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  • Dain
  • 2021年05月30日 16:19

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』を物語を創る側から分析する―――第3回物語の探求読書会レポート

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10. この世ならざる世界にいかにして引き込むか

スケザネ:SFとかファンタジーについてまわる課題なんだけど、この世ならざる世界に、いかにして読者・視聴者を引き込むか?

SFとかファンタジーが難しいのは、現実世界とは違うことを説明しないといけない。ところが、SFやファンタジーの人たちは、その世界の住人なので、「この世界はこうですよ」などとわざわざ説明してくれることはない。そこで当たり前に生活しているから。

なので、常套手段として使われるのは、「その世界に違和感を持っているやつ」とか、「その世界の外部からやってきた人」を設定する

たとえば『十二国記』、現代日本の世界から、異国の世界にやってきた女子高生の目で説明してくれる。人間の世界から魔法の世界へ行くハリー・ポッターの場合だと、ハリーの目でその世界が語られる。視聴者もなるほどね、という風に理解していく。

ところが、華氏451だと、違和感を説明してくれない。外側から来た人がいないから。だからクラリスが出てくる。クラリスはその世界の住民なんだけど、その世界に違和感を抱いている。だからクラリスは、モンターグに色々と質問をしてくる。「あなた昇火士だけど、昇火士の仕事どう思ってるの?」とか。

この質問には二重の意味がある。

  1. クラリスがこの世界に違和感を抱いていることを示す内在的な要求
  2. この世界を読者に説明するという外在的な要求

この2が無いと、読者は物語の世界に入っていけない。クラリスを通じて、読者はこの世界を知るんです。

Dain:確かにクラリスがいないと冒頭60ページがもっとわけわかんなくて離脱者がさらに増えるww クラリスって、主人公を体制側から反体制側へ連れていくトリックスター的な存在だと思ってた。「この世界ってなんなの?」ということを、主人公に質問することで引き出す役もあるんですね。

スケザネ:クラリスの奇行が目立つのは、そのせいじゃないかと。ほら、最初に雨飲んだりするじゃないですか。雨ってけっこう美味しいのよとか、急にタンポポ塗りたくってきたりとか。それに対してモンターグは、現実世界で考えても、普通に近い振る舞いをしている。でもクラリスは、言ってることや思想は現実世界に近いんですけど、行動は、やってることは奇行に近いんですよ。

これ、クラリスの行動が普通だったら、華氏451の世界の中で、逆に浮いちゃう。クラリスが奇妙な行動を取ることで、バランスを取っている。

タケハル:確かに、奇行をさせることによって、この世界にいるための重しをつけているような感じですね。

11. 現実世界との架け橋をつなぐか

スケザネ:それが、次の課題「物語世界と現実世界との架け橋をつなぐか、つながないか」という問題に接続されます。

たとえば、ハリー・ポッターだと、ハグリッドという巨人が迎えに来る。人間世界で生活しているハリーを、魔法世界へ連れていくために迎えに来るんです。読者に対して分かりやすく、現実世界と魔法世界をナビゲートする狂言回し的なポジションにいるんです。

でも、華氏451はその世界で閉じていて、現実世界から行く架け橋はない。だからクラリスという異質なキャラクターを用意して、限りなく現実世界に近い代弁者としていてもらう……そんな物語の建付けにしているんじゃないかと。

Dain:クラリス、それほど重要なキャラクターだったら、もっと引っ張ればいいのに、もったいない。

タケハル:外在的な役割なら、教授とかに引き継がれているのかも。モンターグ自体も、この世界に違和感を抱き始めるから、読者からも共感できるようになる。

スケザネ:映画だと、フランソワ・トリュフォーが監督していて、面白いことに、クラリスとミルドレッドは、同じ役者さん(ジュリー・クリスティ)がやっているんです。

これ、ブラッドベリは怒ってるんですけど、監督の気持ち、めちゃめちゃ分かります。クラリスは序盤でいなくなってしまうのに、そこにキャスティングを贅沢にできないという事情がある。

タケハル:ギミックとしてすげー面白い!

Dain:映画観たはずなのに気づかなかった……主人公にとってかけがえのないという存在だったという意味で、非常に示唆的ですね。

12. 批評をするな、物語らせよ

スケザネ:『ブラッドベリ、自作を語る』というのが晶文社から出ていて、インタビュー集なんですね。本作についても、「華氏451は社会批評の要素があるけども、それは冒険物語という全体の中に隠れてるんだ」と語っています。



これ、本についていろいろ議論している思想的な要素もあるのですが、基本は冒険活劇だと言っている。議論が多いぞ、とは思うけれど、もしブラッドベリが、1950年代に議論のところだけを精緻に書いていたら、今に至るまで残っていないかもしれない。

