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アジアの富を取り込む日本の成長戦略―林芳正(参議院議員/農林水産大臣)

◆GDPからGNIへ◆


 2012年11月、安倍晋三総裁(当時)の「無制限の金融緩和」発言により、金融市場は円安に振れ株価が上昇した。自民党が政権に復帰する可能性がメディアで報じられ、景気回復の期待感から市場が反応したのだろう。市場が安倍発言の背景に、デフレ・円高からの脱却に向けて断固とした金融政策を発動する、との姿勢を見出したのだ。FRB(米連邦準備制度理事会)・ECB(欧州中央銀行)並みの物価目標(2%)を掲げ、日銀法の改正も含めた政府と日銀の連携強化への期待が高まっている点も無視できない。

 もし日本だけが物価目標1%を保ち続ければ、「円高容認」というメッセージを市場に送ることになりかねない。一方、量的緩和を無制限に行なうというメッセージは、家計と企業と政府のあいだで資金をしっかり循環させ、市場経済における成長を促す経済政策を本気で行なうという姿勢を表す。この点が市場に評価されたのである。一部には、日銀に建設国債を直接引き受けさせるのではないか、との憶測が流れたが、安倍総裁はこの点に関しては言及していないし、いまよりも踏み込んだ金融政策を取ることを示唆しているにすぎない。このように、安倍総裁の政治家としてのセンスが金融市場の期待を高めたわけである。では、2013年を迎え、今後わが国の経済政策の方向性はどうあるべきだろうか

 安倍政権が誕生し、自民党は政権公約に書いてあるように、まず3つのことを同時に進めていく必要がある。第一が「成長戦略」、第二が「財政政策」、第三が「金融政策」である。この3つは、1つも欠けることなく、すべて取り組まなければいけない課題であろう。

 成長戦略にしっかり取り組み、需要を増やし、その需要が経営者の資金需要につながっていく。資金需要があるところに金融緩和をやり、資金が循環して市場経済のなかで経済が成長する。われわれがめざすのはこうした構図だ。ここでは、成長戦略と財政政策について論じてみたい。

 成長戦略に関しては、1つ大きな切り口として、指標をGDP(国内総生産)から所得収支を加えたGNI(国民総所得)に変更し、国民総所得を最大化していく方向に目標をシフトさせていく点を強調したい。少子・高齢化によって内需の伸びに期待がもてない日本において、海外活動によってもたらされる所得収支黒字は、10兆~15兆円あり、GDP比ですでに2~3%に達している。日本は「貿易立国」から「投資立国」に変貌しつつあるといえる。

 そのために2つの柱を立てていく必要がある。1つは、伸びゆくアジアの市場に目を向けること。とくに今後インドと中国で30億人、ASEAN10億人、合計40億人の市場が、急速に成長するだろうといわれている。この成長をどのようにして日本の成長に取り込むか、が大きな課題であろう。

 アジアに戦略的に展開する場合には、いちばん付加価値の高いところ、すなわち製造工程でいうとデザイン、コンセプト、設計、プロトタイプをつくる、いわゆるマザー工場の部分を日本国内に残す。そのためには、設備投資減税、R&D(研究開発)投資減税に対する積極的な取り組みを行ない、その部分を国内に残すことを奨励していく。そのことを「産業投資立国」と呼び、製造業で雇用を増やしていくことをめざすのである。

 大企業だけではなく、中小企業でも成功させることは可能だ。アジア各国で多品種の生産を展開し、その製品のキーになるのは、やはり日本でなければつくれないモノをつくるということ。アジアに進出することにより販売を拡大させる。そのことで国内の生産が上がって、日本人の雇用も増える循環が理想である。

 もう1つは、大量生産・大量消費の時代から多品種・少量生産で付加価値の高いものにシフトさせていくこと。大量生産・大量消費の工業化モデルは、すでに中国、韓国の企業にキャッチアップされている。そのため、高付加価値分野への科学技術投資をして、これに対する官民の適切な役割分担を進めていく。官でなくてはできない川上の科学技術に対する投資と、ある程度実用化に近く、民間でできる川下を有機的につなげていく。そのために、総合科学技術会議を抜本的につくり変えていきたい。

 具体的には、民間企業の研究員や課長レベルと、役所の課長、そして大学の准教授といった現場レベルの専門家たちが直接対話をもち、官民一体のプロジェクトを進める。たとえば、ナノテクやライフサイエンスというような分野別に専門家に集まってもらい、シーズとニーズの橋渡しをする。こういう仕組みをつくり、そのうえに局長レベル、閣僚レベルと三層構造にしていくことによって、世界のトップレベルの技術立国をめざす。二番手、三番手ではなく、トップをめざして大きな投資をやっていくことで付加価値の高いものをつくるのだ。

