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  • 2021年06月07日 10:07 (配信日時 06月07日 06:01)

米企業が頭痛める「コロナ後」の社員職場復帰問題 - 斎藤 彰(ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)

アメリカでワクチン接種が急ピッチで進み、リモートワークを余儀なくされてきた一般企業の職務形態も正常に向かいつつある中で、元の職場復帰を懸念する勤務者が依然として全体の3分の2にも達していることがわかった。このため会社側も、出勤と自宅勤務を組み合わせた「ハイブリッド職務体制」を模索し始めている。


(polybutmono/gettyimages)

米ライドシェア会社Lyft傘下の「Envoy」が去る2月、フルタイムおよびパートタイム勤務者1000人を対象として実施した調査によると、回答者の約75%が元の職場に戻ることについて「懸念している」と答え、さらに29%が「安全でフレキシブルに仕事ができる自宅勤務が大いに気に入っている」として、もし会社出勤を命じられた場合「転職する」とまで考えていることが明らかにされた。

フリーランス、パートタイマー求人情報サイト「FlexJobs」が去る4月、在宅勤務者2100人に対して行ったアンケート調査でも、65%が「コロナ収束後もフルタイムの在宅勤務を望む」と答えている。

医療・ウェルネス専門ウェブサイト「Verywell」は、なぜこのように多くの勤務者が職場への不安を抱えているかについて、以下のような専門家の見方を伝えている:

  • 「勤務者たちはコロナ禍で1年以上も職場から遠ざかっている間に、毎日混雑した電車やマイカーでの通勤、朝9時から夕方5時まで密になった職場環境は決して安全ではなく、今後もウイルス感染のリスクがある、と心配するようになった。ワクチン接種をまだ受けていない人たちもいる中で、会社側がどんな安全な職場環境づくりを考えているのかについても不安を抱えている者も少なくない」(メリーランド州医療施設「ADHD Wellness Center」ドーン・ブラウン所長)
  • 「私が診てきた患者の多くは、通勤時間ゼロ、よりフレキシブルな時間帯に仕事ができる在宅勤務の方に多くの価値を見出し始めている。中には、仲間たちと張り合って仕事を強いられる職場で余計なストレスを感じ、あるいは集中力を削がれるより、自宅での方がより能率も上がると思っている人も少なくない」(同州「Community Psychiatry」所属ラシュミ・パーマー精神科医)
  • 「もちろん、職場が正常な環境に戻り、再び仲間たちと合流して仕事ができることを楽しみにしている人も少なくない。ただ、その場合でも、家庭に残した子供の世話を誰かがしてもらえることを期待するケースが多く、患者の多くは、その折衷案として3日通勤、2日在宅勤務といった『ハイブリッド勤務体系』を望んでいる」(ニューヨーク州「The Metamorphosis Center for Psychological and Physical Change」レニエ・エクセルバート所長)

上記の指摘のうち、『ハイブリッド勤務体系』に関しては、大手企業コンサルティング会社PwCが昨年末、全米のオフィス勤務者1200人と幹部役員133人を対象にアンケート調査したところ、勤務者の55%が「毎週最低3日間の自宅勤務を望む」と回答していることが分かったという。

パーマー精神科医は、丸1年以上もオフィスから離れていた勤務者たちが突然、職場復帰を強いられることについて「生活リズムの調整、通勤時間の計算などストレスが出てくることは事実」と理解を示した上で、反面、家庭では得られない職場の利点として①社会的コネクションの再建②ロックダウン中に感じた孤独感の克服③仕事と家庭生活のけじめ④上司の目の前で仕事意欲を見せることで昇進の機会を増やせる―などの点を挙げている。

一方で、長期間にわたる自宅勤務の結果、孤独感、うつ病、不安などの精神面での症状を訴える人が増えていることも指摘されている。

たとえば、社員4万8000人以上を抱えるFacebookの場合、マーク・ザカーバーグCEOはすでに昨年以来、社員向けオンライン・メッセージで自宅勤務を呼びかけ、「今後5年以内に全社員の半数は恒久的に自宅勤務とする」との方針を打ち出しているほか、Google社も「年内いっぱい自宅勤務」を発表するなど、大手IT企業が“ニュー・ノーマル勤務”へとシフトしつつある。しかし、在宅によるストレスが高じ精神科医にかかる社員も増えており、Eli Lilly社のProzac、Pfizer社のZoloftといった、専門医が処方する抗うつ剤が各地で品切れ状態となっていることが報告されている。

