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モンデール元副大統領と日本(上)激烈な日本批判

講演する故ウォルター・モンデール元副大統領(2013年9月24日 ワシントンD.C.) 出典:Win McNamee/Getty Images

古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

【まとめ】

・モンデール氏が死去。日米関係史の特異な断面を蘇らせる。

・「日本に強硬な圧力を」激烈な日本批判の一方、具体的政策も提起。

・「駐日大使」超える日本との独特の関わり。バイデン政権にも通じる。

アメリカの元副大統領のウォルター・モンデール氏が4月19日、亡くなった。モンデール氏は日本でも広く知られていた。1993年から3年余り、日本駐在の大使を務めたことが大きかった。

しかしモンデール氏は1977年1月からの民主党ジミー・カーター大統領の下では副大統領だった。その後、1984年の大統領選挙には民主党候補に選ばれた。共和党の現職ロナルド・レーガン大統領に正面から挑戦した。

モンデール氏は副大統領になる前は長年、上院議員だった。その政治歴は単に日本駐在の大使だったという次元をはるかに超えて、アメリカ国政の中枢、トップで長年、活動してきた著名な政治家だったのである。

モンデール氏はミネソタ州ミネアポリスの自宅で病死したという。93歳だった。彼の死を伝える記事は日本の主要メディアにはすべて掲載された。ひととおり目を通したが、そこに書かれた彼の政治歴は「クリントン政権の駐日大使として米軍基地縮小問題に取り組み、米軍普天間飛行場の日本への返還合意に尽力した」という程度だった。日本側のどのメディアでも同じだった。

しかしモンデール氏は実際にはもっとずっとスケールの大きい政治家だった。上院の有力議員として、さらに副大統領として、また民主党の大統領候補として、アメリカの政治の主舞台で国政を根幹から揺るがすような活躍をしてきたのだ。私はこの間のほとんどワシントン駐在の記者としてモンデール氏の動向を考察してきた。

私はしかもモンデール氏とは1対1で率直な会話を交わしたこともあった。彼は意外な形で単に日本駐在の大使という水準よりは高い次元で日本との独特のかかわりを持ってきたのだ。その事実はモンデール氏の逝去を伝える日本での報道ではまったく伝えられなかった。

だから私がいまここでモンデール氏への追悼をもこめて、その話を伝えたいと思う。大げさにいえば、数の少ない歴史の証人ということにもなろうか。日米関係の歴史の特異な断面をよみがえらせることともなるだろう。

私はモンデール氏の政治的言動のなかで、少なくとも2つ、日本にかかわる事例を決して忘れたことがない。しかもそうした事例について私はモンデール氏自身と直接に話しあう機会を得たのだった。

その第一はモンデール氏の激烈な日本非難だった。

カーター大統領の副大統領を務めたモンデール氏は1980年の大統領選では現職として共和党のロナルド・レーガン、ジョージ・W・H・ブッシュ正副大統領候補と戦った。だがカーター・モンデール組は敗北した。

カーター政権はソ連にアフガニスタン大侵攻を許し、イランにアメリカ人外交官を1年間も人質にとられた。アメリカ経済は不況をきわめるという不始末だった。だから国民の多数がカーター批判を強めていた。

そこで登場したのがレーガン大統領だった。リベラル派のカーター氏とはがらりと異なる保守派だった。のちに大統領となる先代ブッシュ氏を副大統領として、ソ連に対しては厳しい対決の姿勢をみせ、国内経済では大胆な規制緩和や減税を実施して実績をあげた。

▲写真 1984年の大統領選挙の前日、カリフォルニア州議会議事堂での集会で演説するレーガン元大統領 出典: © Wally McNamee/CORBIS/Corbis via Getty Images

そのレーガン大統領に1984年に民主党を代表して闘いを挑んだのがモンデール氏だった。

この年の選挙キャンペーンも私は当時、毎日新聞ワシントン特派員として最初から最後まで取材にあたった。共和党や民主党の全国大会にも足を運び、各州の世論の状況も再三、調査した。

そのときのモンデール候補の一貫した演説の主題が「日本」だったのだ。しかも「日本叩き」と呼ばれるような激しい攻撃だったのである。

その当時のモンデール氏の日本非難は以下の骨子だった。

「日本はアメリカに自動車など多種の製品を不当に大量に輸出して、アメリカの産業界を破壊している。一方、日本は自国市場は不当に閉鎖してアメリカ製品を締め出している。このままではアメリカ人の次世代は日本に経済制覇され、日本企業の所有する工場の床の掃除をさせられることになる」

モンデール氏は上記のような発言を繰り返し繰り返し、大声で叫ぶのだった。私はそれ以前とそれ以後の大統領選挙を何回もみてきたが、「日本」がこれほどの主題となったことは一度もなかった。1984年の時点でのアメリカにとっては日本との経済関係は国家構造の根幹を揺さぶるほどの重大課題だったのだ、ということだろう。

日米関係は1970年代末から80年代にかけて、経済面での摩擦を深めていた。当時の日本の産業界は日の出の勢いだった。官民一体の産業政策が花を咲かせた形で工業製品は全世界でも最高の品質、しかも廉価な品目が全世界で人気となった。だがその多くはアメリカの巨大市場へと輸出された。

モンデール氏は現職のレーガン政権の対日政策をも非難していた。共和党のレーガン政権は経済面での日米間のトラブルを重視せず、厳しい制裁の措置をとらない、という非難だった。

アメリカでは伝統的に外国からの輸入品で自国産業が被害を受けるという認識は労働組合がまず提起して、抗議の声をあげるのがパターンだった。民主党はその労働組合との絆が歴史的に強かった。この現状はいまのバイデン政権下でも変わらない。だから民主党リベラル派のモンデール氏が日本非難や、その日本に厳しく当たらない共和党政権への非難を声高に叫ぶのは予期されたことだったともいえる。

▲写真 モンデール元副大統領とバイデン副大統領(当時)(2015年10月20日 ジョージ・ワシントン大学) 出典:Mark Wilson/Getty Images

実際に日本の産業界はアメリカに対して、最初は繊維製品を大量に輸出して、米側の業界から反発された。その反発がアメリカ政府に反映され、日本への抗議や圧力ともなった。1960年代だった。

その後は1970年代から80年代にかけて日本の電気製品、鉄鋼、そして自動車と、アメリカ市場への工業製品の大輸出は洪水のように激増していった。その結果、日本の経済が活気を呈し、日本の国家や国民が繁栄した。

アメリカでは対照的に競合する産業界が衰えをみせた。日本の「経済侵略」に不満をぶつける動きも広まった。アメリカ議会などではその日本の経済攻勢を日本の防衛面での消極性と対比して、「防衛のただ乗り(フリーライド)」と批判する声も起きた。

こうした日米経済摩擦の極端な断面を象徴したのがモンデール氏の1984年の大統領選挙での演説内容だったのだ。一般有権者向けのキャンペーンで日本を最大のテーマとして、日本への抗議や警告を語り続けたのだった。

その発言は単に日本叩きではなく、具体的な政策をも提起していた。

「アメリカの財政や経済の悪化の原因の多くは日本に由来している。日本に対してもっと強硬に圧力をかけて、より健全な貿易関係を日米両国間にもたらす協定を結ぶべきだ」

(中につづく)

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