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「東アジア」概念の変遷と地域協力 - 宮城 大蔵

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日中韓とASEANを含む「東アジア」地域協力の現状と課題を考える。

地域協力が生み出した「東アジア」

東アジアではこの夏以降、日中間の尖閣諸島、日韓間の竹島など、領土問題をめぐって激しい対立が次々に起き、現在もなお終息の気配が見えない。このような中では「東アジアの地域協力」を語る余地はないかのようにもみえる。しかし、ここ数カ月の摩擦からくる印象をもとに、日中韓といった国々の間の摩擦や衝突を宿命的なものととらえ、地域協力は不可能だと結論づけるのは、大きな誤りであろう。実のところ、本特集で言う「東アジア」という地域概念そのものが、以下で見る通り、ここ20年あまりの地域協力の進展の結果として生まれたものなのである。

まずは「東アジア」という一見なじみがあるようで、実は曖昧な地域の概念について考察してみよう。今日、多くの日本人が「東アジア」と聞いて想像するのは、どのような範囲であろうか。一つのイメージは日本、中国、朝鮮半島などからなる北東アジアの国々であろう。地理的に近接し、漢字や箸(はし)といった中国文明の影響を共有し、古来から交流の深かった中国や朝鮮半島に対して、日本人が自国と同じ地域(=東アジア)だと感じるのはごく自然なことであろう。実際、近年に至るまで日本で「東アジア」といえば上記の範囲を意味した。

しかしその一方で最近では、もう一つのイメージと範囲を持つ「東アジア」が登場し、かつその重要性はますます高まっている。それは日中韓に加えて東南アジア諸国を含む地域を指して「東アジア」と呼ぶ地域概念である。かつては日中韓など従来からの「東アジア」に対して、「広義の東アジア」と言われる場合も多かったが、最近では単に「東アジア」とされることが多い。本特集で用いる「東アジア」もこちらの「広義の東アジア」であるし、鳩山由紀夫首相が「東アジア共同体」を提唱したときも、その範囲は日中韓とASEAN(東南アジア諸国連合)諸国を中心とした「広義の東アジア」であった。

「狭義の東アジア」から「広義の東アジア」へという変化は、なぜ、どのようにしておきたのであろうか。そこで鍵になったのが、地域協力に他ならない。その経緯を振り返っておこう(以下、「東アジア」というときは「広義の東アジア」を指す)。

ASEANを含む広義の「東アジア」の誕生

公的な用語として日中韓とASEAN諸国をあわせて「東アジア」と呼んだ最初の一人は、マレーシアのマハティール元首相である。マハティールは1990年、EAEC(東アジア経済協議体)を提唱した。ASEAN諸国と日中韓で、経済問題を協議する場を作ろうというのがマハティールの提案であり、その背景にあったのは世界の貿易秩序が米欧主導で議論されていることに対するマハティールの不満であった。しかし米国は自国がアジアから排除されることになるとして、この構想に強く反発した。米国の反対姿勢を前に、当初はこの構想に前向きであった日本も、オーストラリアやニュージーランドが参加することが条件だとして消極的な姿勢に転じた。結局EAECは日の目を見ることなく終わった。

しかしEAECが提起した日中韓+ASEANという地域協力の枠組みは、思いがけない形で実現することになった。そのきっかけとなったのが、1997年におきたアジア通貨危機である。構造調整を条件にしたIMF(国際通貨基金)の支援によってさらなる状況悪化に追い込まれたASEAN諸国が支援を求める形で、日中韓三カ国の首脳をASEAN首脳会議に招き、経済危機への対応などを協議したのである。その成果は通貨危機の再発を防ぐべく、ASEAN+日中韓が互いに外貨の融通を行うスワップ協定として結実した(チェンマイ・イニシアチブ)。この背景には、これらの諸国の間で経済的な相互依存関係が深まっていたことがあった。一国の危機が地域全域に連鎖することを防がなくてはならないという認識が共有されるようになっていたのである。

また、これと前後してASEAN+3の枠組みで首脳会合や外相会合も行われるようになり、定期的に開催されることで制度化の色合いを強めていった。2005年にはクアラルンプールで、ASEAN+3にインド、オーストラリア、ニュージーランドも加えて第1回の東アジアサミットが開催されるに至った。

このような過程を通じてASEAN+3を「東アジア」と呼ぶことが増え、「広義の東アジア」は新たな地域概念として徐々に定着していった。まさに地域協力が「東アジア」を作り出したのである。

中台、南北朝鮮の分断国家を抱える北東アジアの難しさ

以上の経緯から明らかなように、「広義の東アジア」が成立する上で触媒の役割を果たしたのはASEANであった。逆に言えば、ASEANなしに最初から日中韓の三カ国だけで協力関係を構築するのは、非常に難しいことであった。日中韓の首脳は1999年以来、ASEAN+3の場に同席するようになったが、日中韓だけで独立した首脳会談を行うようになるには、2008年まで待たなくてはならなかった(第1回日中韓首脳会議)。

北東アジアで地域協力が難しい理由はどこにあるのか。東南アジアとの比較で考えてみよう。今日でこそアジアにおける地域統合の代表例と見なされるASEANであるが、1967年にASEANが成立したとき、それが本当に求心力を維持して安定的に存続できるのか、疑う声も少なくなかった。ASEANの中核国であるインドネシアやマレーシアはASEAN結成の直前まで、泥沼の紛争状態にあったのである(マレーシア紛争)。しかしコンセンサスを重んじる「ASEANウェイ」と言われた柔軟な運営方式もあってASEANは曲がりなりにも団結力を維持し、やがて加盟国も東南アジア全域に広がって、アジアにおける地域統合の代表例と見なされるようになった。東南アジア諸国はASEANを中心に、1960年代後半以来の地域統合の長い経験を持っているのである。

これに比べて北東アジアはどうか。この地域の特徴は、世界的な冷戦が終わった21世紀になってもなお、中国と台湾、そして韓国と北朝鮮という、二つの分断国家が存在していることである。世界でこのような地域は他に例をみない。言い換えれば、二つの分断国家と、かつてそれらの国々を侵略し、植民地化した日本で構成されているのが北東アジアなのである。北東アジア諸国の間の関係も、このような冷戦の分断線と戦争にまつわる負の歴史を反映した複雑なものであった。

依然として国交のない日朝

たとえば日本と韓国の国交樹立交渉は植民地支配をめぐる議論でしばしば紛糾し、冷戦下で同じ自由主義陣営に属していたにもかかわらず、日韓国交正常化が実現したのは第二次世界大戦の終結から20年も経た1965年であった。日本と中国(中華人民共和国)が国交を樹立したのは1972年で、日本はこれと同時に、関係が深かった台湾(中華民国)との外交関係を断絶することになった。一方で、韓国と中国の国交が樹立されたのは東西冷戦終結後の1992年になってからであり、日本と北朝鮮の間には依然として国交はない。さらにいえば朝鮮戦争はいまだ休戦協定が結ばれているだけで、戦争が終結したとはいえない状態である。

このように日中韓の間で通常の外交が行われるようになったのは、歴史的な結びつきが深いという一般的なイメージとは裏腹に、比較的近年のことなのである。また、北東アジアの外交や地域協力に、台湾と北朝鮮をどう位置づけるのかという難問も残されたままである。その中で、北朝鮮の核開発について協議するために日米中韓露、北朝鮮がメンバーとなって2003年に始められた「六者協議」は、北東アジアにおける地域枠組みとして前例のないものであった。しかし北朝鮮は核兵器保有への道を突き進み、「六者協議」も事実上の閉会状態である。

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