- 2021年05月23日 13:13
文学の手法を取り入れた医療『ナラティブ・メディスン』
1/2患者と医者はすれ違う。たとえばこんな風に。
医者「いつ頃から、お酒をたくさん飲むようになったのですか?」
患者「夫が亡くなってからです」
医者「それは何年前のことですか」
患者は腹痛を訴えており、医者は彼女のアルコール摂取量が多いことに気づいている。医者も患者も、腹痛と飲酒量の関係性を疑っているが、それをどのように聞こう/語ろうとしているのかが異なっている。
医者は深酒をしていた期間を聞こうとする一方で、患者は、なぜ深酒をするようになったかを、自分の人生の物語として語ろうとしている。
夫が生きている間は飲まなかったとか、夫の死後は苦労が重なったといった話をさえぎり、医者は、最終的に知りたいことを聞き出せるだろう。だが、患者が語りたいことは残されたままだ。
彼女は、自分のたった一つの身体に起きた異変に戸惑い、恐れ、不安に感じている。痛みや苦しみに耐えながら、なぜそれが、よりにもよって自分の人生に起きたのかを、なんとか説明しようとする。
医者はそれを、「病気だから」と片づける。そして病名を特定し治療を施すのが自分の仕事だから、質問に端的に答えることを求める。数ある症例の一つとして接し、医学的に意味のある情報だけを引き出そうとする。
ナラティブ・メディスンとは
医学的要素に還元された病歴、社会歴、身体所見、検査結果のどこにも、患者の人生は残っていない。痛みや苦しみを抱く感情は疎外されたままとなる。
『ナラティブ・メディスン』は、このやり方に異を唱える。患者の視点になり、患者の語ることに耳を傾けよと主張する。著者リタ・シャロンは医師であり、文学者であり、コロンビア大学のナラティブ・メディスン教育プログラムの創始者でもある。
「ナラティブ」とは「語り」のこと。語り手と聞き手、目的と筋書きを備えたストーリーとして定義づける。対話を通じて患者の物語を紡ぎ出し、全人的な診療を行うため、物語的な視点を取り入れる。
これに必要な能力のことを、ナラティブ・コンピテンス(narrative competence 物語能力)と呼んでいる。患者の病を物語として解釈し、その展開とともに患者の人生にとって何が起きるかを理解する能力だ。
そして、なぜその物語が生じたのかを、始め、なか、終わりの中で見定め、隠喩や修辞を用いて、出来事とのあいだにつながりをさがし、プロットを与える。
がんになった意味を見つける
例えば、ステージIVの乳がんを患う女性を考えてみる。
42歳で3児の母でもある彼女が、「どうしてこんなことが私に起こったのでしょうか?」と問うとき、それに答えられる人はいない。医学が答えられるのは、病気がどのようにして(how)起きたのかであり、なぜ(why)起きたのかではないから。
しかし、たとえ確かな答えがなくとも、彼女自身が自分の身に起きたことを理由づける物語を作り出すかもしれない。
過去の罪に対する罰と考えるか、不幸な偶然と見なすかによって、病の体験は全く違ったものになる。彼女は、病も含めて自分の人生を生き続けなければならない。そのために、人生におけるこの病の意味を見出さなければならない。
このとき、彼女に寄り添い、彼女自身の言葉を聞き、病を解釈するために、物語が必要になる。出来事を順序だてて述べ、登場人物の性格を描写し、起きたことの原因を探し、隠喩や修辞で意味を伝える。
彼女が、自分の人生の中で、病をどのように意義づけようとするか。それは彼女しか語れない。医師、看護士、ソーシャルワーカーは、彼女の物語に耳を傾ける必要がある。「聞く」という姿勢を見せない限り、語られることはないのだから。



