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  • Dain
  • 2021年05月30日 16:19

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』を物語を創る側から分析する―――第3回物語の探求読書会レポート

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5. 本はカジュアルに焼かれてきた

Dain:あと、フェルナンド・バエス『書物の破壊の世界史』を読むと、本って結構カジュアルに焼かれてきたことが分かります。

  • 記録抹殺刑:古代ローマで、反逆罪を犯したものに対し、ダムナティオ・メモリアエ(記録抹殺刑)→罪人が後世に名を残さぬよう、碑文、書物、記念碑などあらゆるものを破壊する
  • ボスニアの国立図書館の空爆:1896年創立した図書館、1992年8月25日夜、空爆の目標となり破壊された。軍事施設ではない図書館が標的になる理由→共同体と密着した文化財である図書館が、ある民族の象徴のひとつであるという事実の裏づけ
  • ナボコフは、メモリアルホールで600人以上の学生を前に、セルバンテス『ドン・キホーテ』を燃やすよう求めた
  • ボルヘスも『自伝風エッセイ』で初期の自著を焼却したことを語っている(数年前までは値段が高すぎなければ、自分で買い取って焼いていた)
  • 最近の本は、溶解されたり、圧縮される←ボフミル・フラバル『あまりにも騒がしい孤独』
  • プラトンがライバル視していたデモクリトスへの言及すら拒み、著作を集めて燃やそうとしていた(デモクリトスの哲学の入門書『大宇宙体系』がプラトンの著作と驚くほど似ていたから)


タケハル:ナボコフ、なんで『ドン・キホーテ』を焼きたかったんだろう?

スケザネ:『ナボコフのドン・キホーテ講義』というのがあって、そこでドン・キホーテをこき下ろすんです。そのくせ500ページぐらい使って説明するんです。この本の中では、焼くんじゃなく、ズタズタに破ったみたいなことが書いてある。

Dain:本を書くからといって、言論の自由にコミットしているわけじゃないことが分かるよね。

タケハル:プラトンにはそういうことしてほしくなかったなー

Dain:プラトンが焼いた、じゃなく伝聞ですからね。

タケハル:でもプラトンならそういうことやりかねない、って思われていたのかも。

スケザネ:「本を焼く」の定義をもう少し拡張して、破る、破壊する、発禁するとかにすると、実にいろいろ出てきますよね。

タケハル:聖書とか宗教的なものとかだとありますね。

Dain:サルマン・ラシュディの『悪魔の詩』を翻訳した大学教授が殺されたとか。あと、PTAの白いポストとか。自分に都合が悪い存在に対し、直接殴ったりするのではなく、その言説をまとめた「本」を攻撃する。本は、ターゲットとされやすい、攻撃されやすいものなのかも。

タケハル:確かに! 本を燃やしても犯罪にはならないですからね。

スケザネ:紙焼いているだけですからね。象徴的だと、国旗とかもありますね。

Dain:そう、このボスニアの国立図書館の空爆って象徴的です。図書館を空爆することは許されることではないけれど、ものすごく効果的だと思います。「おまえの国(言語、歴史)ってのは無いんだぞ」というデモンストレーションとして有効。

タケハル:精神的なダメージがありますね。

6. イマジネーションを喚起させるSF作家

タケハル:『華氏451度』に戻ると、イマジネーションに富んだ比喩が良かったですね。印象に残っているシーンとしてはこれ。

  • ジェット・カーから見える景色の話(p.22)
  • フェイバーの話「うつくしい氷の彫像が、太陽のまえに溶けていくような気持ち」(p.190)
  • 「床の上には、表紙をもぎとられ、白鳥の羽根と化したかれの書物が、なんら問題にする価値のない品となって散乱している。」(p.244)

高速道路をジェット・カーで走っているときの景色で、「緑のものが草になってピンクが薔薇になる」とか。これ、ちゃんとブラッドベリが頭の中に思い浮かべて、目で写し取っているなぁ、というのがあります。

瑞瑞しい表現が頻発されるので、ディストピアものなのに、『1984年』読んでる時よりは怖い思いをしない。

ブラッドベリは、SF作家として有名だけど、かなり文学よりのSF作家ですね。

7. 焚書への究極の対抗策:暗記

タケハル:あと、終盤に出てくる人間図書館。これ、実際にあった話で、アフマートヴァ『レクイエム』になります。ソ連の時代に詩人のアフマートヴァが危険思想家扱いになっちゃって、印刷を許されなくなった。作品メモを残すと、それすらも拘留の対象になってしまう。

そこで彼女は、自分の詩を友だちに暗記させるんですね、10人くらいに分けて。そしてスターリンがいなくなった後で、それを集めてくっつけて外国で出版する。暗記とは、本を燃やすことへの究極の対抗策なんですね。

