記事

「リベラルな国際秩序」を超えて――アメリカに生まれる新しい国際協調主義 - 三牧聖子 / 国際政治学

1/3

軍事覇権を求めなくなったアメリカ国民

2021年4月14日、ジョー・バイデン大統領は、20年にわたる「テロとの戦い」において、1つの画期となる決断を表明した。この日、バイデンは、2001年10月、ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)がアフガニスタン空爆開始を宣言したホワイトハウスの「条約の間」で演説を行い、「アメリカ史上最長の戦争を終える時だ」と宣言、アメリカ同時多発テロから20年を迎える9月11日までに、アフガニスタンの駐留米軍を完全撤退させると表明した。

アフガニスタンの安定の目処が立たないままの完全撤退については、共和党のみならず、政権内からも反対の声があがっていた。米中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官は14日の上院公聴会で、米軍が撤退すれば、同地域の軍事力低下につながると懸念を表明した。完全撤退は、こうした懸念の声を、バイデンが押し切るかたちで決定された。

こうした決定の背後にある考えが、「中間層のための外交(foreign policy for the middle class)」だ。2021年2月4日、バイデンは国務省で初めての外交問題に関する演説を行った。この演説でバイデンは、「アメリカは戻ってきた(America is back)」とうたい、同盟関係を修復し、世界にふたたび関与する意向を明確に示した。その演説が、「アメリカ第一」を高らかに掲げて、数多くの国際組織や国際協定に背を向け、同盟国間の協調を乱し、秩序を撹乱したドナルド・トランプ外交の否定を意識していたことは明らかだった。

しかし、バイデン外交には、トランプの「アメリカ第一」外交を引き継いでいる部分も多い。バイデンは演説の後半部で「中間層のための外交」と掲げ、今後は、「海外でのあらゆる行動について、アメリカの労働者家庭への影響を念頭に置かれなければならない」と宣言したのである。さらにバイデンはこのようにも言っている。アメリカが外交を重視するのは、何も世界のために正しいことをやろうとするからではない。むしろそれがアメリカの「赤裸々な利益」だからなのだ、と。

こうしたバイデンの考えは、世論を反映したものである。モーニングコンサルタント社の調べでは、バイデンによる発表の後、69%の回答者がアフガニスタンからの米軍の完全撤退を支持した。支持政党別にみると、民主党支持者では84%、共和党支持者でも52%が支持し、共和党支持者のうち反対は33%だった【注1】。アフガニスタンからの米軍撤退に関するこうした世論の背後には、より大きな世論の潮流がある。昨今のアメリカでは、アメリカはこれまで過剰に世界に介入し、自国を疲弊させてきたという批判的な意識が高まっている。

シンクタンク、シカゴ地球問題評議会が、2019年6月に行った調査では、「他国への軍事介入はアメリカをより安全にするか、それともその安全を損なうか」という質問に対し、「安全になる」と回答した人が27%であったのに対し、「安全にならない」と回答した人は46%にのぼった【注2】。

こうした数字は、アメリカ国民の戦争に関する考えが根本的に変化していることを示唆する。戦争のベネフィットよりも、コストに圧倒的な関心が向けられているのである。2001年9月11日の同時多発テロ以降、アメリカが世界各地で展開してきた「対テロ戦争」のコストを分析しているブラウン大ワトソン国際・公共問題研究所の「戦争のコスト」プロジェクトによれば、現在アメリカが対テロ作戦に従事している国は85カ国に及び、「対テロ戦争」の費用の総額は計6.4兆ドル(706兆円)にのぼる。「対テロ戦争」によって命を落としたアメリカ兵の人数は7,000人を超え、同盟国軍や地元民間人を含めた死者の総計は少なくとも801,000人にのぼる【注3】。

