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take a stand!

オリンピックの賛否を巡って様々な意見が交わされるようになりましたね。私は当然オリンピックに反対です。

さて、少し前に話題となった池江璃花子のツイッター発言ですが、私が興味を抱いたのは「私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません」の部分です。

「選手個人に当てるのはとても苦しい」。池江璃花子さん、東京オリンピック辞退を求める一部の声に胸中を明かす
https://www.huffingtonpost.jp/entry/tokyo_jp_6095e0a8e4b0aead1b83d4b7

さて、彼女は本当に「何も変えることができ」ないのでしょうか?

少し、過去を振り返ってみましょう。1968年のメキシコオリンピックのことです。当時、ベトナム反戦運動に加え、黒人差別に抗議する動きが活発でした。キング牧師やマルコムXのような運動指導者が暗殺され、共和党大統領候補ニクソンが「法と秩序」という言葉で、運動とその参加者を暴動・暴徒として印象付けようとした時代*1です。

アメリカの陸上競技代表トミー・スミスとジョン・カーロスは抗議運動への共感を公言していました。しかし、IOCやアメリカ選手団指導者らはそれらの動きを「オリンピック憲章に反する政治的行為」とみなし、競技時にアピールすることを掣肘していました。競技中のアピールは世界中への波及効果があるからです。
しかし、再三の警告にも関わらず、スミスとカーロスは100m走で1位と3位を獲得し、そして表彰台に上がると、黒い革手袋を一つずつ嵌め、拳を突き上げました。ブラックパワー・サリュートと呼ばれる、運動への共感をアピールする行為です。二人はオリンピック憲章に反した、としてメダルをはく奪、オリンピックの場から追放になり、そればかりかその後の参加資格も失いました。
二人の名誉が回復されたのは、つい最近のことです*2
しかし、私がここで言及したいのは、この二人だけでなく、2位であったピーター・ノーマンです。

ノーマンはオーストラリアの陸上選手で、見事2位を獲得します。そして、スミス達が表彰台でのアピールに及ぼうとしていることを知った彼はスミス達にこう呼びかけます。
「(運動を象徴する)「人権を求めるオリンピック・プロジェクト」バッジをくれないか?」
そして、彼は運動に共感を示している、という証であるバッジを付け、スミス達と共に表彰台に立ったのです。あからさまではないにせよ共感を示すアピールでした。

ノーマンの行為は白豪主義が色濃く残るオーストラリアで問題視され、彼は結局その後オーストラリアの陸上界で干されることになります。しかし、彼から陸上競技を奪う事になった“あの行為”を悔いた事は無い、と生涯語っていました。

2005年、カリフォルニア州立大学サンノゼ校にスミスらのブラックパワー・サリュートを記念した銅像が造られました。しかし、そこにはノーマンの像はありません。
ノーマンは評価されなかったのでしょうか?そうではありません。ノーマンは像が造られる際、自分の像を置かず、ある言葉を刻むよう求めていました。その言葉とはこうです。
「ピーター・ノーマンは 共に立った どうかあなたも ここに立ってほしい」
差別を無くすこととは“ここに立って”始まります。現在のBLMに連なるムーブメントにおいて、多くの人がノーマンのように“ここに立って”きました。

アスリートもまた同じです。
「競技に力をいれるべきであって、政治的な意見はいかがなものか」というような考えが、特に日本では色濃く伺えます。

しかし、アスリートも市民であり、民主主義を支える一人です。それに対して政治的な発言をさせない、または中立であることを望む、というのはどういうことを意味するのか。それは、現状を否定するな、という極めて政治的な態度なのです。
なので、その国の政権は国威発揚や政権支持の手段としてスポーツやアスリートを利用します。
一番良い例が旧共産圏でしょう。国ぐるみのドーピング等の不正まで用いたスポーツは自国の力を内外に示すと共に、選手はアイコンとなり統治の手段として使われました。

日本も旧共産圏ほどではない?にせよ、国威発揚と国民統合、政権支持手段としてスポーツを用いてきました。未だにそれを利用しようというのが、今回の東京オリンピックの遠因でしたが、その目論見は無残に崩れつつあります。

日本のスポーツ選手*3は、その育成環境もあって、極めて保守的で権威に服従することが内面化しています。引退後に政界入りする多くが自民党であるのもその現れです。橋本聖子を始めとして、その手腕では無く“客寄せパンダ”(全国的知名度による集票の目玉)として振舞います。
古くは小野清子ら、そして今のままなら池江璃花子もそれに連なるのでしょう。

ですが、世界的に見ればアスリートが政治的態度を明確にすることは珍しくなくなりました。
大坂なおみはBLMに共感していることをコートの上でも表明しています。それは、むしろアスリートの誇りともなっている。自分の影響力の大きさを自覚し、世界的な問題解決に取り組むよう訴える彼女は「なにもできない」存在などでは到底ありません。

かつては、アスリートは政治的アピールによって逐われました。現在も政治的アピールを良しとしない人々もいますが、圧倒的な支持が寄せられることにより状況は変わりつつあるのです。

池江璃花子が「なにもできない」とは、私は思いません。積極的にオリンピック開催を推す意志を示した、と考えるべきです。ではなく、本当に「なにもできない」と考えているのであれば、そんなことはない、と伝えましょう。
彼女は出来るし、自分の意思をハッキリと示すべきなのです。

最後に改めてノーマンの言葉を。

「誰もがこの場所にのぼって、そこで自分たちが信じるもののために立つことができるんだ」

では。

参考:
◎「映像の世紀」が示した人種差別とのたたかい(トヨタで生きる)
http://toyotaroudousya.blog.fc2.com/blog-entry-3655.html

「take a stand」1968年10月17日、メキシコ五輪
https://note.com/booksplug/n/n2bd576016e64

20. 白人選手のブラックパワー・サリュート【オリンピックの歴史を知る】(笹川スポーツ財団)
https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/history/olympic/20.html

敬称を略しました。

*1:これは、後にトランプにも利用されました

*2:大会では女性アスリートもアピールしていましたが、ほとんど扱われませんでした。現在にも続く、差別解消の動きに反する女性差別でもあります 歴史に埋もれた人類初記録 女だから?称賛も注目もなく https://www.asahi.com/articles/ASP2S6GRWP23UHBI00V.html

*3:彼らはアスリートではなく、“選手”と呼ぶのがふさわしい

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