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超高齢社会の課題は認知症を早期発見する仕組みを確立すること - 「賢人論。」第138回(中編)黒川清氏


東京大学大学院医学系研究科で博士号を取得した黒川清氏は32歳で渡米した。その後、42歳でUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)内科教授に就任し、帰国後47歳で東京大学医学部教授、東海大学医学部長、政策研究大学院教授などを歴任。現在はNPO法人のシンクタンク、日本医療政策機構の代表理事を務めている。黒川氏は、超高齢社会を迎えている日本をどのように受け止めているのか、語っていただいた。

取材・文/盛田栄一 撮影/丸山剛史

現代の医学ではすでに進行したアルツハイマー型認知症しか発見できない

みんなの介護 黒川さんが代表を務めておられる世界のトップランクの日本医療政策機構では、海外の医療事情に関する調査・研究もされていらっしゃいます。それを踏まえて、日本が直面している高齢化問題をどのように考えているのでしょうか。

黒川 超高齢社会を「長寿社会」と捉えれば、日本社会の発展を喜ばしい状態であると考えることができます。しかし、単に寿命が延びれば良いという話ではなく、「健康寿命」をいかに延ばすかが重要。その際、危惧されるのが認知症です。2025年には、高齢者の5人に1人が認知症になるとの試算もあります。認知症は超高齢社会における最大の課題と言っていいでしょう。

認知症がなぜ重要課題なのか。それは、認知症を早期に発見する仕組みがまだ確立されていないからです。アルツハイマー型認知症は、脳内に「アミロイドβタンパク質」が蓄積することにより発症しますが、MRIによる画像診断でその蓄積が明らかになる頃には、すでに認知症がかなり進行していると見なければなりません。つまり、認知症と確定診断できるときには、もはや手遅れになっているケースが少なくありません。

みんなの介護 現在の医療では早期に発見することはできないのですね。アルツハイマー型認知症を発症してしまった場合、治療薬はあるのでしょうか。

黒川 私の知る限りでは、日本のエーザイと米国バイオジェンによる共同研究で、アルツハイマー型認知症の治療薬「抗アミロイドβ抗体」の臨床試験が行われています。すでに第Ⅲ相試験(薬の有効性や安全性などを最終的に検証する試験)まで進んでいるので、期待したいところです。

早期の発見・治療でQOLを可能な限り高水準で維持させる

みんなの介護 現在開発中ということは、現時点で治療薬はないのでしょうか。

黒川 アルツハイマー型認知症を完治させる薬はまだありません。ただし、病状の進行を遅らせ、認知機能の低下を抑止する薬はあります。例えば、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンに代表される「コリンエステラーゼ阻害薬」は、服用することで認知機能の改善が期待できます。また、メマンチンなどのNMDA受容体拮抗薬は、脳内のグルタミン酸の過剰な活性化を抑制し、神経細胞の保護を助けるのです。

また一概には言えませんが、認知症の症状を緩和するため、抑肝散(よくかんさん)や酸棗仁湯(さんそうにんとう)などの漢方薬が処方されることもあるようです。抑肝散は子どもの夜泣き・疳の虫に処方される薬で、神経の高ぶりを抑える効果があります。酸棗仁湯は神経を沈静化し、入眠しやすくする薬です。まだまだ壁は高く、道のりは長いですね。

いずれにしても、認知症は早期に発見して、早期に治療を開始することが重要です。それだけで、ご本人のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を可能なかぎり高水準で維持することができます。自分自身で記憶力の低下に気づいたり、親族の言動にそのような兆候が見られた場合には、新型コロナをいたずらに恐れることなく、物忘れ外来などの専門医をすみやかに受診されるようお勧めします。

認知症の治療効果が期待されている装置「ニューロフィードバック」

みんなの介護 「みんなの介護」でも認知症の予防に関する記事を紹介し、広くその重要性をお伝えしています。

黒川 認知症予防は大切です。例えば、ストレスを溜めないことやアルコール類を摂りすぎないこと、バランスの良い食生活に変えたり、毎日適度に運動したりすることも重要です。こうした普段の心掛けで認知症を予防すると同時に、生活習慣病の予防対策にもなるので健康寿命を延ばし、QOLをさらに高めることにもつながります。

認知症予防で私が注目しているのは、例えばイスラエルのベンチャー企業BestBrainが開発している、「ニューロフィードバック」という脳神経科学の手法を用いた認知症予防器具です。

被験者はヘッドギアのようなヘッドセットを頭に装着します。すると、ヘッドセットが感知した脳波の状態がタブレットなどの情報端末に伝送されます。その情報を基にディスプレイに明るさの補正がかかった映像が映し出されます。そして、それを見る被験者の脳が刺激されるという一連の流れで脳の状態をコントロールするというものです。脳の活動が好ましい状態になると画面が明るくなり、好ましくない状態になると画面が暗くなるなど、脳波と映像は常にリンクしており、映像側からポジティブフィードバックをかけることで、脳の状態が改善されていくのだそうです。

まだまだ開発段階ではありますが、実用化されれば、認知症予防だけでなく、認知症の治療にも効果があるのではないかと期待されている装置です。また、睡眠障害やPTSDなどにも有効かもしれません。

みんなの介護 高齢者の方でも、身体的な負荷なくできる点も魅力的です。実用化が楽しみですね。

認知症の人の街「ホグウェイ」

みんなの介護 認知症に関する海外の事例について、ほかにもご存じのことがありましたら教えていただけますか。

黒川 そうですね。例えばオランダには、認知症の高齢者を専門に受け入れるユニークな施設がいくつかあります。

そこでは個室ユニット型が基本。5・10人ずつで一つのユニットを形成して、入居者は個室で生活し、LDKや水回りはユニットで共有するスタイルです。中でも世界的に評価が高いのが、アムステルダム郊外にある高齢者施設「ホグウェイ」。「認知症の人の街」を目指した定員152名の大型施設で、居室は24のユニットに分かれ、Urban(都会派)、Homely(家庭的)、Cultural(文化的)などいくつかのライフスタイルが設定されています。つまり、ユニット内で価値観の近い人同士が暮らせるようになっています。

施設内にはワインや日用品が買えるスーパーマーケットやバーカウンター付きのレストラン、洒落た美容室などがあり、ほかにも映画鑑賞やクラブ活動のできる集会所のようなスペースなど、一つの街を施設内にそのまま再現させたような造りになっているのが特徴。ホグウェイに入居する人は、まるで自分の街で普段どおりの暮らしをするような感覚で、終の棲家での余生をまっとうできるというわけです。認知症の症状は生活環境によって大きな影響を受けます。認知症の人ができるだけご本人のライフスタイルを変えることなく暮らせることが望ましいと考えています。

わが国のグループホームもホグウェイをお手本にするなどして、できるだけ自宅で暮らしているような演出を心掛けてほしいところです。

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