スケザネ:暗記は昔からありましたよね、稗田阿礼とかホメロスとか。

タケハル:ただ、稗田阿礼やホメロスと違うのは、アフマートヴァの友だちは普通の人なんですよね。口伝のプロなら覚えるための訓練をしているし、ホメロスに至っては即興で句を入れ替えたりする。

でもアフマートヴァの友人は素人だからすげー苦労してた。そして、さらに厄介なのは、アフマートヴァがプロだということ。プロということは、覚えさせた後に、やっぱり改訂したいとか言い出すんです。

スケザネ&Dain:www

タケハル:専用の数字とアルファベットと数字も考えて、持ち回りで20年ぐらい暗記してもらってやっと出版できたという話。華氏451のラストでこれを思い出しましたね。

8. 他の芸術と比較した文学の強みとは

スケザネ:いまの話と一緒のエピソードがあります。辺見じゅん『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』です。ノンフィクションで、シベリア抑留された日本人の話。仲間の一人が病気になって死を覚悟するんです。

でもその人は、故郷の日本に残してきた人に、どうしても伝えたいメッセージがあるんです。遺書ですね。でも収容所では紙も無いしペンもない。だから何人かで、彼の遺志を暗記しようという話になるんです。みんなで一節ずつ暗記していって、どうにか日本に戻ってから、故郷の家族の前で一人一人暗唱していく。



タケハル&Dain:すごい……!

スケザネ:ホントここに、文学の営為みたいなものがあると感じさせられます。文学の強みって、ここにあると思いますね。他の芸術、たとえば美術や音楽は、絶対に道具が要ります。楽器がないとダメとか、絵具とかキャンバスが無いとダメとか。

でも、文学は道具がなくてもいい。極端いうと、身体一つあれば成立なる。だからこそ、共有体験ができるし、こういう極限状態でも成立する。

これ、さっきの岩に描いた話にもつながるけれど、ハードウェアがシンプルであればあるほど、耐久性が強いんじゃないかと。いろんなものが棄損されていく中で、最後の砦になった、というのが分かる。

タケハル:確かに、物語を通していろんなギミックが出てくるけれど、結局最後まで残ったものが暗記だった、という話ですね。石よりも強い暗記。

Dain:未来の世代に伝える最も確実な方法を思い出しました。遠い未来へ物語や危険を伝えたいとき、どうするか? 紙に文字の形で残すことはできる。だけど、さっきの CD-ROM と一緒で、そのうち消えていく。石に刻むのもいいけれど、言葉は変わっていくから確実ではない。

ではどうするか? 人類が持っている一番古い、シンプルな方法が、「祭り」なんです。一年のサイクルで同じ時期に集まって、皆でお祭りをする。何かに感謝する、踊るという方法で、伝えていく。

タケハル:なるほど、伝えることをイベントにしちゃうんですね。

Dain:お神輿は壊れますよね、木でできているから。でも毎年同じ時期に、皆で集まって飲み食いし、神聖なる「なにか」を抱えるんだ、という記憶は、どんな言葉であろうとも、たとえ書き言葉が無くなろうとも、伝え続けることができるという発想です。

スケザネ:式年遷宮ってのがあるじゃないですか。伊勢神宮の社殿を20年ごとに建て直すってやつ。これもお神輿のやつと同じで、壊しちゃう。20年に1回、同じものを立て直して元のものは無くなっていく。

物体としては別だけれど、存在という概念が同じものが作り直されていく。テセウスの船のように、そこに存在することが重要だと思います。存在としての価値が連綿とつながっていく。建物という「モノ」であれば壊れたり焼けたりするけれど、作り直していくという「行為」に託したが故に、式年遷宮はこれだけ長く続いているんじゃないかと。

Dain:なぜ遷宮が20年おきに行われるか、考えたことがあります。20年とか25年って、1つの世代、ワン・ジェネレーションじゃないですか。そして、同じ社殿を作り上げるために、木を切って、特定の形に加工して、組み上げる必要がある。そこには技術が必要で、当たり前だけれどその技術は人が担っている。その大工さんが現役として技術を習得し、次の世代に伝える間隔が20年なんです。

スケザネ:なるほど!

タケハル:これ、かなり腑におちますね。

Dain:これが40年だったら、遷宮に携わった人がいなくなり、技術が次に伝わらない。10年だったら、壊して作り直すコストのほうが高くつく。なので20年なのかなと。スケザネさんの「モノは残らないが、行為として残る」はこれかなと。

タケハル:面白いですね! ブラッドベリは人間図書館で、個人の身体性による話を目指したけれど、ここの話だと、行為として、イベントとして世代を超えて伝えていく結論になりそうですね。

スケザネ:華氏451のラストから何年か経ったら、モンターグの仲間たちが集まって、暗唱による朗読会とかするのでしょうかね。

タケハル:これやらないと次の世代に残らないですよね。この人間図書館のコミュニティを次々とつないでいくとチラっと言及してはいるけれど、途絶える恐れだってあるから、技術を作ることが重要かも。a passionate few が居れば解決する問題じゃなくって、さっきのゲームの話にもつながるけれど、(人間という)ハードウェアへの配慮がないと、人間図書館が途絶える可能性だってある