重要なのは、批評してはいけないという点。物語を作る人は、批評に対して批評で返すのではないと。代わりに、物語という具体的な世界の中で語らせることに意識的であってほしいという話です。

タケハル:確かに! トルストイ『復活』読んでてあったんだけど、ラスト100ページぐらいになって延々と思想的な話が出てくる。キリスト教徒としてはどうあるべきか的な。トルストイがそれ言いたいのは分かるけれど、今までの話の方が面白かったのに、答え合わせするみたいなのはやめてよ、と言いたくなる。

Dain:へー、『復活』読んでないから気になる……

タケハル:確かにいいこと書いてあるんだけど、それ言われちゃうと、今までの主人公たちの冒険はなんだったん的な気持ちになる。

Dain:ユゴーの『レ・ミゼラブル』を思い出した。『ああ無情』の短いのじゃなくて、全部だと何巻もあるんです。で、そこで丸々一巻を使って、作者がこの世界について延々と語るところがある。ジャン・バルジャンやコゼットの話を放り出して、ずーっと作者の思想に付き合わされる。

たぶん俺を同じことを考えた編集者さんがいて、ユゴーのおしゃべりを丸ごとカットして、ストーリーだけにした版もある。

スケザネ:ユゴー、そういうの好きで、『ノートルダム・ド・パリ』というのがあって、そこだと丸々一章使ってパリの街の歴史について語るところがある。19世紀は小説というジャンルが未熟というか独り立ちしていないところがあって、物語だけじゃなく色々なものが詰め込まれている。

典型的なのがメルヴィル『白鯨』で、18~19世紀の百科全書的な思想を注いで、物語という形式で世界全体を包含しようという試みがなされている。クジラの辞書を入れてみたりとか、格言集を作ってみたりとかしている。小説で何でもやってやるぜという意気込みが好きですね。

でも、物語として楽しもうというときには煩いですよね。

Dain:確か岩波文庫だと、最終巻の解説で、章分けしている。物語パートはこの章とか、クジラの辞書はこの章とか、それぞれ色分けしている一覧があったはず。もし、物語だけを楽しみたいのなら、この章だけツマめばOKというのが分かる。物語が「小説」という枠に飲み込まれている。

スケザネ:芥川賞作家の丸山健二が、そういう物語以外のところをカットして、物語部分を中心にリライトした『白鯨物語』というのがあります。あるいは、『カラマーゾフの兄弟』の父殺しの所だけをクローズアップした『ミステリー・カット版 カラマーゾフの兄弟』というのがあります。

Dain:もともと「小説」って、そういうものだったのかも。いま僕らが、物語を楽しむための形式を小説と読んでいるけれど、昔はそんなんじゃなくって、作者が言いたい何か―――思想とか主張とか批判とか―――があって、それをそのまま書こうとすると、さっきのブラッドベリじゃないけれど、それは作家の役割じゃないとなるから、それを「物語」に包んで伝える。

パリの街並みの美しさをそのまま語っても誰も読まない。だから、物語の舞台に設定することで、読んでもらう。読者は、物語の先を知りたいという欲求があるから、作者の主張も一緒に読んでいた。

けれども時代を追うにつれて、作者の主張というのが引っ込んでいって、読者の「早く物語に入りたい」というニーズに合わせていくうちに、今の物語主体の小説になっていったんじゃないかなと。

スケザネ:17~18世紀だと、逆に、物語が市民権を得ていないからこそ、「事実で物語を担保する」というのがあったんです。たとえば『ガリヴァー旅行記』『ロビンソン・クルーソー』や、書簡体小説、たとえば『ペルシャ人の手紙』とか、あの時代ですね。

あの時代って、まだ物語が良いものとされていなかった。だから、どういう風に読んでもらおうとしたかというと、「序文をつける」ことです。やたら序文がついてて、どこどこ女王からの序文とか、7個ぐらいついてる。で、権威があります、本当の話なんですとする。あるいは、これは誰かが書いた手紙です、本物なんですとする。事実を担保として物語を届ける、というやり方だった。

タケハル:フィクションということの価値が低かったんだろうね……

スケザネ:英語の辞典とか引くと、fact という言葉が出てきたのは、1600年代ぐらい、シェイクスピアの時代ですね。フィクションとかファクトという価値概念が無かった。17世紀、fiction とは何か、fact とは何だろうという区別が必要になって、こうした言葉が使われるようになったんじゃないかと。

タケハル:文学史やんないと! フィクションとかファクトとか、物語とは何かを、そうした文学史の流れの中で押さえたうえでないと、さっきのブラッドベリの発言が分からなくなっちゃう。

13. ブラッドベリの創作技法

スケザネ:『ブラッドベリ、自作を語る』には、創作技法が紹介されてます。ブラッドベリが物語を作るときに、どういうことをしているかを語っている。

まず、名詞のリストをつくって、そこからストーリーを思いつくと言ってます。ビン、桶、湖とか、ガイコツとか。

タケハル:なんか落語の三題噺みたいな?