◆臥龍企業のグローバル化◆


 海外で活躍できる高い潜在能力をもちながら、日本国内で埋もれている「臥龍企業」をグローバル化させ、新たに雇用を生み出すことも重要だ。もちろん、アジアへ工場を進出させると、国内の雇用が空洞化するという懸念もある。これについては、国内の生産が落ち込み、市場規模が縮小するパターンのほうが雇用減になっていることを知ってほしい。既述のように、アジアに展開すると、じつは国内で付加価値の高い部分が残るのだ。また、たとえば、ある中堅の哺乳瓶メーカーで、中国に工場をシフトして、その分減った雇用が五年でそれを上回る新しい雇用につながったという事例がある。

 なぜなら、企業は中国へ進出するために市場調査などの人材を新しく採用する必要が出てくる。さらにインドネシア、ベトナムに展開するとなると、それぞれ同様の人材を補強する必要も出てくる。加えてこれらのオペレーションを行なうためのバックオフィス機能が重要になるからだ。つまり、人事、経理などの部門が増えることによって、雇用が増えていくのである。

「臥龍企業」が本当に昇龍になり、アジアで羽ばたいていけるような政策をさらに進めていく。アジアの成長を取り込むことと科学技術で付加価値の高いものをつくること――この2つで成長戦略を充実させていくことが必要だ。

 さらに、前回の自民党政権の最後に、海外の投資益などを送金することに対する税の免除を行なった。その効果が2009年ぐらいから出始め、海外から配当を送金するケースが増えてきている。現地で生産をした子会社がそこで利益を出せば、日本の親会社は配当を受け取る。あるいは最初の立ち上げのために進出先にお金を融資して、いずれ利子として戻ってくる。これが所得収支となるわけだが、このようなお金が戻ってきやすいよう、さらに税制を整備したい。

 また、戻ってきた資金を遊ばせておくわけにはいかないので、次に投資する先をきちんと国内でつくっていく。たとえば、先ほど指摘した科学技術に対する投資をして、海外で儲けて戻ってきたお金が、国内で新しい付加価値を生み出す分野に再投資されるという循環をつくっていく必要がある。

 もう1つは、投資協定。資金を還流させ、また海外に投資するために相互に投資家を守るためのルールをつくるのだ。いまアジア開発銀行や財務省、経産省などで、「アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI:Asian Bond Markets Initiative)」を通じて、日本の資金をアジアの債券市場へもっていくための枠組みづくりを進めている。現在は国債中心だが、いずれはここに社債市場や証券市場を育成し、アジアの高成長を取り込んでいくべきだろう。

 アジア企業の資金調達のための市場に、日本のこの金融資産が直接出ていく。そうすると、企業が海外進出するのに加えて、日本の個人金融資産が、アジアの成長を直接つかむことになる。社債であれば利子、株式投資であれば配当によってアジアの成長を取り込んでいけるのだ。

 1500兆円ともいわれる莫大な金融資産を国内だけでなく、海外へ投資先を分散させる。為替の問題も考え、たんに民間だけではなく公的にもそのような枠組みをつくり、リスクを回避したうえで、アジアの成長を資金面から取り込んでいくわけだ。

◆なぜ国土強靭化が必要なのか◆


 国内の景気浮揚には、金融政策だけでなく、財政政策の必要性も無視できない。選挙戦においては、公共事業について10年間で200兆円という数字が独り歩きしたが、この数字は党の強靭化調査会に来られた有識者の方が、たとえばということで提案したもの。民間の投資、事業者負担等も含めた総額でのイメージとして指摘されたもので、200兆円という額だけが突出した観は否めない。

 ただ自民党は長年、景気対策、内需拡大ということで公共事業を実施してきたのは事実である。小泉政権のときには財政再建のための「骨太の方針」を策定し、2006年から5年間で、いわゆるプライマリーバランスを達成するという計画案を作成した。そのときに、公共事業についても社会保障や人件費と並んで目標をつくり、5年間で1割程度削減するとした。それを事前に示したうえで、影響を最小限にとどめ、国費ベースで7兆円ぐらいのレベルまで落としてきたのだ。

 これからは高度経済成長期につくられた公共インフラの更新時期が来る。新規に着手される事業も併せて考えると、7兆円レベルで推移させるのが妥当だろう。ところが、民主党政権になって「コンクリートから人へ」という誤ったスローガンのもとに、乱暴な削減がなされ、公共投資は2年ぐらいで半分になった。このことが地方を中心に景気低迷を招いたのだ。

