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特別リポート:コロナ禍とCO2、炭素循環を極めた女性科学者


Maurice Tamman

[ノリッジ(英国) 26日 ロイター] - カナダのケベックで生まれ、「炭素循環」の研究者として知られるコリーヌ・ルケレ氏は、ロイターのホットリストの上位にランクされた。世界で最も影響力のある環境問題の科学者1000人を取り上げたこのリストで、女性の割合は7人中1人にも満たない。男性が多数を占めるこの分野で性差別を目の当たりにしてきたルケレ氏は、粘り強く奮闘してきた。

2020年3月、ルケレ氏は自宅の仕事部屋に閉じこもっていた。彼女が暮らす英国は新型コロナウイルスの感染拡大でロックダウン(都市封鎖)中。通りに人影はなく、世界は停止していた。その不気味な静けさの中で、気候科学を専門とする彼女は知りたいと思った。これは二酸化炭素(CO2)の排出量にどう影響するのか、人類が引き起こす気候変動そのものにはどう作用するのか。

同僚が電話をかけてきた。ジャーナリストからも問い合わせがあった。

「この質問に答えられないのは、とても恥ずかしいことだった」と、ルケレ氏は振り返る。「私の研究分野であり、当然の質問であることは明白なのに、その答えが分からなかった」

彼女はそのころ熱を出していたものの(コロナを疑ったが感染の有無は今も不明)、6カ国13人の科学者からなるチームを動員。経済活動が縮小し、化石燃料の燃焼が減ったパンデミック(感染症の世界的大流行)下のCO2排出量を把握しようとした。最初にメールを送ったのは3月中旬。25日後にはデータを収集・分析し、論文を提出した。慎重な科学の世界では途方もない早業だ。

論文は5月17日、英科学誌「ネイチャー」に載った。4月のある日にCO2排出量が17%減り、2006年時点の水準に達したという内容は世界でトップニュースになった。しかし、ルケレ氏が論文を更新し、2021年3月に発表したものによると、2020年通年ではわずか7%しか減少していなかった。

気候変動という巨大で過酷なものに対し、パンデミックによる経済活動の停止効果は一時的なものということが証明されてしまったのかもしれない。地球温暖化の一因であるCO2排出量を削減するためには、車の運転や旅行を控えて家にいるという行動上の変化だけでは限界があることが、ロックダウンで鮮明となった。

ルケレ氏は言った。「これほど残酷な変化があったのに、17%しか減らないとは。たった1日。冗談でしょう?」

<キュリー氏の影響>

この論文に限らず、ルケレ氏の人生は予期せぬことが起きてはそれを受け入れることの繰り返しだった。たとえばカナダの大学時代。小さな学校に通う彼女が、希望する学部の選択申請に間に合っていたら、今ごろ体育の教師をしていたかもしれない。

結局、彼女が歩んだのは科学者の道だった。ロイターが発表したホットリストでは女性の中で4位、全体でも53位と、トップに近い位置に着けている。

リストに載った科学者1000人のうち、女性の割合は7人中1人未満。ルケレ氏は男性が大半を占めるこの分野で、ささいな、あるいはその程度にとどまらない性差別にずっと悩まされてきた。だが、粘り強く奮闘している。大気や海洋、陸などの間を炭素が移動する炭素循環の仕組みについて、これほど詳しい科学者はほかにいない。彼女は、CO2が地球の未来にとって持続不可能なレベルに達しつつあることを実証した。

それでもルケレ氏いわく、「一定の年齢とタイプに該当し、かつ非常に自信に満ちた」白人男性に囲まれることは、必ずしも容易ではなかった。

スウェーデン王立科学アカデミーのゴラン・ハンソン事務局長は、科学分野における女性の割合は依然として非常に低く、特に物理学や数学においてはその傾向が強いと指摘する。

たとえば女性の物理学教授は、英国で全体の約10%、米国とドイツでは約16%にとどまる。ノーベル賞を受賞した女性は、化学賞が7人、物理学賞は4人しかいない。そのうちの1人、ポーランドの伝説的な女性科学者マリー・キュリー氏は100年前、ポロニウムとラジウムという放射性元素の発見で化学賞を受賞、放射能に関する研究で物理学賞を共同受賞した。

「刺激的なロールモデルが必要だ」と、ハンソン局長は言う。「若者が将来どの分野に進むかを決める時、とても助けになってくれる。その意味でも、キュリー氏の重要性を過小評価することはできない」

ルケレ氏(54)はキュリー氏の現代版だ。科学の世界で活躍してきた彼女はその研究を政策に生かし、欧州の2つの大国で首脳の顧問を務める。フランスでは高等評議会議長としてCO2排出量削減の取り組みを監視し、化石燃料からいかに脱却するか、その手法を提案する役割を負う。英国では気候変動委員会に所属し、2050年までに排出量を実質ゼロにする計画が議会で採択された。

