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弁護士増員イデオロギーの欠落した視点

 1990年代後半から2000年代初頭にかけての、司法改革論議の中で、弁護士の不足はさながら問題の元凶のように扱われ、そのため激増政策はそのすべての解決への要のように位置付けられました。「改革」の問題性について鋭く指摘して来た森山文昭弁護士は著書(「変貌する法科大学院と弁護士過剰社会」)で、法曹人口第増員論は、「一つのイデオロギーを形成し、その後も連綿と続く一大潮流に育っていく」ことになったと表現しています。

 弁護士の市民からの距離感、法律事務所の「敷居の高さ」、専門化の遅れ、企業の使いづらさ、競争原理が働いていないことによるサービス向上の阻害(利用者の不利益が存在しているという見方)等々――。これらは弁護士不足と増員必要論に紐付けられ、そしてこれに「二割司法」に代表されるような、大量の潜在需要論が被せられました。被疑者弁護にも、企業・国際ニーズや市民社会の潜在需要に応えるためにも、さらには弁護士の偏在解消にも、これからの日本は大量に弁護士が必要になる(はず)、と。

 弁護士という資格業の構造的な問題(弁護士の心得違い論を含めた)とされたものを解決するという意味と、あたかも社会から具体的に「量」が求められているという意味が混在し、弁護士増員というイデオロギーは形成され、突き進んできたといえます。ただ、弁護士内外、あるいは会員間においても、そこには各人さまざまな期待感が被せられ、前記「必要」の中身は、さながら同床異夢のごとく違っていたのです。ただ、全体として増員方向は否定できないというのが、このイデオロギーの正体だったといえます。

 その状況はいまにしてみれば、それぞれの要素の検証の甘さに繋がり、結果、政策のほころびを生んだといえます。例えば、競争原理の導入に弁護士が諸手を挙げて賛成だったわけでもなく、潜在需要の量的なものに懐疑的な人もいた。それでも局所的なニーズに応えるために、全体の量が増えなければならないだろうとする人もいれば、とにかく弁護士の努力によって「なんとかなる」とみる向きもある。そんなそれぞれの期待感の集約は、結果、それぞれについての実現可能性への反証の余地を現実的になくし、駒を前に進ませる結果になったようにみえました。

 2011年に司法試験合格者を年間1000人にまでの減員する提案を決議した札幌弁護士会がさきごろ、その後9年以上が経過し、同合格者数が1500人にまで減員されたことを機に、この問題を再検証した結果をまとめました(「法曹人口のあり方についての検証に関する提言書」)。

 この提言書には、当時からこれまでの論議が検証として「何をやったか」ではなく、「何をやらなかったか」、そして今「何をやるべきか」が的確に提示されています。

 提言書は弁護士人口の検証について、前提的にこう述べます。

 「現在司法修習を終えて法曹資格を取得する者、とりわけ弁護士となる者の多くは、今後40年以上にわたり法曹として活動することが想定されている。したがって、法曹人口のあり方を検証するに際しては、法曹に関する現在の需給状況のみならず、将来の需要も見据えて検討を行う必要がある」
 「そして、法的紛争の国際化、専門化という質的な変化が更に進むとしても、我が国において法曹を必要とする需要者の中心が日本国内の居住者であることに変わりはない。また、法曹、とりわけ弁護士の経済基盤の拡充を考えるうえでは、国内経済の見通しも視野に入れる必要がある」
 「従って、将来の法曹需要を検討するに際しては、法的需要の具体的な内容のみならず、法曹人口の推移と合わせて、我が国全体の将来人口推計や高齢化率、経済予測等も参照することが、極めて重要である」

 弁護士を増やし続ける以上、それを支え切れる、かつ、一部分野の必要論に引きずられないような将来的な正確な需要見通しの必要性である、ということです。そもそも増員弁護士を支える経済的基盤への詳密な議論を省き、増えたあとは野となれ山となれ的な「市場丸投げ」論(あたかも敗者はすごすごと退場。利用者にも実害はなく、増員メリットだけは予定通り確保できるかのごとき見方)が、結果として破綻した「改革」手法へのアンチテーゼともとれます。

 さらに提言書は以下の趣旨を忠告します。

 ○ 弁護士人口増大との関係で法的需要の有無の検証にあたっては、紛争解決に適した手続等のインフラ整備が進んでいるか、弁護士の関与が求められる場合の専門性に応じた対価の設定等の手当がなされているかも考慮が必要。法曹人口の拡大を支えるだけの需要の有無は、抽象的、楽観的な見通しに基づく推測ではなく、具体的な根拠を伴う見通しに基づき、検討しなければならない

 ○ 法テラスが国民各層にも浸透したことにより、その影響で弁護士費用の水準が法テラス基準に合わせるような形で低下してきているとも言われている。

法テラス基準が従来の弁護士費用基準よりも廉価であることは疑いようがなく、弁護士の業務基盤を考える上ではそうした影響も見逃せない。

 ○ 司法審意見書のいう「国際的な法律問題が量的に増大し、かつ、内容的にも複雑・多様化する」との一般論を否定するものではないが、「国際化時代の法的需要」は、法曹人口の増加を必要とするほどのものとは考え難い。法曹人口拡大の根拠となるとしても、それを示す客観的なデータは見当たらない。

 ○ 法的需要については、裁判所の事件数は減少傾向、法テラスや弁護士会の法律相談センターの相談件数は横ばいないし純増であるが、ポータルサイトや弁護士保険の拡大など需要が拡大方向という評価も可能。他方で、弁護士人口は司法試験年間合格者数を1500人とした場合には今後も毎年1000人ずつ増加していく。弁護士にとって安定した経済的基盤ができているのかどうか、今後も経済的安定を維持することができるのかどうか、という視点は重要。

 ○ 当面、一定の需要増が見込めたとしても、それが人口増員ペースに見合っているか、人口減少と高齢化が進んだ場合に、その時点までに増員された法曹人口にも見合うものなのか(司法試験合格者数を減員しても弁護士人口の減員の効果が生じるのは40年後からになる)、ということが問われている。

 そのうえで行った検証結果の詳細は、提言書原本を是非ご覧頂きたいと思いますが、結論は、札幌弁の2011年決議から、法曹の需要に関する社会的基盤等の変化には顕著な改善が認められないなどとして、司法試験年間合格者1000人までの減員を提案した決議内容の維持を指摘しています。

 何らかの弁護士会による主体的な努力によらないままに、司法試験合格者数が減ったことで、弁護士増員問題をあたかも論議の対象価値のないもの、自然解決するテーマのごとくみるムードも界内にはあります。しかし、それはあくまで「改革」の失敗の結果であって、本来的な必要論とそのための経済的基盤の裏付けがあるものではありません。

 日弁連と多くの弁護士会が、それでも今、札幌弁提言書の立場に立てないというのであれば、それはやはり増員「イデオロギー」の宿痾を疑わざるを得なくなります。

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