コロナ禍で変わる「安全保障」

2020年に世界に拡大した新型コロナ危機は、今日のアメリカが、もはや世界に向かってその強さを誇れる存在であるどころか、その社会保障制度に致命的な問題を抱えた国であることを露呈した。新型コロナの感染者・死者数ともにアメリカの数値は、突出してきた。2021年2月末には、感染による死者数は50万人を超えた。これは、第1次世界大戦と第2次世界大戦、ベトナム戦争の3つの戦争で亡くなったアメリカの戦死者の総数に相当する数である。

アメリカの突出したコロナ被害を背景に、民主党の進歩派議員たちは新しい国のかたちの模索を強めている。2020年の民主党大統領候補の指名争いでも善戦した上院議員バーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンら進歩派議員は、10%の軍事費削減を掲げている。この提案の意味するところについて、サンダースは次のように、「安全保障」に関する考えの根本的な変化を主張している。脆弱な社会保障制度しか持たないアメリカにとっては、いまや戦争よりも感染症の方が現実的な危機であり、国防費の増大よりも社会保障と国民生活の充実こそが、最大の安全保障政策である。パンデミックがアメリカ国民に教えているのは、国家安全保障とは、爆弾、ミサイル、ジェット戦闘機、戦車、潜水艦、核弾頭、その他の大量破壊兵器を製造することだけを意味するのではなく、むしろ、国民生活の向上こそが最大の安全保障であるということだ、と【注4】。

サンダースらの軍事費削減要求は、議会では少数派にとどまっている。しかし、一般国民にはサンダースらの問題意識は着実に浸透しつつある。進歩派議員たちの政策立案にも協力しているデータ・フォー・プログレスの世論調査によると、アメリカの有権者の56%が、コロナウイルス対策や教育、医療、住宅などに充てるために国防予算を10%削減することを支持し、削減に反対する人の27%を大きく上回る【注5】。

アメリカ国民にとって今、最も切実な安全保障上の課題は何か、巨額の軍事支出よりも社会保障の充実こそが、人々の安全に実質的に貢献するのではないかという進歩派の問題提起はますます社会で重要なものとして受け止められつつある。かつてアメリカに「社会主義がない」ことは、その豊かさや自由への誇りや優越感を伴って主張されることだったが、今日では、多くのアメリカ国民が「社会主義がない」現状に疑問と不満を募らせ、社会保障の充実を求めている。2019年5月のGallup調査では43%の国民が社会主義の考えに賛成した。1942年の25%からの劇的な上昇である【注6】。

あわせて読みたい

「ジョー・バイデン」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    元プロ野球選手・上原浩治氏の容姿に言及 コラム記事掲載のJ-CASTが本人に謝罪

    BLOGOS しらべる部

    06月17日 13:12

  2. 2

    菅首相のG7「はじめてのおつかい」状態を笑えない - ダースレイダー

    幻冬舎plus

    06月17日 08:40

  3. 3

    山尾志桜里衆院議員が政界引退を表明「今回の任期を政治家としての一区切りとしたい」

    ABEMA TIMES

    06月17日 16:55

  4. 4

    ほとんどの人が「延長は仕方ない」イギリスでロックダウン解除延期、なぜ感染再拡大?

    ABEMA TIMES

    06月17日 22:31

  5. 5

    知っているようで知らない、チョコレートの真実 - 多賀一晃 (生活家電.com主宰)

    WEDGE Infinity

    06月17日 14:56

  6. 6

    「日本の将来はよくなる」と思う18歳は9.6% 若者から夢や希望を奪う大人たち

    笹川陽平

    06月17日 09:19

  7. 7

    山尾志桜里氏「今回の任期を政治家としての一区切りにしたい」

    山尾志桜里

    06月17日 15:40

  8. 8

    維新は、野党第一党の座を争うためには候補者の数が少な過ぎませんかね

    早川忠孝

    06月17日 15:33

  9. 9

    低調な通常国会、閉幕へ。生産性を上げるためには野党第一党の交代が必要不可欠

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    06月17日 10:00

  10. 10

    東京五輪へ猪突猛進…日本国民猛反発でもバッハ会長が自信満々でいられるワケ - 熊谷 徹

    文春オンライン

    06月17日 14:47

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。