<体育教師になり損ねる>

今のルケレ氏は仕事で世界を飛び回る。英国籍を持ち、カナダとフランスのパスポートを所持している。しかし高校卒業時の1984年、彼女はやりたいことが決まらないまま漂流していた。フランス語圏のケベック州ガティノーの自宅近くにある小さな大学の一般教養課程に入学したが、焦点が定まっていなかった。2年目の終わりが近づくにつれ、何をすべきかが分からなくなっていた。

「子供のころ、スポーツをすることが多かったので、体育学部に電話してみた。『よし、体育の先生になろう』と思ったのだけれど、『(申請の)締め切りは昨日だった。来年またおいで』と言われてしまった」

彼女は気まぐれに、モントリオール大学の物理学科に電話をかけてみた。高校時代、物理が一番好きな科目だったからだ。

「ああ、歓迎しますよ、誰でも受け入れますよ、と言われた」

それが科学者としての旅の始まりだった。最初の夫との間にもうけた娘を育てながら、助手として働いていたプリンストン大学で、1990年代後半に天職と出会った。CO2が海洋や陸で摂取・貯蔵され、大気中に放出されるまでの物理的・生物学的プロセスである炭素循環の研究に打ち込んだ。

ルケレ氏は博士号取得のため、1996年に家族とともにプリンストンからフランスのパリへ移った。翌年にはオーストラリアのケアンズで、中国の大気に含まれるCO2を研究している科学者の会議に出席。炭素循環論について発表した。

そこには気候科学者のコリン・プレンティス氏も参加していた。同氏は当時、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2001年に発表を予定していた第3次評価報告書の中で、炭素循環に関する章の執筆を担当することになっていた。IPCCの報告書に炭素循環の章が設けられたのは初めてのことであり、「非常に画期的だった」と、プレンティス氏は振り返る。

ロイターのホットリストで158位にランクされているプレンティス氏は、CO2が植物に吸収されて土壌に蓄えられる仕組みについてはよく知っていた。だが、海洋との相互作用についてはほとんど知らず、ルケレ氏の発表に感銘を受けた。

「そして、この人を自分のチームに引き入れたいと思った」と、プレンティス氏は話す。当時のルケレ氏は博士号すら取得しておらず、「一部で驚く人もいたが、彼女が必要な人材であることは明らかだったし、実に素晴らしい仕事をしてくれた」と語る。

ルケレ氏は天井を見上げながら、プレンティス氏に採用されたときのことを思い出していた。彼女は、自分の専門が海洋科学であることと、女性科学者の数が少ないことが有利に働いたのではないかと語った。

「コリン(・プレンティス氏)は10人の男性を集めていて、女性を探していたのではないかと思う。そしてチームに海洋学者はほとんどいなかった」と、ルケレ氏は言う。「コリンは、私にはどんな仕事もできたと言うだろうが、実際にはおそらく女性を探していて、私を見つけたのはとても幸運だったと思う」

ルケレ氏が博士号を取得すると、プレンティス氏はドイツのマックスプランク生化学研究所で一緒に働くよう彼女を説得した。ルケレ氏の性別は考慮したが、それが採用の決め手になったわけではない。

「男女のバランスを中心に考えていたのではない。もちろんそれは大きな問題ではあるけれど」と、プレンティス氏は話す。「適切な人材を探していた。実際のところ、何人もの男性に声をかけたが、適任者はいなかった」

<シングルマザーで女性科学者>

2004年、ルケレ氏は将来の不安にさいなまれていた。そう感じるのは初めてではなかった。仕事は順調だったが、ドイツで働く4年の間に、最初の結婚生活が破綻してしまったのだ。

英国のノリッジへ移り、イーストアングリア大学で職を得た。そこで直面したのは、ひとりで子育てするという新たな課題だった。

現在25歳になる娘のマリアンヌさんは、博士号を取るため米ニューヨーク州のコーネル大学でデジタルニュースメディア・ビジネスを研究している。性差別に関することは、母親から直接学んだという。

「母が個人的に多くの苦労をしているのを見てきた」とマリアンヌさんは語る。「会議から戻ってきて『あの人は最低』などと言ったり、家で泣いていたりするのを見たことがある」

ルケレ氏は科学者としてのキャリアを歩み始めたばかりのころ、イタリア北部のイスプラでIPCCの会合に出席した。冒頭のセッションで、議長役の女性が報告書の各章の執筆者に対し(全員が白人男性だったとルケレ氏は記憶している)、それぞれの研究成果を要約したスライドを1枚ずつ見せるよう求めた。

そのうちの1枚は、温暖化が進むにつれて女性の水着の肌の露出が増えることを示唆するスライドだった。気候変動が現実であることを証明していると、その執筆者は冗談を言った。

「彼が写真を見せると、みんな笑った。それを見て私はさらに怒りを覚えた」と、ルケレ氏は当時の状況を思い出す。「私は終わるまで待ってから手を挙げ、この画像はまったくもってこの場に不適切だと思うと話した」

会場にはおよそ300人の男性がおり、女性はわずかだった。ルケレ氏を支持する人は誰もいなかった。

「本当に怒りを感じた。本当に、本当に強い怒りを。同時に、とても恥ずかしい気持ちになった」と、ルケレ氏は語る。

しかし、休憩時間に入ると中年の白人男性が近づいてきた。米国人の彼は「発言してくれてありがとう」と話したという。さらに数人が同じように話しかけてきた。全員が男性だった。

