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「体育会系」は自己啓発好き?社会学者・牧野智和さんに聞く、スポーツと自己啓発が結びついた理由【スポーツぎらい・第6回】

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この連載は、6人に1人(※スポーツ庁調べ)いると言われている「スポーツぎらい」な同胞の思いを勝手に背負い、専門家の方々の力をかりながら、われわれをスポーツぎらいにした「犯人」を捜していく反体育会系ノンフィクションである。部活動? 体育教師? 体育会系のおじさん? ナショナリズム? ジェンダー? 「犯人」はいったいどこにいるんだろうか。

「イチローだって、3割しか打たないんだから。7割は失敗しているんだよ。あなたもチャレンジしなきゃ」

世の中には、イチローから人生訓を引き出し、若者に説教をするおじさんというのが一定数いるように思う。学校で、職場で、あるいは居酒屋で、イチローの話を私は何度も聞いてきた。

ああ、この人もイチローの打率で人生語っちゃうタイプか、と心のシャッターをすぐに下ろす。あとの会話は消化試合だ。選手としての彼は素晴らしいが、その打率と人生とを比べるのは無理筋ではないだろうか。スポーツを都合よく利用した自己啓発的な言い方を、私は苦々しく思っている。

一方で、スポーツの中にある自己啓発的な部分についても嫌だなと感じてきた。これは私の個人的な体験に基づく。私は高校生のとき、テニス部に入っていた。そこでは、ノートに1ページ以上は日誌を書き、毎日コーチに提出する決まりがあった。コーチは「“頑張る”じゃなくて“顔晴る”だよ」などというタイプでもあった。この自己啓発的なノリが非常に苦手だったのだ。

Getty Images

というわけで、「夢は叶う!」などといったタイトルの本をスポーツ選手が出版していて、しかも書店でそれがずらりと並べられている様子を見ると、ちょっと嫌な感じがするなぁと思うのだ。私の「スポーツぎらい」の一因はここにもあるのではないだろうか。

第6回の今回は、「自己啓発とスポーツ」をテーマに、『日常に侵入する自己啓発』の著者で、社会学者の牧野智和さんに話を聞いた。同書では「自己啓発書」を、「自分自身を変えたり、高めたりすることを直接の目的とする書籍群すべてを包含して総称する」と定義している。

「自分自身を変えたり、高めたり」する自己啓発は、「より速く、より高く、より強く」を目指すスポーツと、息の合った名コンビのような気がする。果たしてどのような関係があるのだろうか。

(本インタビューは2020年3月に行われました)

◇スポーツ×ビジネスの歴史

――今日は自己啓発とスポーツとの関係についてお聞きしたいです。スポーツ選手の活躍と、自己啓発はなぜ結びつけられやすいのでしょうか。

結びつけられやすいかどうかはちゃんと調べてみる必要があるとは思うのですが、もしそうなのだとしたら、まず素朴にいって、スポーツ選手の活躍というものが今の世の中で「努力と成果」の関係をもっともわかりやすく目の当たりにできる事例だからではないでしょうか。

また、メディアがそうした努力と成果が結びつくプロセスをかなりの頻度で物語として示すために、教訓としても受け取りやすい。ですが、スポーツ選手個人と、自己啓発とがあからさまに結びつけられるようになったのは、最近の傾向であると思っています。

――そうなんですか? あまり主流ではないと。

スポーツ選手による本(実際は自分で書いていなくても)というのは昔からあるのですが、そうした本は自伝的な内容のものが多いです。現在においても王道だと言えます。

例えば、1965年のベストセラーである金田正一『やったるで!』(以下、敬称略)は、その生い立ちや野球人生で起こったことを綴ったものです。例えば、金田が国鉄スワローズから読売ジャイアンツに移籍して初めてマウンドに立ったとき、長嶋茂雄に声をかけられ、王貞治もにっこり笑っていて、そんな二人から「よし、やったるで!」と気合が入った、というようなエピソードが臨場感たっぷりに描かれていくという感じです。

