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親の対応で救われたこと、傷ついたこと。現役大学生が語る不登校

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 4月10日に行なわれたオンラインシンポジウム「不登校からの卒業~あの頃が思い出に変わるとき~」(主催・NPO法人ここ)の講演抄録を掲載する。登壇者は、中学と高校で不登校を経験した現役大学生の安部ひかりさん(20歳、以下、安部)と柴田陸玖さん(21歳、以下、柴田)。司会は同法人職員の上岡拓矢さん(以下、上岡)。

* * *

上岡 本日は「不登校からの卒業~あの頃が思い出に変わるとき」というテーマでシンポジウムを開催します。私を含め、登壇者はみな不登校経験者です。「当時はいろいろあったけど、いま私たちはこんなに元気だよ」というのを感じていただけたらと思っています。

まずは私から自己紹介したいと思います。フリースクールここ南吹田校【いどばた】責任者の上岡拓矢です。僕は中学1年生の2学期から不登校になり、中学2年生の2学期までの1年間、ひきこもっていました。不登校のきっかけは、部活の顧問と合わなかったことでした。その後、中学2年生の夏休み明けに適応指導教室に通うようになり、そこから高校・大学と進学し、現在に至ります。

柴田 柴田陸玖です。僕は中学3年生と高校3年生の計2回、不登校になりました。中学生のときは部活の顧問とモメたこと、高校生のときは体調を崩してしまったことが不登校のきっかけです。現在は大阪の大学に通っています。

安部 安部ひかりです。私が不登校になったのは、高校1年生の夏休み明けでした。夏休み中に体調を崩してしまい、その後に「起立性調節障害」と診断されました。高校2年生に進級するタイミングで全日制から通信制に転校し、ギリギリで高校を卒業しました。その後は1年浪人して、現在は大学生です。

上岡 ありがとうございます。今日は2人ともNGなしということなので、いろいろ聞いていこうと思います。不登校のきっかけについて、もう少しうかがいたいんですが、では、柴田さんから。

柴田 僕はサッカー部に所属していたんですけど、顧問の先生が昔ながらのスパルタ教師という感じでした。僕は忘れ物が多い生徒だったので、いつのころからかターゲットになってしまって。怒られるときに胸倉をつかまれたり、パイプ椅子が飛んできたこともありました。

 中2のとき、ある出来事が起きたんです。僕の中学校の文化祭の催し物って、部活単位で準備するんです。そのときにはすでに部活に出ていなかったので、僕は部活のミーティングに出ずに帰ろうとしたら「柴田~!」という顧問の大声が聞こえてきて(笑)。顧問は昇降口で鉢合わせした僕の胸倉をつかんで押し倒しました。そのとき、手首をぶつけてしまい、骨が折れてしまったんです。

 骨折したことはすぐに気づきました。でも、そのときは「内緒にしよう」と思ったんです。そのほうが顧問に与える影響が大きくなるんじゃないかなって。腕力でも地位でも、それまで圧倒的に弱い立場にいた僕が被害者になることにより、僕のほうが顧問よりも強くなれるんじゃないかって思ってしまったんですよね。今思えば、調子に乗っていた部分もあったと思います。

 それは後におおごとになり、顧問は1カ月の謹慎処分となりました。そして、僕が中3に上がるタイミングで他校に異動することになりました。その事実を知ったとき「1人の大人の人生を変えてしまったんじゃないか」と思い、罪悪感でいっぱいになりました。それがきっかけになり、中3から不登校になりました。

上岡 柴田さんは今笑って話せていますけど、骨折しているわけですから、許しがたい話だと思います。安部さんは?

安部 高1の夏休みのある日、友だちと遊んでいたら急に体調が悪くなってしまったんです。「寝たら治るだろう」と、そのときは軽く考えていたんですが、体調不良はその後も続き、昼夜逆転もするようになってしまいました。2学期が始まっても、朝は起きられないし、頭痛はするし、吐き気も止まらない。学校にいるだけでしんどくなってしまうので、しだいに学校へ行くこと自体が怖くなってしまったんです。その後、母の友人の紹介で小児科を受診したところ「起立性調節障害」だと診断されました。体調不良の原因がわかったことで、少しだけ気持ちが楽になったのをおぼえています。

うれしい対応は

上岡 つぎの質問ですが、不登校をしていたとき、親の対応でうれしかったことはありますか?

安部 母が通信制高校を見つけてきてくれたこと、これが私にとってはうれしかったですね。通信制高校にはあまりよいイメージを持っていなかったんですが、母がいろいろ調べてくれて。いくつか見学にも行くなかで「ここなら通えるかも」と思った高校が見つかったのはありがたかったなって思います。

柴田 僕は高3でも不登校になるんですけど、大学受験のための塾に親が通わせてくれました。好不調の波があって塾へ行けない日もけっこうあったんですけど「それでもいいよ」と両親が言ってくれたことで気が楽になりました。

上岡 二人に共通していることは「親が味方でいてくれた」ということでしょうね。逆に、こういう対応がつらかったということは?

安部 私はあまりないかな。

柴田 うちの場合、「学校へ行かなかった日はおやつ抜き」だったんです。だから、制服に着替えて出かけて、外で時間をつぶし、さも学校へ行ってきたような顔で帰宅しておやつを食べる、なんてこともありましたね(笑)。おやつ抜きなんて、地味に見えるかもしれませんが、本人からすると、精神的にけっこうしんどくなるんですよ。

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