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『ノマドランド』と『サウンド・オブ・メタル』二作品が描く苦難の人生を切り開く主人公

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先週末4月25日(現地時間)に米ロサンゼルス他で開催された第93回アカデミー賞授賞式で、『ノマドランド』(クロエ・ジャオ監督)が、作品賞、監督賞、そして主演女優賞の三冠を達成して幕を閉じた。これについては別に、今回のアカデミー賞全体を俯瞰する記事を書いたが、今回はその『ノマドランド』と、作品賞ノミネート作品の中で、特に筆者の心に残った『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』について、作品の生い立ちや共通点、そしてこの二本が描くものについて書きたい。

着想から公開までに10年以上の歳月 -『サウンド・オブ・メタル』

『ノマドランド』は、改造したバンで寝起きしながら、家を持たずに全米各地を旅して暮らす60代女性ファーンの生き様を描いた作品で、2017年に出版されたジェシカ・ブルーダーによるノンフィクション『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』を原作にしている。一方の『サウンド・オブ・メタル』は、聴力を失っていく若いヘヴィメタルのドラマーの苦悩を描いた映画だ。

前述の通り、今回のアカデミー賞では『ノマドランド』が三冠を達成したが、一方の『サウンド・オブ・メタル』は6部門ノミネートのうち、編集賞と音響賞2部門での受賞となった。ミュージシャンによる聴力の喪失という「音」に主軸を置いた作品ゆえ、観客も主人公の恐怖や苛立ちといった感情に寄り添うことができるよう音響に関してはとりわけ細心の注意が払われており、これらの受賞は言わずもがなであった。

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ここで、二作の軌跡を少し見てみたい。まず『サウンド・オブ・メタル』はその着想から陽の目を見るまでに、10年以上の時間がかかっている。その中でキャストの変更や製作費の出資先の撤退など、多くの苦労があったと伝えられている。ワールドプレミアは2019年9月のトロント国際映画祭で、アマゾンによる北米配給権の獲得後も、コロナ禍の影響で2020年11月まで北米での劇場公開延期を余儀なくされるなど、プレミアから公開まで一年以上の年月がかかっている。

一方の『ノマドランド』は2017年の原作から2020年の公開まで約3年と、企画から公開まで5年以上かかる作品も珍しくないハリウッドでは、比較的短時間で作られたと言える。登場するキャストの多くに実際にノマド生活を送る人たちが起用されているなどリアルさを追求しており、筆者も何度もドキュメンタリーを観ているかのような錯覚を覚えた。こちらは2020年9月にヴェネツィア国際映画祭でワールドプレミアを迎え、金獅子賞を受賞。また『サウンド・オブ・メタル』の翌年のトロント国際映画祭でも上映され、観客賞を受賞した。

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「静」と「騒」の対比を効果的に使った二作

当然ではあるが、この二作は一見すると全然違う映画だ。そもそも『ノマドランド』は原作が存在するが、『サウンド・オブ・メタル』はオリジナルのストーリーだし、主人公も60代の物静かな女性とヘヴィメタルのドラマーだ。だがよく見てみると、面白い共通点がいくつかあることに気がつく。

まず二作ともに「静」と「騒」の対比を効果的に使っている。『サウンド・オブ・メタル』は大音量のメタルのライブで始まったストーリーは、やがて都市から離れた聴覚障がい者たちの静かなコミュニティーの中へと入っていく。一方の『ノマドランド』も、ファーンが決して楽とは言えない日雇いの環境の中で大勢の人たちと働くシーンは動的で賑やかだが、一人雄大な自然を前に佇む姿は静寂そのものだ。ともに低予算映画の二作は、豪華なCGや大規模で入り組んだシーンもなく、俳優の演技が、作品の質を決める非常な重要な要素になる。

ファーンを演じたフランシス・マクドーマンドは『スリー・ビルボード』(2018年公開)に引き続いての主演女優賞受賞だが、今回は主演を務めただけでなく、マクドーマンド自身が原作に惚れ込んでプロデューサーのピーター・スピアーズとともにその映画化権を手に入れ、製作にも名を連ねている。このことからも作品への強い思い入れが見て取れる。

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一方の『サウンド・オブ・メタル』で主人公ルーベンを演じたリズ・アーメッドは、『ナイトクローラー』(2015年公開)で見せた怪演で大きな衝撃を与えたが、今作もトロント国際映画祭でのワールドプレミアで、そのパフォーマンスを絶賛された。今回のアカデミー主演男優賞へのノミネートは、イスラム教徒の俳優としては史上初となる。今回は惜しくも受賞はならなかったが、歴史の一ページに名を刻んだことは確かだ。

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