「みんな同じことを言った、『ありがとう』と。私はとても驚いて、思わず涙が出そうになった。たぶん泣いていたと思う」と、ルケレ氏は振り返る。

<数十年先の予測は可能か>

ルケレ氏は数年前、北海に面するノーフォークの村に別荘を購入した。干潮時には──炭素循環の一環として発生する──港からの腐ったようなにおいが鼻につくこともある。

「ここが私の執筆場所」。ルケレ氏はコテージの庭に設置したテーブルの椅子に腰かけた。

ルケレ氏は夫が入れたお茶を飲んでいる。午後になり、これから沈んでいく太陽は西に移動している。予報通り、とても良い天気だった。

天気予報というのは、大気のデータ、季節変動、その地域の地理や地形といった大量の情報を考慮した数学的モデルに基づいて作られる。晴れ、曇り、降雪、降水の確率のほか、最高気温と最低気温を予測する。

予測は簡単そうに見える一方で、ルケレ氏によると、実際は非常に複雑な計算が必要だという。そしておおむね正確だ。気象予報士がよく使う「自分がほとんどの場合間違っていて、それでいて仕事が続けられればいいのに」というジョークがあるほどだ。

一方、気候変動は数年後、あるいは数十年後の状況について似たような予測をする。そのため、2日先の吹雪の予報が間違うことがあるのに、2050年の地球の平均気温を予測することなど可能なのかと疑われがちだ。

実際のところ、両者はまったく異なる。気候変動の予測モデルは、日々の大気の変化ではなく、数年単位の「エネルギーバランス」と呼ばれるものに着目する。どれだけの日光が地球に当たるか、地球がどれだけのエネルギーを吸収し、反射するか。大気中のガスや水分がそのエネルギーを吸収、または宇宙へ反射し返すことにより、どのように反応するか。これらのガス、特に二酸化炭素の割合が、大気中に加えられたり取り除かれたりして、時間とともにどのように変化するのか──。

長期的なモデルを正しく予測することのほうが、来週の寒波を予想することより簡単かもしれないと、ルケレ氏は指摘する。「これはただ単にエネルギーバランスの問題だ。本質的には組織化されたカオスのような天気予報よりも単純なものだ」と、午後の日差しを手でよけながら彼女は語る。

気候変動の予測モデルは驚くほど正確であることが証明されており、これには2019年までに世界の平均気温が摂氏1度上昇する可能性があると予測した、気候科学者ジェームズ・ハンセン博士による1988年の有名な発表も含まれる。しかし多くの人は、気象予報士が的外れな予測をすることがあるのだから、将来の地球の気候に関するモデルが正しいはずはないと一蹴する。

「私は2日間の予定でここに来て、雨が降らないと分かっているから荷物は軽くした」と、ルケレ氏は言う。「でも気象予報士も間違うことがたまにあり、みんなその間違いを覚えている。特に自分に影響がある場合は」

<未来に伝える声>

数年前、ルケレ氏は「気候変動科学者の心の中」と題した講演を行った。この中で彼女は、気候変動が現実であることをみんなに納得してもらおうとする努力はもうしていないことを認めた。

より多くの人たちに自身の研究を理解してもらいたい──そうした思いがないわけではない。当然理解してもらいたいが、一般の人たちに働きかけると、気候変動はデマだとか、大げさだと主張する人たちから激しい反応が返ってくることが多いのだ。

ルケレ氏は講演の中で、「私は皆さんと対立しません。罪悪感を抱かせることもありません」とした上で、「でも私は気候変動について何もせず、ただ受け入れるつもりはありません」と語った。

そして「山ほどデータがあるのに、とても無力だと感じます。私は誰も救えません。完全に皆さんに頼っています」と付け加えた。

昨年の春、英国のロックダウンが3カ月目に突入したころ、ルケレ氏は自宅の書斎にいた。講演からそのときまで、気候変動を巡る人々の見方は何ら変わっていなかった。「多くの人が気候変動を信じていないのは事実。でも、信じている人も沢山いる。私にはそれで十分」と、ルケレ氏は考えた。

「自分がすべき仕事をしていれば、いずれはうまくいく。そう思っているから、私は希望を持っているのだと思う」と、彼女は言う。

ルケレ氏は、コロナ禍とCO2排出量の関係を解明する研究に喜んで取り組んだ。気候変動に対する世の中の関心を高め、政府に行動を促す機会となるからだ。

CO2排出量の減少はごくわずかだったが、ルケレ氏はこの研究報告書を読んだ人たちの間にある共通点を見出した。電気自動車を購入したり、旅行を控えたりする以上の方法を見つけなければならない、という認識だ。

「この好奇心が、多くの人の心の中でパンデミック、汚染、環境を結びつけた」と、ルケレ氏は言う。「この瞬間、人々が知りたいと思うことに科学的な情報を提供できれば、地球の未来に大きな影響を与える声を挙げられるようになる」

(翻訳:田頭淳子、本田ももこ、編集:久保信博)

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