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生活保護の「引き下げ」は何をもたらすのか 大西連

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■新政権の生活保護に関する立ち位置

12月26日、第二次安倍内閣が発足した。厚生労働大臣には田村憲久氏、副大臣に秋葉賢也氏と桝屋敬悟氏(公明党)、政務官は渡嘉敷奈緒美氏と丸川珠代氏(参議院議員)が任命された。各議員のこれまでの国会での活動に関しては、菅原琢さんが作成している「国会議員白書」をご参照いただきたい。(http://kokkai.sugawarataku.net/

報道などによれば田村新大臣は、生活保護費の「生活扶助」について、『1割カットが自民党の公約にあった。個々の家庭でみれば1割ぐらいが最大上限ではないか。そのあたりを検討したうえで適切に判断したい』との見方を示したとのことである。(http://mainichi.jp/select/news/20121227k0000e010158000c.html

また、別の報道では、来年4月から生活保護費(生活扶助費)の数%ずつの段階的引き下げが行われるのでは、という見方も出てきている。(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121227-OYT1T01483.htm

一方で、この文章を書いている本日29日、TBSの番組で公明党の斉藤鉄夫幹事長代行は、生活保護費の給付水準1割削減について「慎重に対応しないといけない」と述べている。

このように、連立を組む自民党、公明党でそれぞれ温度差はあるものの、新政権において「生活保護の引き下げ」が大きな論点になっていくことは間違いない。実際にこれまでも(民主党政権下においても)、生活保護の引き下げ(適正化)については、さまざまな場面で提起されてきた。しかし、その多くは生活保護制度の実態や、生活保護利用者の生活状況などに基づいて、丁寧にかつ慎重に論じられてきたとは言い難い。

では、今回新大臣が言及した「生活保護費の引き下げ」とは何を意味していて、またそれがもたらすものはいったい何なのであろうか。これまでになされてきた議論にも触れつつ、あらためて考えたい。

■生活保護費の「引き下げ」=生活保護基準の「引き下げ」=最低生活費の「引き下げ」

生活保護費の「引き下げ」について考えるためには、生活保護制度がどのようなものであるのかについて、前提の共有を行う必要がある。制度についての概略は以前シノドスに寄稿した拙稿をご参照いただきたい。(貧困の「現場」から見た生活保護:http://synodos.livedoor.biz/archives/1969612.html

田村大臣が発言した「生活保護の引き下げ」とは、ここでいうところの8つの扶助のうちの「生活扶助費」についての削減を意味する。

生活扶助費とは、食費や被服費、光熱費などの生活全般にかかる費用のことで、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活=最低生活」を維持するために必要な金額が「生活保護基準」として設定されている。生活扶助の基準額は、年齢や世帯の状況、住んでいる地域によって変動し、単身世帯だと約6万円~8万円前後の額になっていて、これが国で定めた生活扶助に関する「最低生活費(最低限これだけないと生活を維持できないというライン)」をあらわしている。

その削減(引下げ)をおこなうということは、最低生活費の引き下げをおこなうということで、これは、社会全体のボトム(底)が引き下げられるということにつながっていく。

■生活保護基準はそもそもどうやって決まるのか ―― 生活保護基準部会

では、そもそも生活保護基準とはどうやって決められているのであろうか。厚生労働省の社会保障審議会の中に「生活保護基準部会」というものがある。資料や議事録は公開されている。(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008f07.html

生活保護基準はこの「基準部会」において、全国消費実態調査(5年に1度実施)の特別集計データなどを用い、審議会委員による専門的かつ客観的な評価・検証を受け、最終的に厚生労働大臣が決定する。「基準部会」は総選挙でその開催が延期されていたものの、年明けから再開される見込みで、「生活保護基準」をどうするのかについては議論されている途中である。この審議会の意見が出てきていないのに決定権を持つ厚生労働大臣が「削減ありき」の発言をするのは完全にフライングで、議論に水を差すものである。

また、国の「最低生活ライン」が、統計データ等に基づく冷静で丁寧で確かな議論ではなく、政局や政治的風潮などの不確かな議論で決定されてしまうとしたら(また結論ありきの議論がなされているのだとすれば)、それは大きな問題である。その意味でも、最後のセーフティネットであり社会保障のボトム(底)に位置する生活保護の基準についてこのような問題提起のあり方がなされることは、由々しき事態であると言える。

■生活保護基準は妥当か

「生活保護の引き下げ」が論点として提起されるのはどうしてだろうか。
一般に、引き下げの理由として語られるのは、生活保護基準が最低賃金や年金よりも高い場合があるということ(他の基準との整合性)と、財政負担の問題があげられる。

