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「メディアを避けるのは大坂なおみだけじゃない」サッカー・プレミアリーグ“取材機会減少”の副作用《英国記者が証言》 - 井川 洋一

 大坂なおみが全仏オープンで試合後の記者会見を拒否し、1万5000ドル(約165万円)の罰金処分となった後、大会から棄権し、うつ病を告白した。世界中ののメディアやSNSでは、いまだに賛否両論が展開されている。

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2021年の全豪オープンで優勝して記者会見に登場した大坂なおみ ©AFLO

 プロスポーツの成り立ちをじっくり考えると、プレス対応や記者会見はプロ選手の仕事のひとつであり、当初は会見に出席したほうが良いと思っていた。契約に折り込まれた会見を拒否するのであれば、罰金も致し方ない。ただ、ひとりの人間の精神が損なわれてしまうのであれば、無理をする必要はないだろう。トップアスリートも人の子であり、落ち込むこともあれば、人前で話をするのが得意ではない人もいるはずだ。

 今回の件がこれほど大きな反響を呼んだのは、旧態依然としたメディアの活動に一石を投じるものと捉えた人が多かったからだろう。議論の大元には、現代の産業革命とも言えるITの浸透と、それによってもたらされたSNSの隆盛がある。

選手がメディアを避けるのは多くのスポーツで共通

 現代では、望めば誰でもSNSで自らの意見や思い、日常をそのまま世界に発信できる。それに慣れ親しんでいる20歳前後の“Z世代”(大坂も含まれる)は、記者会見や旧来のメディア──“レガシーメディア”と呼ばれているらしい──を重視しない傾向が強い。

 自分の言葉が、書き手や編集者などを通すことなくストレートに世界に伝わるほうが良い、と考えているのだろう。

 スポーツ界において、テニスは記者会見制度が整備されている競技だ。欧州のフットボールシーンでは以前から記者が選手の声を聞く機会が著しく減っており、「世界で最も人気のあるリーグ」であるイングランドのプレミアリーグもその1つだ。

 パンデミックが起きてからは、試合前後の記者会見に監督(とメディア担当者)だけが登壇するようになり、試合後に選手が通りメディアが質問できるミックスゾーンははなくなった。Jリーグも同じような対応をしているが、記者会見には監督とともに複数の選手が出席するので、プレミアよりは記者が選手と話す機会は多い。

 パンデミックによって制度的にも選手とメディアの接点が減る以前から、プレミアではミックスゾーンで立ち止まる選手が減っていたという。マンチェスター・ユナイテッドやマンチェスター・シティ、リバプールといったイングランド北西部の人気クラブを中心に取材し、『ガーディアン』紙などに寄稿するリチャード・ジョリー記者は次のように語る。

「14カ月前にミックスゾーンがなくなる前から、選手のコメントは取りにくくなっていた。高額なテレビ放映権には選手のインタビューも契約に盛り込まれているので、選手たちもテレビカメラの前では話をしなくてはならない。だがその後に設置された文字媒体向けのスペースでは、声をかけても立ち止まらない選手がほとんどだ。ミックスゾーンを通らずにスタジアムを出る選手も多い」

 メディアがリーグやクラブ側に取材対応を要請しても、義務であるテレビ向けのインタビューをこなした後でさらに文字媒体にも話したがる選手は少ないので仕方ない、と主張するそうだ。かつては選手の率直なコメントが発信される場所だった練習場でも、ずいぶん前から似たような状況だったという。これは、制度というよりも文化の問題である。

自分の言葉はSNS用のコンテンツ

 選手がメディアに話さないのは、「自身のSNS用に言葉を取っておく」というケースもある。チェルシーやアーセナルなど、主にロンドンのクラブを取材するA記者(仮名)はこう話す。

「近年の若い選手は、自らの言葉をSNSアカウントの“コンテンツ”と捉えているように見える。自身のSNSでファンと直接やりとりすることを好み、なぜわざわざそれをクラブやリーグ、既存メディアに渡さなければいけないのかと考えているのだろう」

 選手たちの言い分にも理はあるが、弱ったのは既存メディアだ。選手の声が聞きにくくなった今、文字媒体のジャーナリストたちはどのように記事を執筆しているのだろうか。

「現代のトップジャーナリストは、筆力だけでなく、コミュニケーション能力も高い必要がある」とA記者は続ける。「選手や代理人と良い関係を築ければ、独占的な取材機会を設けてもらえたりもするからね。パイプがなければクラブの広報担当に頼む必要があり、多くの場合は断られることになる」。

 一方、前出のジョリー記者はこう語る。

「以前より確実に難しくなったけれど、工夫の余地はある。どうしても選手のコメントが必要な場合は、クラブ公式サイトやテレビ媒体から引用することもできる。とはいえ、それは自分で聞いたものではないので、どう聞かれて答えた言葉なのか、全体の文脈がどういうものだったかは判然としないけれど」

本人発信だけでは足りないもの

 選手や代理人と良い関係を保つのもひとつだが、選手の直近の言葉を使わずとも、読者を楽しませるジャーナリストは確かに存在する。コミュニケーションスキルと同じくらい、スポーツそのものを見る目を養い、それを文章で伝える腕を磨くことが重要なのだろう。

 しかしメディアが単なる“媒介の機関”に留まるならば、以前ほどの重要性は見出しにくいだろう。選手の言葉をそのまま紹介するだけなら、SNSで十分に事足りる。

 ただしその発信からは、批判的なものが一切なくなり広告化するという副作用もある。鋭い疑問への答えが提示されることも限られるだろう。

 個人的にはスポーツはポジティブなものだと信じているが、本人が発信したいものだけではなく、社会で起きている問題や事象について、世界的なアスリートが意見を問われ、それに答えることには意味があると考える。それに肯定も否定も含め、さまざまな意見があってこそ、スポーツは前に進んでいくのではないだろうか。

 もちろん、選手の精神状態が損なわれないように、今後は記者会見でも運営側に配慮が求められるだろう。人種や性別についてあまりに礼節を欠いた質問をしたり、成績不振に陥った選手に何度も意地悪な問いかけをする記者がいたとすれば、イエローカードやレッドカードを出すことを検討してもいいのではないか。

 選手、大会、チーム、ファン、スポンサー、そしてメディア。プロスポーツが現在の形で発展してきたのには理由がある。すべてが持ちつ持たれつの関係で発展してきたのがプロスポーツだが、時代の変化に応じてスポーツもまた変化する必要がある。選手やメディアを悪者にするのではなく、新たな姿を模索する機会になればいいと思う。

(井川 洋一/Webオリジナル(特集班))

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