この本には特に、「こういうときには、こういうことをしろ」といった教訓めいたものはあまり出てこず、ただその「生きざま」が描かれているという感じです。もちろん、こうした生きざまをみて啓発されることはあると思うのですが、それは読み手の問題で、自伝的な本そのものには教訓めいたものはあまり書かれていないわけです。

共同通信社 長嶋茂雄選手(左)、王貞治選手(右)と写真に納まる巨人・金田正一投手=1969年11月、西宮球場

――スポーツ選手本の王道は自伝であると。スポーツと自己啓発が結びつけられたのはどのあたりからなのでしょうか。

徹底的に調べたわけではありませんが、例えばプロ野球草創期の代表的な監督といえる水原茂や三原脩の著作を見ると、その時期からビジネスとスポーツとを結びつける視点はあるようにみえます。プレイヤー目線よりも、マネージャー目線の方から、結びつけがまず進んだと考えることができそうです。

例えば1963年に出た水原の『勝負師の新兵法』には、当時野村証券株式会社社長だった瀬川美能留が序文の言葉を寄せています。1963年の時点で、野球監督のふるまいに、ビジネスのトップが自分の仕事を重ね合わせたり、教訓を引き出そうとしていたわけです。

三原の『勝つ――戦いにおける「ツキ」と「ヨミ」の研究』(1973年)でも、「シーズンオフになると、よく頼まれて会社などへ話をしにゆくことがある」と書かれています。

ただ、三原の『勝つ』を実際に読んでみると、次に紹介する川上哲治が新人の頃のエピソードが書かれているのですが、投手としては大成するように思えなかったのでコーチに「どや、打者にしてみたら」なんて提案してみたらうまくいった、くらいのことしか書かれていません。だから、スポーツとビジネスの結びつきは本の中身からはあまりはっきりと観察できません。

1982年には、読売ジャイアンツを9年連続日本一に導いた川上による『悪の管理学――かわいい部下を最大限に鍛える』がベストセラーになります。これはかなりはっきりビジネス書に近い内容になっていて、マネージャーには「組織の最大限の力を引き出す義務」があると始まって、整然とした組織論がそのあとに展開されていきます。

このあたりから、スポーツ監督の考えと、ビジネス・マネージャーの考えが明確に並べて考えられるようになります。これはこの本だけの傾向だけではなく、広岡達朗『わが教育野球学――組織のパワーを結集する法』、野村克也『敵は我に在り――危機管理としての野球論』など、この時期の名監督の著作においてもみることができる傾向です。

この時期は、ビジネス雑誌でもスポーツの監督が取り上げられるようになった時期でした。当時の『PRESIDENT』や『Will : 中央公論経営問題』(1991年廃刊)といったビジネス誌の表紙を見ると、それまではメザシの土光(土光敏夫)のような有名な経営者や財界人の写真が主でしたが、80年代になると彼らに混ざって、長嶋茂雄や森祇晶、上でも名前を出した広岡、野村などのプロ野球監督がマネージャーのモデルとして出てきます。

さらに織田信長や武田信玄のような戦国武将、劉備玄徳や諸葛亮孔明などの三国志の人物まで登場するようになる。財界人、野球監督、歴史上の偉人などがごちゃまぜになって、ビジネス・マネージャーとして等価なものになっていた時期だといえます。

ビジネス誌の世界にアスリートなどが登場したのは、80年代からだという Pixabay

そもそも、70年代までは労務管理のような硬いハウ・トゥをやってきた『PRESIDENT』、『Will : 中央公論経営問題』の前身誌である『別冊 中央公論経営問題』のようなビジネス誌が、80年代になって「人をどう動かすか」のような柔らかいハウ・トゥに、しかもこうした「人物モノ」になっていったという「ビジネスマンにとって必要な知識・教養」の変化がこの背景としてありました。ただ、ここで言及されるのは基本的にマネージャーまでであって、プレイヤーではありませんでした。

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