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「社説で五輪中止を求めるのにスポンサーは継続」朝日新聞が信頼を失った根本原因

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新聞業界での「横並び」意識

私は経営基盤の悪化に加え、もうひとつ理由があると考える。

新聞業界での「横並び」意識の強さだ。日本新聞協会は、新聞発行部数の激減を受け、消費税の軽減税率の主張をはじめ業界団体・圧力団体としての側面を強めている。政府や東京五輪組織委から全国紙が横並びでスポンサーになることを要請された時、一社だけそれを拒否し、独自の態度をとる覚悟が渡辺社長にあったとは思えない。

渡辺社長は新聞協会会長への就任に意欲を示しているともみられてきた。大赤字の責任をとって社長辞任に追い込まれ、その野望は潰えたようだが、新聞協会会長を目指す以上、新聞業界を挙げて東京五輪を盛り上げようとしている時に、ひとり冷や水を浴びせることは選択肢にさえなかったのではないか。

現場の記者たちが「記者クラブ」で国家権力から横並びに「支配」されているのと同じように、経営者たちは「新聞協会」で横並びに「支配」されているのである。

いずれにしろ、権力監視を旨とする報道機関が国家プロジェクトである東京五輪のスポンサーになるという「ルビコン川」を渡る決断は、渡辺社長ら社会部出身者が牛耳る経営陣主導で進められたことは間違いない。その後、渡辺社長らはスポンサーとして五輪機運を盛り上げる記事を量産するための取材体制を社会部やスポーツ部を中心に整備した。

いったん取材体制が整うと、そこに配属された「エリート記者」たちは業務遂行に躍起になる。五輪担当記者たちは批判精神を失い、ついには五輪開催中止を訴える社説に抗議するに至るまで、社内のジャーナリズムは荒廃の一途をたどったのである。

「五輪中止社説」批判にただよう派閥闘争の影

渡辺社長が今年4月、経営悪化の責任をとって辞任した後を継いだのは、政治部出身の中村史郎氏である。渡辺氏は中村氏と長い親交があるわけではない。それでも中村氏を後継指名したのは、自らを社長に強く推薦した政治部出身の持田常務らの意向を踏まえたものであろう。

渡辺氏は一方で、中村氏ら政治部に主導権を奪われないように布石を打った。東京社会部出身の角田克氏を編集担当取締役(編担)に起用したのである。

角田氏は中村社長の三期下。「ポスト中村」を狙う立場だ。経営再建を担う政治部出身の中村社長に対し、社会部出身の角田氏を次期社長の最有力候補として新聞編集を仕切る編担に配置して、社会部の影響力維持を画策した人事といえるだろう。

この角田編担のもとで社会部やスポーツ部を中心に「東京五輪を盛り上げる報道」は続けられてきた。五輪中止を掲げる社説に社会部出身の角田編担の配下にある編集局から抗議の声があがったのは、こうした社内人事が背景にある。

社説の責任者である根本清樹・論説主幹は、政治部出身者である。中村社長より4期上の先輩だ。関係者によると、社説掲載にあたり根本氏は中村社長の了解はとったという。一方、角田編担へはざっくりとした根回しだったようだ。ここでも「政治部対社会部」の派閥闘争の影がただよう。

2012年6月2日、都庁に掲げられたTOKYO2020の幕

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

「東京五輪開催ありき」社説掲載前夜の内幕

社説掲載前日の5月25日になって社説のゲラが出回り、編集局は騒然となった。午後7時20分からのデスク会(当日組みの紙面を検討する会議)の様子が複数の記者から私のもとへ寄せられたので、それをもとに当日の議論を振り返りたい。

デスク会は冒頭から社説批判一色になった。「取材現場への影響を考えているのか」「スポンサーは降りるのかと読者に聞かれたらどう答えるのか」などと批判が続出。「(五輪を盛り上げる)今日の社会面と整合性はとれるのか」「今日載せる必要はあるのか。差し替えるべきだ」などと、社説掲載の見送りを求める声まで飛び出した。

紙面の責任者である坂尻信義ゼネラルエディター(GE)は「みなさんの意見はよくわかる。論説主幹に伝えるべきことは伝えた」と釈明。論説委員室から参加した小陳勇一論説副主幹は「論説で議論を重ねてきた。遅きに失した面もあるが、ようやくまとまった社説だ」と説明した。

これに対し、五輪報道を仕切る社会部の部長が「現場を預かるデスクが違和感を持っているのに社説を出す覚悟があるのか」と迫り、デスク会は重苦しい空気のまま一旦終了した。

午後8時45分からの二回目のデスク会では、坂尻GEが根本論説主幹と再協議したことを説明したうえ、「結論としては、社説は予定通り組む。非常に残念だが、仕方がない。編集局はこれまで通り報道してほしい」と伝えた。

社説掲載前夜の様子を明らかにしたのは、五輪中止を求める社説は現場の記者たちから湧き起こった論調ではなく、むしろ実態は真逆で、編集局の大多数は五輪中止の主張に強く反対している事実を伝えたかったからである。

いったん「五輪を持ち上げる報道」のレールに乗った彼らにとって、どんなに五輪反対の世論が高まっても、方針転換は受け入れ難いのであろう。彼らの関心はどこまでも社内の「派閥闘争」や「地位保全」に向けられている。その姿は「東京五輪開催ありき」で突き進む菅義偉政権と瓜二つである。

社内の「言論の自由」を取り戻してほしい

私はこのデスク会に出席した部長やデスクたちの大半と面識がある。かつて共に新聞作りに励んだ仲間たちだ。デスク会で彼らが発した言葉の数々を見ながら、私はそれらひとつひとつを信じたくなかった。

唯一の希望は、「社内情報の漏洩」の犯人探しが行われることに怯えながらもデスク会の内容をさまざまな形で私に知らせてくれた同僚たちがいたことである。

五輪中止を求める世論の声よりも五輪スポンサーの立場を重視する部長やデスクの姿に呆れ嘆き、その惨状を公にすることで新聞社の健全性を取り戻したいという正常な感覚が、朝日新聞社内にわずかならが残っていることの証しである。

願わくば、彼らには公然と社長を突き上げた7年前を思い起こし、いま一度記者としての矜持を取り戻し、「会社員」ではなく「ひとりの記者」として声をあげてほしい。国家権力からの圧力を跳ね返す以前の問題として、まずは新聞社内の「言論の自由」を回復することが、新聞の信頼回復への第一歩であろう。そこに朝日新聞再建の望みを託して、この記事を執筆した次第である。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。
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