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  • 2021年04月26日 10:27 (配信日時 04月26日 06:20)

米国で税徴収漏れ年間100兆円に!米議会が対策検討開始 - 斎藤 彰(ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)

米国での法人税、所得税徴収漏れが毎年、日本の国家予算に匹敵する1兆ドル(約108兆円)以上にも達していることがわかり、米議会が重大視、脱税、過少申告取り締まり強化策など従来の徴収システム抜本洗い直しのため、内国歳入庁(IRS=国税庁)関連予算増額に踏み切った。

(Nerthuz/gettyimages)


「まさにjaw-dropping(顎が落ちる)とはこのことだ!」―去る13日、開かれた米上院財政委員会公聴会で、チャールズ・レティグIRS長官の説明に聞き入っていたロン・ワイデン委員長は、毎年、企業や高所得者による巧妙な税逃れなどによる徴収漏れが莫大な規模に上っているとの証言に怒りをあらわにし、徴収方法の抜本的見直しなどを緊急指示した。

米主要各紙の報道によると、レティグ長官は公聴会で以下のように述べた:

「過去のtax gap(徴収漏れ)に関しては、2011-2013年の3年間の実態調査があるが、当時は毎年4410億ドル程度とみられていた。しかしその後、状況は悪化の一途をたどっており、最近では毎年1兆ドルあるいはそれ以上に達しつつある」

「悪化の要因のひとつとして、これまで徴収機能強化のための予算が削られ、とくに過去10年間に、査察官などの専門スタッフが1万7000人近くも減員となったため、企業や個人事業主などに対する期限内納税が徹底できなくなったことが挙げられる。さらに、税逃れのための海外タックスヘイブンへの資金分散、追跡の困難なビットコイン・ビジネスの増加なども無視できないレベルに達している」

「近年、高所得者、企業による脱税、過少申告などの違法行為が巧妙化するにつれ、これに対処するため、優秀な『フロントライン査察官』6500人近くを特別に配置してきたが、納税義務者たちの手口はますます洗練化され、能力的においつけなくなりつつあるのが実態だ。彼らとの戦いに勝利するためには、予算を増額してもらう必要がある」

こうした指摘を受け、ワイデン同委員長は「率直な問題提起に感謝する。とくに毎年1兆ドルもの徴収漏れがあるとはゆゆしき事態であり、早急に対策を講じる必要がある」として、当面の措置として、IRS関連予算を10%増額する方針であることを明らかにした。

バイデン政権の諸政策にはこれまでことごとく反対してきた共和党内でも、同調の動きが出てきており、同委メンバーの一人、マイク・クラポ議員(アイダホ州)も「国の財政赤字が増大する中で、よこしまな野郎たちがこれほど大規模な脱税をやっていることは断じて許しがたい。ただちに抜け穴に栓をする必要がある」と述べ、予算増額を支持した。

財務省直属のIRSは、納税者対応部門1万1400人、税収調査部門8680人、納税審査部門7900人、特別査察チーム2000人など全職員合わせ7万5000人(2019年データ)からなる大組織だが、2010年当時から比べスタッフ数で36%減、予算規模も年間117億ドルと、同年比17%減となった。その一方で、逆に①人口増、納税者申告件数増加②職種・ビジネスの多様化③企業経営のグローバル化④納税者家族構成の複雑化―などにより、業務の量的、質的負担は拡大の一途をたどってきた。

法人税、個人所得税の徴収漏れの増加は、時代の流れに十分に対応できないIRSの人手不足に起因する部分が少なくない。 

税収減の反面、昨年以来、国家財政赤字はより一段と拡大しつつある。

財務省が去る12日、公表したところによると、今会計年度第1四半期の財政赤字は、コロナ対策追加支出、コロナ禍の影響を受けた経済活動停滞による税収減などの要因により、前年度比倍増の1兆7000億ドルにも達したという。

こうした状況下だけに、税収増を図ることは喫緊の課題となりつつあり「徴収態勢改善に支出する1ドルごとに5~7ドルの増収が見込める」とのレティグ長官の証言は、公聴会出席議員たちの間にも大きなインパクトを与えた。

ただ、税徴収担当部門のスタッフ増員だけで徴収漏れの根本的問題解決が保証されるわけではない。納税者権利が連邦法で徹底して保護されているだけに、査察活動強化などにもおのずと限界があるからだ。 

