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陰謀論廃絶の困難を自ら証明した内田樹

朝日新聞での内田樹氏のインタビューが物議をかもしている。

こちらのブロゴスの記事でも紹介されている。

内田樹の就活インタビューに含まれる陰謀論がやばい(gamella) - BLOGOS(ブロゴス)

具体的には、この箇所だ。

政治家もビジネスマンもメディアも『国際競争力を高めなければ日本は生き残れない』と盛んに言い立てますけれど、彼らが言っている『国際競争』というのは平たく言えばコストカットのことなんです。

中国や韓国やインドとの競争というのは要するにコスト削減競争のことなんです。同じ品質の製品をどれだけ安く製造できるかを競っている。その競争での最大の障害になっているのが日本の人件費の高さです。これを切り下げないと世界市場では戦えない。そういう話になっている。

今、大学生が多すぎる、大学数を減らせという話が出ていますが、低学歴・低学力の若者たちを作り出していったいどうするのかと言うと、低賃金の労働力がほしいからです。

たしかに国内の人件費を中国やインドネシアなみにまで切り下げられれば企業は海外に生産拠点を移す必要がなくなる。国際競争に勝つためには日本の労働者の賃金を下げるというのがいちばん簡単なんです。すでに低賃金化は深刻になっています。


朝日新聞デジタル:「“calling”他者の呼ぶ声から、本当の仕事が始まる」 - 続々・就活のヒント - 就活朝日 2014 - 就職・転職

内田樹氏のマクロ経済観や労働市場観にどのような事実誤認があったかは、先に紹介したブログを読んでもらうことにして、ぼくが興味深く思ったのは、こうした陰謀論を口にしている内田樹氏がかつて、陰謀論についての論考を残しているということだ。

内田氏は小林秀雄賞受賞作『私家版・ユダヤ文化論』の中で、陰謀論のメカニズムについてページを割いている。

リンク先を見る

私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)

 陰謀史観とは「ペニー・ガム法」に基づく歴史解釈のことである。「単一の出力に対しては単一の入力が対応している」という信憑を抱いている人は、どれほど善意であっても、どれほど博識であっても、陰謀史観を免れることはできない。

p.98

 一つの結果には必ず一つの原因があるという命題が正しくないことは、少しでも現実を観察すれば、誰にでもわかる。ふちのぎりぎりまで水で満たされたコップに最後の一滴が加わって水があふれ出た場合に、この「最後の一滴」をオーバーフローの「原因」であると考える人はあまり賢くない。私が今不機嫌であるのは空腹のせいなのか、昨日の会議のせいなのか、原稿の締め切りが迫っているせいなのか、確定申告の税額のせいなのか、どれか一つを「原因」に特定しろと言われても私にはできない(してもいいが、仮にそれを除去しても私の不機嫌はさして軽減しない)。

p.100

内田氏は、19世紀フランスにおける反ユダヤ主義の説明に先立って、このように陰謀論とその不条理さを説いている。当時フランスでは、社会システムの不調の矛先がユダヤ人に向けられた。なぜなら、先のフランス革命で利益を得たのはユダヤ人である、と考えられたからだ。ある事象によって生み出された受益者=首謀者であるという考え方に、陰謀史観が見出される。

しかし、フランス人が社会システムの不調をすべてユダヤ人の陰謀で説明し尽くしてしまうのと同じように、件のインタビューで内田氏は、現代の就活生の受難がまるで、「グローバリズム」という単一の原因によって生み出されたものだという風に説いてしまっている。これこそ陰謀論ではないだろうか。

だがここで、内田氏に刺さったブーメランを指差してあざ笑っていてもはじまらない。

内田樹を凡百の書き手と分かつのは、彼が「陰謀論のメカニズム」の廃絶が「困難である」と認めたうえで、もう一段上の「ではなぜ、我々は陰謀論に魅惑されるのか?」という問いに、答えようとしているからだ。

 私たちはあらゆる局面でその事象を専一的に管理している「オーサー」の先在を信じたがる傾向を持っている。これはほとんど類的宿命ともいうべき生得的な傾向であって、「やめろ」と言われて、ただちに「はいそうですか」と棄てられるものではない。なぜなら、「悪の張本人」を信じる心性は「造物主」や「創造神」をを求めずにはいられない心性と同質のものだからである。ある破滅的な事件が起きたときに、どこかに「悪の張本人」がいてすべてをコントロールしているのだと信じる人たちと、それが神が人間に下した懲罰ではないかと受け止める人たちは本質的には同類である。彼らは、事象は完全にランダムに生起するのではなく、そこにはつねにある種の超越的な(常人には見ることのできない)理法が伏流していると信じたがっているからだ。(中略)

 陰謀史観を根絶することが困難であるのは、そのせいである。「超越的に邪悪なものが世界を支配している」という信憑は、全知全能の超越者を渇望する人間の「善性」のうちに素材としてすでに含まれているのである。

pp.101-102

陰謀史観とは人間の善性とネガポジの関係にあり、だからこそ陰謀史観を棄てることは困難であり、内田氏が陰謀論に陥ってしまうのも、善意があることの証明である、ということなんだろうか。

物事を快刀乱麻にしていく氏の文体、筆致に魅せられてしまうことは否定しようのない事実だ。ただ今回は、内田氏が「陰謀論の廃絶は困難である」ということを自ら証明してしまうかっこうとなった。

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