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マリエさんの枕営業告発が一瞬で話題から消えた2つの理由

マリエさんの衝撃の告発から1カ月がすぎた。当初はSNSやウェブで取り上げられたものの、すぐに話題にのぼらなくなった。コラムニストの河崎環さんは、その理由の一つとして「日本人には『みんなが共感できる被害者を選ぶ』という、集団主義的な選択指向性がある」と指摘する――。

「さもありなん」と誰も驚かなかった

モデルで実業家のマリエさんが、かつて大物芸人から「枕営業」の誘いを受けたことをインスタグラム動画で告白、話題となった。雑誌モデルとして人気が出、まだそれほど芸能界に馴染みのない18歳当時、出演していたバラエティ番組のMCである大物芸人に収録前に挨拶できなかったことから呼び出された酒席で、「やらせろ」と迫られたのだという。

国連が定める「国際女性デー」の8日、「HAPPY WOMAN AWARD 2021 for SDGs」の表彰式に出席したタレントのマリエさん
国連が定める「国際女性デー」の8日、「HAPPY WOMAN AWARD 2021 for SDGs」の表彰式に出席したタレントのマリエさん=2021年3月8日、東京都目黒区のウェスティンホテル(写真=時事通信フォト)

その場に同席していた、当時中堅で、現在はベテランとして人気を博す芸人は大物芸人の言動を咎めることもなく「いいじゃんいいじゃん、やりなよ」と煽ったと、マリエさんは主張する。その芸人に対してもマリエさんは「許さない」と語気を強め、枕営業を断った結果として大物芸人と親しい制作会社へ出向いて謝罪し、その番組への出演がなくなったとの顛末までが大きな話題となった。

悲しいことだが、世間はマリエさんが33歳の大人の女性になってようやく口にできたそんな15年越しの告発を聞いて、「ああ、あの黒い噂で引退した大物芸人ね、さもありなん」と誰も驚かなかった。枕営業、という言葉自体にも、「だって芸能界だものね」とすっかり耳が慣れてしまっていた。

だが、あえて当事者たちの当時の年齢、つまりMC芸人50歳、中堅芸人42歳、そしてマリエさん18歳という具体性をもってあらためて状況を想像すれば、それが我々の住む一般世間であればどれだけ醜悪でひとりの女性の人生を深く傷つけるに十分な出来事か、わかるのではないだろうか。それなのに、SNSは決してマリエさんへの共感に溢れているとは言い難い。

話題になったのは、たった1週間ほど

さらに、本来ならいわゆる「#MeToo」運動の典型とも言える、エンタメ業界の古典的で構造的なハラスメントに対する告発のはずなのに、この件への注目は1週間程度ですっかり失われ、他のセンセーショナルなニュースに取って代わられた。

引退した大物芸人は沈黙を守り、現在も活躍する芸人の事務所からは「事実ではない」と否定する声明が出され、材料が供給されないために報道が続かない。何より、週刊誌やウェブでいくつかの後追い報道はあっても、新聞やテレビで扱われることはなく、見事なスルーぶりに「むしろ変じゃない?」と違和感を口にする人もいる。

なぜマリエさんの告発は世間からも、マスコミからもスルーされるのか。考えるに、どうやら2つの理由がありそうなのである。

声を上げた人に向けられる批判的な目

ひとつ目のスルーの理由、それは有り体に言って、マリエさんがカナダ系のミックスで美人で都会育ちで優秀で裕福な家庭の出身ということだ。つまり世間が喜んで「かわいそうに」と肩入れするような典型的な弱者ではないのである。枕営業を断って日本の芸能界で仕事がなくなったからといって困窮などせず、ニューヨークのパーソンズという超有名アートスクールへファッションを学びに留学し、帰国後は自身のアパレルブランドを立ち上げた成功者である。

欧米での「#MeToo」運動がハリウッドの女優たちから始まったことを考えると、実績のない若手の頃に性的暴行やハラスメントを受けた女性が、のちに成功してから社会に告発するという流れこそがオリジナルだ。だが、どうも日本では「#MeToo」的なアプローチが広がらない、共感されないという特徴が見受けられる。

赤い紙の背景にMe too※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Neydtstock

もちろん日本人の多くが実名ではなかなか声を上げない、声を上げるような教育を受けていない、だから声を上げる人に対していちいち驚き、ましてその訴えの内容が性被害ということになるともはや「引く」という小動物のような精神性も要因だ。だがそれ以上に、「みんなが共感できる被害者を選ぶ」という、集団主義的な選択指向性は否定できない。