このことについては、日弁連パンフレット「今、ニッポンの生活保護制度はどうなっているの?」が分かりやすくまとめている。(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/seikatuhogo_qa.pdf

確かに、厚生労働省が出している資料をみても、最低賃金が生活保護費を下回る自治体が存在していることが分かる。(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002f34h-att/2r9852000002f38l.pdf

また、国民年金(老齢基礎年金)は、満額でも月額7万円に満たず、障がい基礎年金も1級で月額約8万円である。生活保護基準ギリギリ(割り込む場合も)で生活しているワーキングプア層や、年金だけで生活を維持することができずに生活保護を利用している世帯は非常に多い。

実際に、生活保護利用者の世帯類型別の内訳を見てみると平成24年6月の段階で、高齢者世帯43.5%、母子世帯7.4%、傷病者・障害者世帯計30.8%、その他世帯18.3%となっている。(厚生労働省「生活保護の動向」平成24年6月の速報値:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002l5fv-att/2r9852000002l5ka.pdf

生活保護利用者の大多数は高齢や傷病・障がい世帯で、生活保護を利用する以外に収入を得るすべを持たない場合が多い。これは、本来年金などの社会保険でカバーされるべき人がその給付額が少ないことにより支えられず、結果的に生活保護の守備範囲が拡がらざるを得ない状況があると言える。
同様に、収入がある人もそれこそ最低賃金レベルの収入であれば、生活はかなり厳しい。例えば、今この文章を書くために利用している某ファミリーレストラン(都内)では、アルバイト募集と掲示されているポスターを見てみると、深夜帯であっても時給が1030円(最低賃金は850円)と記載されている。

1030円(しかも夜勤)で仮に月160時間働いたとして(夜勤だけでこの就労時間はあり得ないが)、月給で約16万ちょっとである。そこから国民年金や国民健康保険料等引かれたら、手元に残る金額は生活保護基準ギリギリだ。日中の時給であれば収入はもっと低いであろう。

このように最低賃金に関しても、また年金等の社会保険に関しても、その水準が低すぎることが問題であり、実際に生活保護基準は、消費実態等をもとに算出される「最低生活ライン」であるので、それを度外視して「引き下げ」をおこなっていくということは、社会保障を含めたあらゆる基準の「デフレ化」につながってしまう。

■生活保護が財政を逼迫させるのか

また、良くある論点として生活保護が財政を逼迫するというものがある。確かに、生活保護費は事業費ベースで約3.5兆円とも言われ、生活保護利用者も史上最多の213万人を超えている。しかし、社会保障費全体の規模からいえば、生活保護は約3%あまりである。(財務省主計局「社会保障予算(医療・介護等)」4~5ページ:http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia241015/01.pdf

社会保障改革という意味では、医療や年金などの改革のほうが急務であり、生活保護の引き下げをおこなうことは「しぼっても何も出ない雑巾をしぼるようなもの」である。

■生活保護基準の「引き下げ」がもたらすもの ―― 最低生活が下がるとは

実際に生活保護基準が引き下げられるとどうなるのであろうか。
先述のように、生活保護利用者の多くは高齢や傷病・障がい世帯で、生活保護を利用する以外に収入を得るすべを持たない。こういった方々の生活が圧迫され、その生活水準を(ただでさえ最低生活基準でギリギリであるのに)引き下げざるを得ない状況になる。

また、現在生活保護基準ギリギリで生活保護を利用している層の方が生活保護を利用できなくなる。これはすなわち生活保護で支えられず自力で頑張らなくてはならない低所得者層が増えるということである。

例えば、国民健康保険を見てみると、2009年度で滞納している世帯は約442万世帯にのぼり、事実上無保険状態の被保険者資格証明書交付世帯は、約31万世帯におよぶ。(厚生労働省「平成21年度国民健康保険(市町村)の財政状況等について」:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011vw8-att/2r98520000011vxy.pdf

生活保護の手前のセーフティネットである健康保険でさえ、今はすでに制度疲労を起こしていて低所得者層を支えられなくなってきている。こういった状況が続くと、生活が苦しくて保険料負担ができずに、重篤な状況に陥ってから病院に担ぎ込まれる、といった方が増える事態も予測される。
また、生活保護基準は他の社会保障施策の基準にもなっている。これまで非課税であった方が課税対象になるなど、同じく低所得者層を圧迫する可能性が高い。

