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終末期の医療:「終の信託」、「平穏死、10の条件」に思うこと - 黒岩宙司

 12月22日号の日本医事新報(No.4626)の「今後の死亡急増で、死亡場所はどう変わるか?」という記事が目に留まりました。日本では病院で亡くなる人が2011年で76.2%、自宅が12.5%(死亡場所別の死亡数百分率の推移、2000~2011年、厚労省)です。

 人口高齢化で死亡数が増えるのは必至だが「これ以上、病院での死亡数が増えるのは無理、かといって一人暮らしが急増する自宅での死亡が増えるのも難しい」との厚労省の認識をふまえ、これからは老人ホームや老人保健施設が死亡場所の大きな受け皿になることを示唆しています。
 僕の勤務している病院は原則として患者を断らない救急病院で、寝たきりや終末期の患者さんの死は日常のことですが、死亡場所が病院以外にシフトすることに賛成です。終末期の患者のあふれる病棟で、この患者さんは延命をせずに自宅や施設で安らかに逝くことが幸せなのではないか、と思うことが多いからです。

 延命治療とは不治、末期となった患者さんに行う医療行為のことで、人工呼吸器、人工栄養(胃瘻や高カロリー輸液)、人工透析が主なものです。治る見込みのない患者さんの家族に急変時に延命をしますかと聞くと、返答に戸惑う家族が多く、先生にお任せしますという回答は珍しくありません。

 延命治療に対する意志を元気なうちに残すリビング・ウィルは、米国では国民の41%、日本では0.1%です。自然に委ねる日本の美しい文化の現れと思うのですが、生命を長引かせる手段が開発された現代では悩ましい数字です。

 全米大ヒットの医療ドラマ、グレーズアナトミーでは、家族がDNRの書面にサインし、延命措置を中止するシーン、家族の前で医師が人工呼吸器につながれた挿管チューブ(気管支に入った管)を抜き、患者が静かに心肺停止になる場面があり、羨ましいと思いました。仮に家族が高額な医療費を負担し、植物状態でも生きてほしいと望めば生命維持装置をつづければいいのです。

 日本では患者や家族の意志を尊重して延命治療はしなくとも、延命の中止(一度気管支に入れた管を抜く)となると訴訟を恐れて、ほとんどの医師が行いません。
 
 日本の社会でタブー視されていた延命治療について、在宅医療に従事している町医者が正面から向かい合い「平穏死、10の条件」という本を出し10万部をこえるベストセラーになっています。著者の長尾先生は500人以上の患者さんを自宅で看取った経験から、終末期の患者さんの安らかな死を紹介しています。ご本人の体験、旅立った患者さんや家族の声が満載の良書です。

 餅を喉に詰まらせた100歳の患者さんに家族が救急車を呼んだ話は考えさせられました(21頁)。蘇生は成功し、病院で人工呼吸器につながれ、中心静脈栄養、次には胃瘻をつくられ、ご老人の「自然にポックリ逝きたい、自宅で家族に看取られて死にたい」という希望とはほど遠い植物状態の様相になったというのです。しかし、救急車を呼んだらこうなりますと何度聞かされても、息ができずに苦悶する身内を前に、とっさに救急車を呼ぶのは自然の行為で、責任は延命治療をやめることができない日本の制度にあると思うのです。

 周防監督の映画「終の信託」では、重症の喘息患者(役所広司)が発作を起こし、救急搬送され、苦悶する患者は挿管(気管支に管を入れる)され救命されます。そして、低酸素脳症を起こした患者の元気だったころの意志を尊重した主治医(草刈民代)が、家族の前で挿管チューブを抜いた瞬間に患者が苦しみ出し、あわてて鎮静剤を投与し、効かず、致死量まで投与したとして殺人罪で起訴されます。

 僕には役所広司の断末魔の苦しみ、声にならない叫びが観ていて辛かった。どのようにして挿管チューブを抜けば患者は苦しまずに逝けるか、というマニュアルがなく、医学教育もなく、だれもが口を閉ざすのが日本の医療現場です。

 仮に延命措置をほどこしたあとでも条件を満たせばそれを中止し、その際に起きる苦悶を和らげる幅広い緩和医療が許されるのであれば、医療従事者は限りある医療資源を有効に使い、終末期の死を安らかにしてあげることができるのです。

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