そして声を上げて「目立つ」ことへの反動として、SNSでは性被害を告発する女性に対して必ず、「必ず」、批判や歪んだ非難が生まれる。

「酒を飲んで酔っ払って(マリエさんがインスタグラム動画で飲酒しているように見えたため)、15年も前の話を告発するのか」
「無理やり何かされたならともかく、結局断ったんだからダメージないでしょ?」
「芸能界干されたのって、本当に枕営業を断ったことだけが原因かね?」
「近いうちに本を出すらしいよ。その宣伝のためにバズっておきたいんでしょ」

「そうは言っても美人でお嬢でしょ」

どうしてマリエさんの告発に共感が生まれないのか。マリエさんと同世代の女性に聞くと、「18の時にそんな目に遭うなんて、可哀想だなとは思ったんです。でもそうは言っても、マリエさんって美人だしスタイルいいし、お嬢ですよね」と言う。「大物芸人にも“選ばれて”誘われるくらい綺麗だから他にチャンスはたくさんあるし、実家が裕福なら芸能界でお仕事がなくなっても食べていけないわけじゃないし、だから自分としては共感のしようがないんですよね。えーそうだったんだ、って、そこまでで」

「共感」という感情は移り気で、主に被害感情と紐付いていることが多い。すると、自分と同じかそれ以上に傷ついていたり、痛めつけられている弱者に対しては容易に湧き上がる共感が、自分よりも多くのものや選択肢を持つように見える人に対しては湧きにくいのだ。共感こそが動力であるSNSでは、わかりやすい弱者ではない「美しくて賢くて強い」マリエさんは、被害者扱いされない。そしてむしろ普通より恵まれているがゆえに、反発的な感情が生まれて叩かれる、というわけなのである。

もう触れたくない人物

二つめのスルーの理由は、告発の相手が引退し「過去の人物」であること。「いまさら、寝た子(大物芸人の乱行)を起こさないでほしい」。特にテレビの世界にはそんな気持ちがあるのではないだろうか。いわゆる黒い噂とともにくだんの大物芸人が引退して以来10年。その間に、芸能界はもともと歴史的に長らく内包していたグレーさをいかにクリーンにするかを迫られ、内外から改善を進めてきた。

たとえば業界からの反社会勢力による影響力の排除や、芸能人に広がる薬物使用の摘発など。音楽関係者やタレントなど、たくさんの芸能関係者が薬物使用の疑いで逮捕され、またお笑い芸人が軽犯罪や闇営業や何らかの不正受給や税金の滞納やセクハラ発言などで大量に解雇・謹慎処分を受けてきたのがこの10年間だ。警察による刑事的な捜査はもちろん、「世間」による社会的な制裁も課され、芸能界にとって清潔さは生命線となった。

それは芸能界と密な関係を築きながら番組やコンテンツを制作するメディア側でも同じことで、長時間の過重労働に陥りがちな業界の労働環境の改善や、組織におけるハラスメントをなくす努力などが制作物そのものクオリティと同じくらいに重要視され、評価基準の一つともされてきた。ここ数年、表現の場で「コンプライアンス」なる言葉が一種の流行り言葉のように使われてきたことからも、コンテンツ制作に関わる人々が自分たちのありようを意識的に変えようと向き合い、新しくクリーンな発信を目指してきたのがわかる。

日本社会は、まだまだグレー

つまり、演じる側の人々にとっては何らかの「芸のこやし」と許容してきたような無頼な反倫理的行為、制作発信する側の人々にとっては「それが我らマスコミらしさ」と自負してきたような殺伐とした俗物性にメスが入り、静かな新陳代謝を伴いながら膿を出してきたのだ。

先の大物芸人の引退は、まさにそうした新しい時代が始まるきっかけであり、象徴でもあった。だからこそ「もう今さらそこに触れたくない」「せっかく片付けたのだから、過去のものにしておきたい」というのが、10年かけてクリーンアップを進めてきた人々の本音なのだろう。

だから、確かにマスコミは積極的に擁護もせず、「黙ってスルー」していても、その代わりにマリエさんを叱ったり責めたりすることもない。それが意味することとはつまり「沈黙は静かな同意」、口にしないだけの承認なのだ。

日本では、「被害者として共感されるのにも条件がある」。条件つきで告発を認めてもらえるような社会は、まだまだグレーだということである。

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河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
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(コラムニスト 河崎 環)

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