- 2021年05月06日 11:36
「経済を優先した時に人は何を失うのか」 失踪外国人実習生の苦悩を通して日本社会を描く映画『海辺の彼女たち』藤元明緒監督インタビュー
1/2ベトナムから外国人技能実習生として日本を訪れた後、過酷な職場を脱走し"不法就労者"となった女性3人の運命を描いた映画『海辺の彼女たち』。
実際の技能実習生失踪問題を背景に、入念な取材のもと圧倒的なリアリティで物語を紡いだのは、前作『僕の帰る場所』で第30回東京国際映画祭「アジアの未来部門」で2冠受賞するなど、アジアを中心とした映画製作に力を入れる藤元明緒監督だ。

現在、全国順次公開中の『海辺の彼女たち』は技能実習生として来日後、過酷な労働環境に耐えかねて職場から脱走したベトナム人女性3人の視点を通して、"脱走した後"の現実を描く。同じく日本で暮らすベトナム人ブローカーのつてで、雪深い港町で働き始めるものの、不法就労者となった彼女たちは不安と恐怖と隣り合わせで生きることに。やがて、1人の身の上に起きたある変化をきっかけに、大きな選択を迫られることになる。
日本で働く外国人から「SOSのメール」を受け取ったことが、製作のきっかけとなったと話す藤元監督。在日外国人労働者の問題だけではなく、「生きるとは何か」、「経済を優先させた時に、人は何を失うのか」という問いを観客に投げかける今作に込めた思いを聞いた。

「逃げ出したい」実習生から送られてきたSOSが映画製作のきっかけに
前作『僕の帰る場所』(2018年)で在日ミャンマー人の移民問題を取り上げた藤元監督は、公開前の16年、ミャンマー人の妻と一緒に行っていた日本の情報発信活動をきっかけに一通のメールを受け取った。
差出人は日本で技能実習生として働くミャンマー人女性。「朝から晩まで働かされて、逃げ出したいけれどもどうすればいいでしょうか」と悩みが綴られていた。
「支援団体などにも連絡し支援を試みましたが、最終的に彼女からの連絡は途切れ、その後どうなったのかが分からなくなってしまいました」
この出来事をきっかけに藤元監督は、日本の外国人技能実習生とその失踪後を映画で描くことを決意する。
19年3月に脚本の執筆を開始。半年以上かけてベトナム人支援シェルターに通うなどして取材を重ねていった。
作中では「技能実習生の過酷な労働現場」よりもむしろ、不法就労者となった主人公たちが不安を抱え、在日ベトナム人コミュニティの中で生き抜こうとする様子が細部にわたり映し出される。藤元監督は「ドキュメンタリーという手法では追いかけることができない不透明な部分を描きたかった」と話す。
「取材する中で、日本の過酷な労働環境から逃げ出した人たちの"その後"というのは一番表に出ない部分だと感じていました。日本のルールや制度から一度外れてしまった人というのは、ともすれば『勝手に日本に来て』という言葉で攻撃されることもある。それだけではなく、彼女/彼らのことを人間として感じてほしいという思いがありました」
技能実習現場の"ひどさ"を直接描かなかったワケ

『海辺の彼女たち』は主人公ら3人が過酷な職場から逃げ出して地下鉄に乗り込む場面から始まり、主に彼女たちを含むベトナム人コミュニティの物語、視点で映画は進行する。脱出のきっかけとなった「実習現場における労働環境のひどさ」を直接描いているカットはない。
藤元監督は「日本の"ひどさ"を描くのではなく、あえてベトナム人コミュニティ内のやり取りを描くことに絞った」と話す。
「取材の中で日本の技能実習現場に関するいろんな状況を聞きましたが、そのひどさというのは多種多様です。その中のひとつを切り取って伝えるよりも、彼女たちが生きている時間を伝えたかった。登場人物の心情や行動の中から、何かを探してほしいというのが作り手としての願いです」
主人公たちが作中で置かれる立場は、就労ビザを持たない"不法就労者"という日本の法律に反する存在である一方、逃げざるを得ず、誰からも救いの手を差し伸べられない社会的弱者でもある。
「"不法"という言葉だけで彼女/彼らの存在を捉えてしまうと、問題をその枠でしか判断できなくなってしまいます。でも、彼女/彼らは同じ人間であり、なぜそういう立場に追いやられてしまったのかという背景を考えることが必要です。そのために、こだわったのはリアルに撮るということ。映画だけの物語ではなく、もしかしたらこう言う人たちが隣にいるかもしれないと考えられるような映画体験を目指しました」
「ベトナム人はこんな台詞は言わない」 台本を渡さず議論重ねた撮影現場

『海辺の彼女たち』の圧倒的なリアリズムを支えているのは、取材に裏打ちされた脚本に加え、出演俳優たちとの議論を繰り返すという撮影手法だ。
藤元監督は今回、大まかなストーリーや必要最低限の台詞だけを俳優に伝え、台本は渡さなかったという。登場人物が何を思い、どう行動するかを撮影現場でディスカッションしながら考え、本番で俳優が発した言葉を汲み取るという手法を導入した。
主演のホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニューの3人は実際の技能実習生と同じように日本語学校に通うなどして役作りを行った。そんな俳優陣からは時に「ベトナム人はこういう台詞は言わない」などの指摘があがることもあった。藤元監督はそれらをひとつひとつ映画に反映させていった。
「撮影を通してベトナムからきた主演3人の感情や思いをすごく学ぶことができました」と藤元監督は振り返る。
「例えば冒頭、地下鉄に乗って主人公たちが実習現場から逃げるシーンの撮影も、演じた3人とどう言う気持ちなのかなどを話し合いながら進めました。もともと台本には『電車に乗る3人』という説明くらいしかありませんでしたが、撮り続けている間に俳優たちは涙を流し始めました。フィクションの世界ですが、実際に逃げる人の表情とはこうではないのかというのを目の当たりにした気がします」



