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《IOCバッハ「犠牲」発言の波紋》渋谷健司氏緊急寄稿「日本は東京五輪を中止し、疲弊した医療を変革すべき」- 渋谷 健司

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「変異株でコロナ感染爆発。日本は英国の失敗をなぞっている」WHO事務局長上級顧問が緊急提言 から続く

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「答えは完全に『イエス』です。緊急事態宣言下であってもなくても、安全かつ安心な大会が開催できるアドバイスを(世界保健機関などから)頂いている」

 5月21日の会見で、記者から「東京都に緊急事態宣言が発令されている状況になった場合、大会は開催しますか?」と聞かれた国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ調整委員長は、質問にこう答えた。また、同委員会のバッハ会長は22日、「東京大会を実現するために、我々はいくつかの犠牲を払わなければならない。(そうすれば)選手は夢を間違いなく叶えることができる」と発言し、波紋を呼んでいる。

 先日行った「文春オンライン」のアンケート(《東京五輪は87.6%が中止・再延期すべき》「外食さえ制限」「人命を天秤には」コロナ対策優先の声多数)でも87.6%が「中止・再延期すべき」と答えたが、メディア各社の調査でも開催反対の意見が過半数を占めている。そうした中でのコーツ氏やバッハ氏の発言は、IOCの強硬な姿勢を印象づけた。

 開幕まで約2カ月と迫った東京オリンピック・パラリンピック——。はたして日本はIOCの判断に身を委ねていいのか。公衆衛生や感染症対策の第一人者で現在相馬市新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター長の渋谷健司氏は、「ワクチン接種も今のペースでは、到底間に合わない。逼迫している医療体制は、これ以上の感染拡大に対応することは難しい。五輪は中止すべきだ」と断言する。必読の緊急寄稿。(前後編の前編/後編を読む)


左からIOCジョン・コーツ調整委員長、菅首相、著者・渋谷健司氏 ©️事実通信社

今や英国よりも多い日本の感染者

 昨年来、政府の新型コロナ対策が後手に回り、マスク着用などの行動変容も国民の間ではなかなか浸透せずに、1月には1日の新規感染者数が約7万人に達するなど日本を大きく上回る被害を出した英国だが、ここに来て非常に大きな成果をあげている。5月20日には1日の新規感染者が2874人、死者が7人という水準になるなど、現在、第4波に見舞われている日本(新規感染者5721人、死者106人)よりも新型コロナを抑え込んでいる。

 英国では昨年9月から感染力が従来の約1.5~1.7倍という変異株が広がり始め、11月には2度目のロックダウンをせざるを得ない事態に陥った。しかし、12月初めに感染者数がまだ十分に下がり切っていないにも関わらず、クリスマス商戦を控え経済対策を優先したために、ロックダウンを解除してしまった。そこから変異株が急速に広がり1月初めをピークとする感染の大幅な拡大となり、3度目のロックダウンに至った。

 3度目の緊急事態宣言中の今の日本の状況は、この時点の英国と非常によく似ている。変異株が広がり始めている中で経済対策とのバランスに頭を悩ましながらも、感染者数が下がり切らないうちに2回目の緊急事態宣言を解除した後の再燃だからだ。

「ゼロ・コロナ」路線の徹底が重要

 過去1年以上の各国の新型コロナ対策から、感染者数を徹底的に抑え込む「ゼロ・コロナ」路線の重要性が明らかになった。すなわち感染者数を完全にゼロにするのは困難でも、徹底的に抑え込むアプローチをとることである。複数の国・地域は、市中感染の排除(elimination)に成功し、社会経済活動を再開させている。

 より緩い水準での市中感染を許容していく「ウィズ・コロナ」路線により、経済活動とのバランスをとるべきとの声もあるが、結局、自粛や緊急事態宣言を繰り返す結果となり、逆に経済活動への影響を拡大させてしまう。筆者は、経済活動を守るためにも「ゼロ・コロナ」路線の徹底が重要と考える。特に変異株が増加しつつある現在の状況ではこの方針が非常に重要である。

 英国型といわれるN501Y変異株は、重症化率・死亡率が従来型より約40~60%高いというデータが報告されている。このため徹底した「ゼロ・コロナ」路線で臨まないと、感染力の強い変異株が感染者数の急増をもたらす恐れがある。そうなると医療機関が逼迫し、十分な治療体制が確保しきれず、結局、死亡者数も重症者数も増えてしまう。さらに、英国型よりも感染力が強いインド型も世界中で広がっている点にも警戒が必要だ。