このように社会保険の拡充など、代替の社会保障施策がないままに「生活保護の引き下げ」をおこなっても、現状の生活保護利用者や低所得者層全体の生活を圧迫し、かつ、さらなる低所得者層の増加・拡大を招き、結果的に社会全体としてのボトム(底)を引き下げてしまう可能性が高い。

■インフレターゲットと最低生活ラインの引き下げ

私は経済学に詳しくないので以下については正確さを欠くかもしれないが、自民党が掲げるインフレターゲットについて触れたい。もし、インフレになって物価が上がると、それは直接的に生活保護利用者や低所得者層の生活に影響するのではないかという危惧を持っている。

もちろん、景気が良くなることは大歓迎だ。経済状況が改善すれば、雇用機会の拡大や、賃金のアップにつながるかもしれない。しかし、先述のように高齢や傷病・障がいなどでもともと雇用につながりづらい方は、これまで通りに社会保障で支えるしかない。また、景気が良くなってもそれがすぐさま賃金の上昇につながっていくとは限らない。タイムラグが出る場合もあれば、反映されない場合もあるかもしれない。

本来の意味での「所得再分配」という視点が失われていると、デフレから脱却しても結果的には物価が上がっただけで生活が苦しくなるというリスクが伴う。物価を上げるなら、生活保護利用者や低所得者層へきちんとサポートをしないといけない。

このように、一方で「インフレ=物価の上昇」を目指すと言いつつ、もう一方で「生活保護の引き下げ」という話が出ているのは、矛盾しているのではないかと感じる。

■いま議論すべきこと

今年の年末年始も、公的な窓口が休業に入る12月29日~1月3日までの間、主に路上生活者などの生活にお困りの方に対して、暖かくして年を越せるようにと全国各地で炊き出しや夜回り(アウトリーチ)、生活相談や医療相談などの活動が行われている。(http://www.moyai.net/modules/d3blog/details.php?bid=1617

私は都内(主に新宿)で行われている越年・越冬の取り組みに参加している。昨夜の夜回りでも、体調を崩されている方や女性の野宿をされている方など、早急にサポートが必要な方とつながることができた。しかし一方で、私たちがつながることができる方、SOSの声を届けてくれる方はごく少数である。私たちがつながれていない「貧困状態」にある方はたくさんいる。

生活困窮に陥る方は、ただ「雇用」からこぼれてしまっただけではなく、「家族」や「地域」などの「支え」を失って(弱くなって)しまっている方も多い。病気や障がいを抱えて地域で孤立していたり、大切な人からDVや虐待を受けて安心できる居場所がなかったりと、私たちの身近なところでも(見えないだけで)、多くの方がさまざまな要因が重なって生活困窮に陥っている。

そんな彼ら・彼女らを支えるのは「自助」ではない。また、家族や地域、絆など「共助」と称されるものは、時と場合によって支える力を持たない「不確かなもの」に変わってしまう。困難さを抱えた一人ひとりの生活を支えるためには、「確かなもの」としての「公助=社会保障」が必要である。

もちろん、財源の問題等、社会保障は持続性も含めて話し合うべき課題が多い。だからこそ、今すべきことは、個別の制度について削減ありきで議論することではなく、年金や医療なども含めた「社会保障=セーフティネット」全体をどう構築していくかという話のはずである。

先述したが、報道によると新大臣は「1割カットが自民党の公約にあった。個々の家庭でみれば1割ぐらいが最大上限ではないか。そのあたりを検討したうえで適切に判断したい」との見方を示したとのことである。生活保護を利用されている方は現在約213万人。低・無年金、ワーキングプアなど、低所得者層は拡大を続けている。そんななかで、「個々の家庭でみれば1割ぐらい……」とは、何とも軽すぎはしないだろうか。

私たちに必要なことは、一人ひとりの困難さによりそい、そこから見えてくるさまざまな要因を可視化し、その社会的な解決を目指していくことである。新政権には「引き下げ」や「削減」ありきの議論ではなく、社会全体として「貧困」とどう向き合っていくのかについて、冷静に、そして丁寧に議論していくことが求められている。

もし仮に、生活扶助費を1割引き下げると、国庫負担分で考えたとき約1000億円の削減になる。しかし、その1000億円をカットして得られるもの、そして失われるものは何であろうか。

私たちはその1000億円の「重さ」について考えなければならない。
大西連(おおにし・れん)
1987年東京生まれ。新宿での炊き出しと夜回りの活動から始まり、現在はNPO法人自立生活サポートセンター・もやいにて、主に生活困窮された方への相談に携わる。関心領域は「貧困」「自殺」「社会的包摂」など。twitter: @ohnishiren

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