行が東アジアで共通化されることは、少なくとも近い将来においてはないであろう。ましてや昨今のユーロ危機である。
アジア通貨危機後の展開に見るように、アジアの地域協力をけん引してきたのは経済分野における協力であった。政治面においてはどうであろうか。前述のように、通貨危機を端緒としたASEAN+3の協力関係は、2005年に東アジアサミットが開かれるところまで進展した。東アジアサミットには2011年から米国とロシアも加わった。参加国の範囲が広がる一方で、地域統合の方向性や求心力が希薄になっていることは否めない。
政治分野の中でも安全保障となると、米国を抜きにして東アジアの秩序を語ることはできない。米国は日本や韓国と二国間同盟を結んで米軍を前方展開し、第七艦隊を配備するなど、軍事面において東アジアでも大きな存在感を有している。米国を含めたアジア太平洋地域を広くカバーする安全保障分野の枠組みとしてARF(ASEAN地域フォーラム)が存在するが、信頼醸成以上の意味を持っているとは言い難いのが現状であろう。
危機管理、福祉・環境などでも増す協力の重要性
こうして見てみると、東アジアにおける地域協力は経済分野、特に通貨をめぐって最も実質のある協力が形成されており、政治分野においては枠組みは存在するものの、定期的な協議の場という以上の実体を持つものは存在しない。それは結局のところ、東アジアにおける地域統合というものが、経済のダイナミズムによって実質的に作り上げられ、それを政治が後追いするという形で進んできたことの反映である。欧州統合が、政治の意思によってけん引されてきたこととは対照的である。
欧州統合と比べて東アジアにおける地域統合が進展しないことを嘆く論調があるが、欧州統合は、基本的にNATOという軍事的な枠組みの中で進められたものであった。現在の東アジアにおける地域統合の構図をあえて欧州に当てはめてみれば、それはNATOの存在なしにロシアを含めた共同体を作るという困難なものになるであろう。経済的な結びつきと安全保障面における枠組みのズレこそが、東アジア地域統合の最大の特徴であり課題だが、この点で欧州の事情は大きく異なるのであって、一方を安易なモデルとして考えればよいというものではない。
それでは東アジアにおける地域協力の方向性をどのように展望できるであろうか。そこには三つのレベルが存在すると考えられる。第一に経済のレベルであり、東アジアが世界経済の成長センターとなった今日、域内の経済的な一体化はますます進展し、中長期的にみればそれに見合った協力関係が整備されることになるであろう。第二は政治・安全保障のレベルである。中国の軍事的な台頭などによって、東シナ海や南シナ海で現在起きているような緊張は、ますます頻発する可能性もあるだろう。それを軍事衝突や本格的な紛争に発展させないための危機管理が、一層重要になるであろう。軍事バランスの維持や国際法の遵守なども、そのための手立てである。第三に高齢化に伴う社会福祉制度の整備といった問題や公害対策を含む環境問題など、東アジア共通の課題に取り組むための地域協力である。ここでは経済的な支援だけでなく、制度構築のための知見の提供や人材育成といった面での協力も重要になるであろう。
これら三つのレベルにおける地域協力は、しばしば異なるタイムスパンや異なる方向性をもって動き、三つのレベル全体を整合的に捉えることは容易ではないかもしれない。しかしそれが東アジアにおける地域協力の実態なのであり、それは東アジアという地域そのものの様相を反映しているのである。
| ASEANを中心とする地域協力の歩み | |
|---|---|
| 1967年8月 | バンコクで東南アジア5カ国外相会議。東南アジア諸国連合(ASEAN)設立宣言。設立目的(1)域内における経済成長、社会・文化的発展の促進。(2)地域における政治・経済的安定の確保。(3)域内諸問題に関する協力。原加盟国:インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ |
| 1977年8月 | マニラで福田赳夫首相(当時)が「日本とASEANは対等なパートナーである」などの原則を示す「福田ドクトリン」を表明。 |
| 1984年1月 | ブルネイ、ASEAN加盟。 |
| 1990年 | マハティール首相(当時)がEAEC(東アジア経済協議体)を提唱、緩やかな地域経済協力を唱えるが、米国の反発を受け実現せず。 |
| 1995年7月 | ベトナム、ASEAN加盟。 |
| 1997年7月 | ・ラオス、ミャンマー、ASEAN加盟。 ・タイを震源地としたアジア通貨危機。 |
| 9月 | クアラルンプールでのASEAN首脳会議に日中韓の首脳が招待される。 ASEAN+日中韓が外貨の融通を行うスワップ協定(チェンマイ・イニシアチブ)が成立。 |
| 1999年4月 | カンボジアの加盟でASEAN加盟国10カ国となる。 |
| 11月 | マニラでASEAN+3(日中韓)首脳会合。「東アジアにおける協力に関する共同声明」で、経済・社会、政治等の分野の協力に関わる共同作業を実施していくことで合意。 |
| 2005年12月 | クアラルンプールで第1回「東アジアサミット」(EAS)。 ASEAN+3、インド、オーストラリア、ニュージーランドの16カ国が参加。経済連携の強化のみならず、テロや鳥インフルエンザ、エネルギー問題など域内外の共通課題について協議し、多国間で対話する枠組みを作ることに合意。 |
| 2011年11月 | バリで第6回EAS。米国・ロシアが正式参加。「ASEAN連結性に関するEAS首脳宣言」の採択を機に東アジア全体の連結性が優先分野に加わる。 |
(※1)^ 「政策提言:2030年代を見据えた国際経済・金融体制の展望」平和研ニューズレター(Vol. 21, No. 1)、2009年4月。
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画像を見る上智大学大学院准教授。1968年生まれ。立教大学法学部卒業後、NHKで記者を勤めたのち、一橋大学大学院に入学。政策研究大学院大学助教授などを経て、2009年より現職。著書に『「海洋国家」日本の戦後史』(ちくま新書、2008年)、『戦後アジア秩序の模索と日本—「海のアジア」の戦後史 1957-1966』(創文社、2004年)など。
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