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漫画村異聞――海賊版の前向きの解決 - 田中辰雄 / 計量経済学

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3.競争圧力、プラットフォーム独占、そして表現の自由

競争圧力としての海賊版

では漫画の定額配信は立ちあがるだろうか。定額配信がすべての当事者に利益にもたらすのなら、自由競争の中で自然にたちあがりそうなものである。もしそうだとすれば我々はこのまま待てばよい。漫画村のような海賊版サイトを法的に排除し、あとは市場に任せれば立ちあがる。

しかし、そのような楽観的なシナリオは期待できないだろう。なぜなら、歴史を振り返ると、定額配信サービスは海賊版との戦いの中で出てくるものだからである。

音楽の場合、図5に見るようにCDの売上がピーク時の半分にまで減ってから定額配信が伸び始めた。これに対し、日本は例外的にCD(+音楽ビデオ)の売上があまり減らず、海賊版の被害が最も少ない国であった。著作権法的には優等生であったが、その結果、日本は音楽の定額配信では大きく出遅れることになる。この出遅れのため、日本は世界の音楽市場の拡大の足を引っ張るとすら言われる不名誉な停滞状態に陥っている。【注3】

ゲームでも、配信型の原型であるオンラインゲームで先行したのは中国と韓国であるが、この二つの国はゲームの海賊版が横行していた国である。2000年ごろ、両国のゲーム企業は自国では海賊版が横行するためにディスクで売るゲームをあきらめ、オンラインゲームに活路を見出さざるを得なかった。当時、両国での海賊版の横行は病理的な現象で後進性を示すものと受け取られていたが、今日からみるとその見方は一面的である。それゆえにこそ中国韓国のゲーム企業は来たるべき配信型ゲームの時代の技術を蓄積することができたからである。著作権法の優等生である日本では、ゲーム企業はこの流れに一歩遅れることになった。現在、日本市場で売られている配信型ゲームのベスト30を見ると、その3分の1は中国・韓国のゲームである。

このように歴史的経験を見ると、海賊版の競争圧力にさらされたところが定額配信を始めている。海賊版を完全に排除した状態で、定額配信が始まった例は見当たらない。海賊版の影響を抑え込めば、定額配信を始める意欲は事業者からなくなってしまう。現在のやり方で商売が成り立つとき、人はそれは変えようとはしない。人間あるいは組織というものはそういうものなのだろう。漫画の海賊版サイトを閉鎖し続けると、漫画の定額配信は立ち上がらない可能性が高い。

プラットフォーム独占と表現の自由

それならそれで仕方が無いという意見もあるかもしれない。違法サイトを閉鎖するのはやむをえないし、そもそも定額配信を始めるかどうかは出版社の自由ではないかと。この意見には一理ある。しかし、その場合、漫画という文化の発展にとってもっと悪いシナリオに進む恐れがある。それは日本が定額配信をやらずにいた場合、日本以外の国で漫画の定額配信サービスが始まり、それが独占的地位を得てしまうことである。

定額配信サービスはプラットフォームなので独占あるいは寡占になりやすい。そして、独占的地位を築いた定額配信サービスがコンテンツに制限をかければ、漫画という文化の発展は阻害される。これは杞憂ではなく、すでにゲームの配信では起きていることである。iPhoneでのゲーム配信はアップル社の審査があり、画像表現が制限を受ける。【注4】 アップル社の顔色をうかがいながら絵を描く時点で表現の自由はすでに制限を受けている。

日本の漫画は表現の自由が十分に保たれているからこそ、ここまで発展してこれたと言われる。欧米ではアダルト規制や登場人物の年齢規制、あるいは最近で言えばポリコレに照らして許されない表現まで、日本では許されてきた。たとえば竹宮恵子の「風と木の詩」は少年同士の愛を扱った漫画でボーイズラブの先駆けとなる名作であるが、その性表現が国連で問題視されたことがある。【注5】コミケ等の同人の二次創作のかなりの部分も欧米基準ではおそらく配信不適格である。ポリコレ面での制約もあり、古くは「キン肉マン」が、最近では「進撃の巨人」がファシズムを連想させるという理由で欧米でやり玉にあがった。これらの漫画が可能だったのは日本が漫画に大きな表現の自由を認めてきたからである。もし漫画のプラットフォームが他国の一企業に握られた場合、この表現の自由が失われかねない。

可能性が高いのは中国である。人口が14億と日本の10倍であることを考えると、中国からやがて才能ある漫画家が現れるだろう。そのときテンセント、バイドゥといった中国版GAFA企業は定額配信を始めるはずである。出自がIT企業である彼らが、日本の出版社のように紙・電子の単行本を売るようなビジネスモデルを取るとは考えられない。中国企業が世界の漫画配信をになったとき、そこで現在の日本のような表現の自由は維持できないだろう。すでに進撃の巨人のアニメは中国では配信禁止である。【注6】

風と木の詩もコミケ同人誌も、そしてキン肉マンも進撃の巨人も許されない世界が文化の豊かな社会だろうか。文化の発展のためには日本初の定額配信が少なくとも世界に一つある必要がある。しかし、このままでは日本から漫画の定額配信は出そうにない。

著作権法は文化の発展を最終目的とする。裁判所は、漫画村は文化の発展を阻害すると述べた。確かに短期的に見れば海賊版サイトは権利者に損額をあたえている。しかし、海賊版サイトを排除することが、結果として日本の定額配信を遅らせ、漫画表現の自由を失うことにつながるとすればどうだろう。著作権関係者はだれもが文化の発展を願っているはずである。文化の発展を願ってやったことが結果として表現の自由を脅かして文化の発展を阻害するとすれば皮肉としか言いようがない。著作権法の優等生が優等生であるゆえに表現の自由を失う、そんな未来は見たくないものである。

【注1】トラフィックの記録例としてはhttps://p2ptk.org/copyright/2842を参照、(2021/5/28確認)

【注2】田中辰雄 2020,「漫画の定額配信サービスの可能性―漫画海賊版への対抗策」 情報通信政策研究 3(2) 25 – 48  https://www.soumu.go.jp/main_content/000679324.pdf

【注3】柴 那典 2018/4/26「世界の音楽市場の足を引っ張っているのは、日本の音楽業界だった」https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55423

【注4】Business Insider Japan 2019/3/20「アップルは優越的地位を“濫用”している? 公取委が調査 ── アカウント停止、表現規制……」https://www.businessinsider.jp/post-187542

【注5】BBC News 2016/3/16「国連が批判する日本の漫画の性表現 「風と木の詩」が扉を開けた」

【注6】孫向文,NEWS ポストセブン, 2015/12/30「中国共産党 政治的利用を警戒し『進撃の巨人』を規制対象に」https://www.news-postseven.com/archives/20151230_369136.html


田中辰雄(たなか・たつお)
計量経済学

東京大学経済学部大学院卒、コロンビア大学客員研究員を経て、現在慶應義塾大学経済学部教授兼国際大学GLOCOM主幹研究員。

編著に『著作権保護期間―延長は文化を振興するか?』、「フェアユース導入はコンテンツ産業にプラスかマイナスか」、「クリエイター側は著作権保護をどうみているか―日米国際比較―」などがある。

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