9. 思想小説とサスペンス性

タケハル:華氏451はディストピアものなんだけど、ビーティとの議論とか、「本」そのものとは何なんだろうとか、思想的な議論が多い。ビーティを燃やした後、今度はモンターグが追われる立場になり、サスペンス性は上る。けれども、彼がさらに人を殺すとか、ケガをするといった展開にはならない。主人公は大変な思いはしているけれど、「本」に対する議論が続く。

最近のドラマ『ウォーキング・デッド』と比較すると明らかで、ゾンビとの戦いとか、物理的な恐怖やドラマが原型にある。物語をつくるとき、サスペンス性を前面に出すのだけれど、華氏451はそれを使わず、思想性を出す。

物語作品でこうした思想的な議論が減っている。減っていることは別に悪いことじゃないけれど、でも、昔は結構あったけど、今は少なくなっている。ということは、物語を作る側が、サスペンス性を使いたいという魅力に勝てなくなっている。

物語作品に思想を込める「大きい作家」が少なくなっている一方で、サスペンス技術が進んだ結果、それを使わずにはいられなくなっている。

Dain:サスペンス性の方に、物語の重心が行っちゃっているということなんですね。

タケハル:というか、サスペンス性はパワーが強く、読者や視聴者にウケるから、使わざるを得ないという話なんです。心に訴える思想的な議論よりも、身体に訴えるサスペンス性の方が力が強い

スケザネ:そこ! 新訳でいうとp.96 の「民衆による多くのスポーツの団体精神を育み面白さを追求し……」とぴったり合っている。

タケハル:そうそう、作家ですらもうそれに敵わなくなっちゃっている。

スケザネ:小説というハードの中の話でありながらも、その中で比較しても、思想性よりもサスペンス性の方に傾斜してしまっているんですね、最近のは。

スケザネ:それに比べると、華氏451は冒頭からして動きありませんものね。60ページぐらいまで何の動きもなくて、どうやって読者を読ませるか。物語の序盤の駆動力としては、さっきタケハルさんが言ってた、言葉の美しさ、比喩の巧みさにあるんじゃないかと。これがないと、最初の5~60ページで投げ出す人がいたんじゃないかな。ブラッドベリはそこに自信があったと思う。

タケハル:俺が編集だったら序盤を書き直せって言ってるはず。誰が誰だか分かんないでしょwww

スケザネ:言う言うwww

Dain:華氏451って、1984と同じく、「名前は知っているけど読んでる人は少ない」作品ですね。物語として面白いか面白くないかというと、確かに最初の60ページで萎える人が多いと思う。ダルいし。

タケハル:クラリスが死ぬってところと、あとお祖母ちゃんが燃やされるってところぐらいまで行かないと、物語が動いていかない感じがする。

スケザネ:クラリス、変なキャラであんなに重要そうなのに、早々と退場しますもんね。

タケハル:クラリスを追いかける旅かと思ったらそうでもないし。

スケザネ:村上春樹だったら追いかけさせるね。なのに50ページぐらいで「クラリスが消えた」とかマジっすかwww そっから言及ほとんどないし。いわゆるエンタメの小説としては、構造的にガタガタなところがある。先見性とか希少性、思想の議論は抜群によくできているし、後半になるとモンターグ逃げ切れるかなとか、上司を燃やしちゃったよとか、面白いところがあるんだけれど、構造としては危ういところがある。

タケハル:イヤホン型のレシーバーとかのやり取りは結構面白いのにね。

Dain:もっと面白くできるのに、面白くさせていない。

タケハル:50年ですからね、エンタメ技術が発達していない可能性もある。

スケザネ:あの当時の小説としては前書きにあれくらい使うのは当然なのかも。もっと昔だと、100ページ200ページ助走にかけるのがあって、「こいつまだ本編始まらない」というのもザラ。そういうのに比べると短いけれど、現代から見るとまだ長い。

Dain:ディケンズの『荒涼館』、めちゃくちゃ面白かったけれど、物語が始まるまでめちゃくちゃ長かったことを覚えてます。

スケザネ:ディケンズ、助走めっちゃ長いんですよね。19世紀の小説ってみんなそうなんですよね。「ごめん、物語が始まるまでちょっと待って」みたいな。

Dain:現代の読者のほうが待てなくて、説明とか能書きはいいから、早く面白くしてくれ、早く物語を始めてくれってなってるのかも。

スケザネ:『ジャンプ』ですね!

タケハル:先見性もあるとともに、時代性も感じますね、華氏451は。最後核戦争っぽいので終わるし。あのときはリアリティがあったんですね。冷戦中だし……キューバ危機の前ですよ。

スケザネ:朝鮮戦争くらい。

タケハル:限りなくあったかい冷戦ですね。確かに、戦争が起きそうという小説の空気感は当時の人もあったんだと思う。

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