 公共インフラといえば、昨年12月2日午前に起きた、山梨県の中央自動車道上り線・笹子トンネルの天井板崩落事故は象徴的な出来事であった。やはり安全のための公共事業は必要であり、早い時期に取り組まなければならない。

 ただし、まず取り組むべきは、東日本大震災の被災地の復興を加速させることであろう。復旧・復興事業、集団移転とそれにともなう街づくり、復興住宅の整備などは大幅な事業費の拡充が望まれる。また、忘れてならないのは「事前防災」の考え方に基づいて巨大地震・津波などの大規模災害に備えることだ。今後、首都直下型地震や東海地震と連動性が指摘されている東南海・南海地震などによる被害を最小限に食い止める対策に早急に取り組むべきだろう。安全と安心の確保を促進して国民の生命と財産を守る国土強靭化は、国民の理解を得られると考えている。

 東日本大震災では道路が残っても、そこを走るタンクローリーがない、あるいはガソリン、油がないといった事態が起こった。タンクローリーが油を運んで病院まで行っても、薬がない、あるいは無線がないといったさまざまな問題が噴出した。そこで、防災無線を整備する、緊急電源をつくる、エネルギー・油をきちっと流通させるようにする。こうした整備と公共事業を併せて行なわないと、ほんとうの意味での「防災」とはいえない。

◆「賢い財政」のすすめ◆


 財源の問題についていえば、復興特会(特別会計)で財源を確保し、遅れているものに取り組んでいく。

 財政が厳しいなかで、歳出については国・地方の公務員人件費の削減、生活保護の見直しを含め、徹底的な削減を断行する。一方で、先ほどの成長戦略や事前防災などに資金を重点配分することで、景気を回復させ税収増を図る。

 財政の中期的な運営については、2015年度には国・地方のプライマリーバランス赤字の対GDP比を半減させ(2010年度の水準比)、2020年にはプライマリーバランスを黒字化するという目標を堅持する。この目標は、野党時代より制定を主張してきた「財政健全化責任法」に明記されているが、引き続きその目標を前提に進めていくつもりである。

 財政政策においては、歳出削減策だけではなく、消費税の増税も視野に入れなければならない。消費税については、すでに成立した「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行なうための消費増税法の一部を改正する等の法律」により、2014年4月に5%から8%へ、2015年10月に8%から10%へと段階的に引き上げることが決まっている。引き上げに当たっては、実施時期の半年前に、社会保障制度改革国民会議の結論を踏まえつつ、経済状況を確認のうえ内閣が判断することになる。

 もちろん、消費税の使途については、基礎年金の国庫負担割合の2分の1への引き上げに要する費用をはじめ、急増する年金、医療、介護の社会保障給付と少子化対策の費用に充当することになる。急速に進む少子・高齢化のなかで持続可能な社会保障制度を確立するためには、安定した財源を前提とした受益と負担の均衡が望まれる。そのためには、民主党・公明党との三党合意による社会保障と税の一体改革を今後も着実に進めていく必要があるだろう。

 こうした財政規律がないと、債券市場、とりわけ国債に対する信認が薄れ、国債価格の暴落、金利の上昇を招くことにもなりかねない。ケインズが指摘しているように、将来への投資も含めた「賢い財政」を実施していく時代がきたのである。

■ 林芳正(はやし・よしまさ)参議院議員/農林水産大臣
1961年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。ハーバード大学ケネディ行政大学院卒。1995年、自民党より参議院議員選挙に立候補し、初当選。以後、防衛大臣、内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)などを歴任。2012年12月、第2次安倍内閣で農林水産大臣に就任。著書に、『国会議員の仕事――職業としての政治』(共著/中公新書)などがある。

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■『Voice』2013年2月号 2012年末、第二次安倍内閣が発足。3年3カ月ぶりに自公連立政権がスタートした。毎年首相が変わる政治状況には、国民も辟易としている。参議院でのねじれはあるものの長期安定政権になってほしいとの期待を込めて、「安倍長期政権の力量」との総力特集を組んだ。これからの国家としてのめざす方向性について大前研一氏に論じていただいたほか、憲法改正や安全保障問題などをテーマとした。また、特集では「アベノミクスは成功するか」との観点から三人の経済通が金融緩和と財政出動の是非を分析。さらに特別企画として、原丈人氏の「公益資本主義」への取り組みについて経営者の座談会を掲載。経営者、ビジネスパーソンなど、リーダー必読です。

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