厳しい税取り立てには制限

ひと昔前までのアメリカでは、税収増を図ることがIRSの主要任務primary missionと位置付けられ、たえず脱税、虚偽申告などに目を光らせる調査官、徴収官は必要に応じ、絶大な権限を背景に抜き打ち的立ち入り検査、家宅捜索にも乗り出した。しかし、市民権運動が始まった1960年代半ば以降、個人納税者の権利・立場擁護要求と、従来の当局による強権的調査・徴収活動に対する批判が次第に広がっていった。やがてIRS組織そのものの見直しを求める市民運動が全米規模へと拡大した結果、ついに1998年、連邦議会で「IRS改革法」の成立となった。

「Restructuring and Reform Act of 1998」と呼ばれる同法は、その名の通り、IRSの構造を根本から組み替えたものであり、従来の「課税と徴収」に重点を置いた機能を「納税者サービス」へと抜本的に転換させた点で革命的というべきものだった。

そしてその結果として、IRS内には「納税者擁護局」「不服審査部」「首席法律顧問官」など納税者からのクレーム対処、過度の査察活動監視など“お客に優しい”関連部局が大きな役割を担うようになったほか、納税者、個人事業主などに対するさまざまなサービス提供担当グループも新設された。

査察官による令状なしの抜き打ち的立ち入り検査なども禁止された。しかし、厳しい税取り立てには制限が加えられる一方、要員数も削減されてきたことで、税徴収漏れは一段と膨れ上がる運命にあった。

さらに、サラリーマン給与の税天引き制度が普及している日本などとは異なり、あくまで自己申告が慣行化しているアメリカでは、市民が普段から税逃れ、過少申告の誘惑に駆られやすくなるという問題がある。

IRSデータによると、毎年、税当局による督促などを待たずに、納入期限内に問題なく申告する「自主的納税者」の割合は、「83%」程度だ。残りの「17%」の納税対象者は、何らかの納税忌避者か、納入遅滞者と受け止められている。

脱税をすすめたトランプ

この点に関連して、大きな話題となったのが、トランプ前大統領だった。

トランプ氏は去る2016年米大統領選討論会の場で、ヒラリー・クリントン民主党候補から「トランプ候補は過去、自らの納税申告内容の公表を拒否してきただけでなく、たまに公表した何年か分に関しては、連邦所得税を支払っていなかったことが判明している」と追及されたのを受けて、「それだけ自分は賢いことを意味しているThat makes me smart」とやり返した。しかし同時に、億万長者を自認する同氏が実直な一般の納税者に「脱税のすすめ」を示唆した重大発言だとして、マスコミで大問題となった。

実際にトランプ氏は脱税、過少申告を繰り返してきた実態が、ニューヨーク・タイムズ紙の調査報道で暴露されている。

同紙報道によると、トランプ氏は:

  1. 過去15年のうち10年分の確定申告の際には、不動産関連取引での損失が収益をはるかに上回ったなどの理由により、所得税を全く払わなかった
  2. 2016年、2017年の両年については、支払った所得税はわずか750ドルだった
  3. それ以外の過去18年間については、9500万ドルの所得税を納入したが、そのうち「企業損益」などを理由に7290万ドルもの還付を受けた―ことなどが明らかになっており、その後、バイデン政権下の司法、財務当局、上院歳入委員会などが、こうした同氏の納税実績について不正がなかったかどうか、徹底的な洗い直しに着手している。

いずれにしても、アメリカでトランプ氏のような個人事業主にからむ税申告漏れ、脱税行為は後を絶たないことだけは確かだ。昨年までの10年間における脱税総額は最低でも3兆900億ドルと推定されている。その中には、昨年、20億ドルの脱税容疑で起訴されたソフトウェア企業(本社テキサス州)の最高経営者ロバート・ブロックマン、890万ドルの脱税で有罪判決を受け、現在服役中のTV番組司会者マイケル・ソレンティノら著名人も含まれている。

個人のみならず、企業の法人税関係の申告漏れも大きなウェイトを占めており、その額は毎年1888億ドル規模に達している。中国(668億ドル)、日本(469億ドル)、インド(412億ドル)、ドイツ(150億ドル)などに比べ、断トツ1位をキープし続けている。

しかしその一方で、個人の人権保護の主張は年々高まりつつあるだけに、徴収活動の性急な強化は、再び市民の反発を招きかねず、今後、IRSとしても善後策めぐり暗中模索を強いられることになるとみられる。

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