 日本と同様に英国でも昨年の9月以降の後手に回った新型コロナ対応については強く批判されている。しかし、その一方、ジョンソン政権は、2度目のロックダウンを解除した12月初旬に「正常化への道」を公表し、その実践に乗り出した。その内容は、ワクチン接種と検査を2本柱とした戦略である。5月17日からはパブやレストランの屋内営業やコンサートも再開された英国が感染を抑え込んでいるのは、「正常化への道」が功を奏しているからだ。

英国の迅速なワクチン接種と国民全員検査

 英国では、これまでのコロナ対策の失敗から、「人の行動制限のみでコロナ対策は難しい」という認識のもと、他国よりも早いタイミングでワクチン開発と迅速な接種の準備に注力してきた。

 具体的には、、オックスフォード大学のパンデミック・チームにMERS(中東呼吸器症候群)ワクチンの技術をコロナに使う準備を昨年1月に開始させ、アストラゼネカ社との共同開発を支援するとともに、昨年5月にはワクチンの早期接種のためのタスクフォースを立ち上げ、ベンチャーキャピタリストのケイト・ビンガム女史をトップに任命した。

 投資家の彼女は、早期接種のためには、ワクチン確保だけでなく、情報システムやロジスティックス、そして、官民連携が極めて重要であることをよく理解し、タスクフォースに医療の専門家だけでなく、データサイエンティストやロジの専門家の参画も求め緻密に準備を進めた。

 さらに、現場での接種プロセスを加速するため、医療施設以外にも、薬局、スポーツセンター、教会、オフィスなどで打てるように規制を解除し、もともと薬剤師がワクチンを打てるうえに、法律を改正して訓練を受ければボランティアでもワクチンを打てるようにした。このスピード感と機動性は、ワクチンの確保とロジに大きな遅れを見せる日本と対照的だ。

 こうした取り組みにより、英国は、米国ファイザー社製のワクチンを世界で最初に承認し、米国より早く12月8日から接種を開始した。1月にはアストラゼネカ社製、4月に入りモデルナ社製のワクチン接種も始まっている。4月初めまでに50歳以上は全員1回目の接種を終え、既に成人の70%が1回目を、40%が2回目の接種を終えている。

 現時点で、変異株に対するワクチンの効果が残存するという科学的知見に基づき、何よりも接種を急ぐことが肝心であるという方針のもと、9月までに全ての成人に2回目のワクチン接種を終える予定だ。

 また、ワクチン接種とともに検査・隔離の充実が必須だ。英国政府は昨年9月に「国民全員検査」の方針を打ち出し、無症状感染者対策が鍵であり、検査拡大が社会経済を回すために必要だと強調した。この方針のもと、PCRセンターを増やすとともに、自宅でできる迅速抗原検査を開発した。

 抗原検査はその精度ではPCRに劣るものの、定期的に頻繁に行うことによってそれを補うことは可能であり、また、周囲に感染を広めるリスクの高い患者を発見するには十分な精度があることが示されている。

日本では検査件数・データ活用とも大きな遅れ

 英国における検査数は順調に増え、現在では1日100万件以上の検査が行われている。さらに、3月8日からはイングランドでは無料で誰でも週に2回の迅速検査ができるようになっている。日本では英国の迅速なワクチン接種について報道されることが多いが、実はこうした検査の拡大についても、変異株の早期発見や感染の再燃、そして、感染リスクの高い集団の洗い出しに大きな効果を上げているとの認識が英国の専門家の間で広く共有されているのである。

 イギリスでは変異株の発見と分析が非常に早く進められている。これは大きく拡大した検査ネットワークから得られるデータを専門機関の間で広く共有し、様々な機関が連携しながら機動的にゲノム分析等を進める連携体制(コンソーシアム)ができているからだ。

 また、感染拡大しつつあるエリアの把握もスピーディーに行われている。検査のネットワークで南アフリカ型やインド型の変異株が東・南ロンドンの貧困地域に広がりつつあることが早い段階で把握され、個別訪問による検査で感染者を洗い出して隔離する取組みが迅速に進められた。また最近では、変異株は子どもにも感染が広がりやすいことを踏まえて、学校での定期的な検査も進められている。

 これに対して日本では、検査件数が依然として1日15万件程度に留まるほか、検査データは広く共有されていない。特に、国立感染症研究所を中心とするヒエラルキーから脱することができず、オールジャパンの体制による変異株分析やコロナ対策充実のためのデータ活用にも遅れを見せている。

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