とくにIT関連企業では、会社と自宅を結ぶZoomによるやり取りや、テレカンファレンスが激増するにつれ、「精神疲労mental fatigue」の訴えや、「夜昼構わず、一日中、仕事に追われ、気を休めない」といった不満の鬱積も増えているという。

「職場の健康と安全確保」

アメリカ全体の状況を概観すると、昨年末までは、大企業の多くが自宅勤務にシフトする傾向があったが、ワクチン接種の加速にともないコロナ感染拡大に歯止めがかかり始めた去る3月ごろから、職場復帰者が目に見える形で増加してきた。

全米主要都市で3600棟のオフィス・ビルを保守・管理する「Kastle Systems」社が3月末までにまとめた実態調査によると、主要10都市では、全体の勤務者のうち、24.2%がオフィスでの通常勤務を再開した。また、ニューヨーク市役所関係だけでも、4月末までに全職員32万人中、約8万人近くが通勤し始めているという。

しかし同時に、職場に戻ることに依然として不安を抱く勤務者が多いことも、別の調査で報告されている。

アメリカ最大規模を誇る心理学者の全米組織「アメリカ心理学会American Psychological Association」が去る3月実施した調査によると、全体の49%の勤務者が「コロナ収束後も会社に戻ることに不安を感じる」と回答した。さらに、ワクチン接種者を終えた勤務者に限定した調査でも、48%が「職場で同僚たちと仕事をすることに違和感を持つ」と答えていることも明らかにされた。その背景として、ワクチン接種しても6カ月程度で免疫が減弱することや、様々なタイプの変異種の出現、子供を対象としたワクチン接種の不徹底などに対する懸念も指摘されている。

そこで今後、出来るだけ早く業務正常化のため、雇用者側に求められるのが、安全な職場環境の整備、従業員の健康管理の徹底、家族に対する保健衛生・医療サービス面の改善などに向けたスピーディな対応、在宅以上に大きな職場勤務のメリットのPR作戦、などだ。

すでに経営コンサルタント各社の間では、「コロナ以後」に向けた次のような措置を会社側に提案している:

  1. 経営上の最優先課題は従来のような「業績向上最優先」ではなく、まず「職場の健康と安全確保」とし、経営者は従業員の精神、肉体面を含めた「well-being」のために最大限の努力を払うべきである
  2. 労務担当者は今後も、連邦・州・市町村が定める健康保健面の条例や規定の確実な順守を心がけ、従業員が安心して仕事につける環境を保つ
  3. オフィス、工場、集配センター再開後は、洗浄の徹底、消毒液の適所設置、ワークスペースの再配置、会議、団らんなどの従業員の密集場所の配置換えなどが求められる
  4. 今後の変異ウイルス感染拡大に対する予防措置として、マスク、手袋などの医療用具の常備体制確保のほか、従業員、一般訪問者が職場に入る際の検温体制、発熱後の従業員の職場復帰の際の安全ガイドラインの構築を急ぐ
  5. 会社側と従業員との間で保健・安全管理面のコミュニケーションを密にし、オンラインなどを通じ最新データを共有する

これらの指摘のほかに、長時間、がむしゃらに働く、いわゆる“猛烈社員”をよしとしてきたこれまでの「会社カルチャー」そのものを抜本的に見直すべきだ、との声も出始めている。

通勤と在宅勤務を組み合わせた『ハイブリッド体制』

IT関連サポート会社「Electric」のジェームズ・オークリー副社長は、経済誌「Forbes」

最近号とのインタビューでこう語っている:

「会社規定で保証されてきた有給休暇について、これまでは多くの社員が、当たり前のように有給休暇を取ると、落ちこぼれになるとしてためらう傾向が目立った。しかし今や、休暇も取らず、長時間働く者が評価される時代は終わった。会社側にはむしろ、社員がゆっくり時間をとって落ち着いて仕事に就くことを歓迎する空気が広がっている」

結論として、企業幹部情報サイト「Executive」は「経営者たちが、コロナが収束すれば、以前のように社員は黙っていても職場に戻って来ると考えるなら、結局は優秀な人材を失い、会社として敗者となることを覚悟すべきだ。会社としての業績を上げるには今後、職務能率向上をめざした、通勤と在宅勤務を組み合わせた『ハイブリッド体制』を敷くしかないだろう」と指摘している。

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