スケザネ:そうそう、で、自分のキライなものを10個書き出せという。そして、キライなものを物語の中でやっつけていけという。それで物語が出来ていく。ブラッドベリは本を燃やす人が大嫌いで図書館が大好きだから、『華氏451』が出来上がった。本を燃やすような連中を貶して、図書館的なものを持ち上げる、それが原初だった。

じゃぁ、その10個ってどんな風に思いつけるか? ブラッドベリは、人間の頭の中には3つのことがあるという。

  1. 実体験(物理的)
  2. 実体験への感情や反応(心の中)
  3. 芸術体験

1つは、普通に自分が体験したこと自体。そして、その体験に基づいた自分の反応や感情が2つ目。そして最後は芸術体験だと。この3つを軸にして、10個を挙げて書いて見ろと。ホントにそれで書けるのかはどうかだけど、少なくとも書き出すことはできる。

タケハル:プロの違いは、自分を訓練する方法を思いつけるかにあるかも。創作するためのルーティーンといったら機械的だけど、イマジネーションを深めるための方法論を持っているか。漠然と、「何かアイデアないかな」だとやっていけない。

スケザネ:漠然と何か出すなんて無理で、頭の中から何かを出すのはすごく難しい。スタンバイ状態になっているメモを作るとかしないと。Dain さんブログ書いてるけれど、何かメモ的なものってやってます?

Dain:やってますよ。Googleドキュメントや、最近だったら Google Keep に読んだ本の感想や抜き書き、ボイスレコード、写真を残していってます。追跡が難しいので、いまやっているのが、スプレッドシートに読んだ本のトピックや参照文献をずらっと並べて一覧化してます。読書猿さんの『独学大全』で紹介されてるやつ。考えるタネみたいなやつ。

あと、いろんな名言というか、「そうか!」と心にキた言葉を集めています。たとえばこんなの。

“告白、0を1にするんじゃなくて99を100にする行為だと知ったのはだいぶ先の話”
— 元気になった焼肉みくさんのツイート

"SNSで精神を病む最大の方法は「嫌いなひとやものを逐一監視する」です。だいたいこれでおかしくなります"
via:tumblr

“責任感が強いからクラス委員に向いてるって、君はおっぱいが大っきいんだから水着を着てなさいって言ってるようなもんだわ。”
- ゴースト≠ノイズ(リダクション) 上 / 十市 社 (via k-quote)

“感情とは価値判断のショートカットだ。理性による判断はどうしても処理に時間を要する。というより究極的には、理性に価値判断を任せていては人間は物事を一切決定することができない。完全に理性的な存在があったとして、それがすべての条件を考慮したならば、なにかを決めるということ自体不可能だろう。”
— 伊藤計劃『虐殺器官』

クスっと笑ったり、「これはイイ!」と思った言葉を集めておいて、ときどき読み返したりしていますね。あと、自分のブログそのものを検索して、そこからネタを膨らませていますね。

タケハル:なんだかんだしても、結局作業にまで落とし込む必要がありますね。

14. 終わりに&次回の課題図書

Dain:やっぱり「本を焼く者は人を焼くようになる」というメッセージが強烈でしたね。焼くほうが焼かれるほうになるとか。あと、若いときに読んだときと、いま読み直すときとの反応が違っていたのが面白い。俺だったらこういうディストピアにするのに、という読み方ができて良かった。

タケハル:題材が本を焼く話だったので、物語を伝える側としては、物語を乗せるハードウェアに目が向きました。何を遺していくべきかだけでなく、何「に」残していくべきかという点です。あと時代の問題、小説がどのように変化してきたのか、勉強することが沢山あるなぁと思いましたね。

スケザネ:楽しかったです! こんなに話が広がっていくとは思わなかった。そして、世相的な意味で、いいタイミングで読めたのが良かった。100分de名著『華氏451度』の6月にもこれが俎上に乗るみたいだし。あとこれ、70年も前の作品なのに、メッセージが古びないのが凄いですね。

さて次回はどうします? 今回はタケハルさん推薦でしたが、Dain さん、あります?

Dain:次回というか、いま僕が興味があることで、感情、特に「恐怖」があります。怖いとは何かについて。僕はホラー映画や小説が好きなんだけど、怖いと分かっているのに、わざわざ読んだり観たりする。「怖い」とは、嫌だ、避けたいというネガティブな感情なのに、好んでそれを味わおうとするのはなぜか?

そういう疑問に答えてくれるのが、戸田山 和久『恐怖の哲学』です。具体的なホラー映画の作品を挙げながら、恐怖の正体に迫ります。物語の作り手側からすると、読者の感情をコントロールして、上手に恐怖を刺激するヒントが得られるかもです。

スケザネ&タケハル:了解です!

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