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そうだ「ヤンキー的なもの」は規範だったのだった。

ゆうべ、twitterをぼんやり眺めていた時に、哲学者の千葉雅也さんの何気ないツイートが流れてきた。今日は、そこから色々と考えさせられたことをログとして残しておきたい。  

「学校をサボって昼に出かけていた、だがヤンキーではないというのが僕にはわからない」という千葉さんの言葉から、私はサボれる機会に学校をサボっていた過去の自分自身のことを思い出した。

私は荒れた中学からなんとか進学校にたどり着いた。けれども進学校の友人たちと授業をサボって街のゲーセンに行ったり、学校近くの友人宅で麻雀を打ったりしていた。
 
もちろんサボって成績が下がるようなことはしない。出ても出なくても構わない授業、授業中に内職しかしないだろう授業、配られたプリントを片付けてしまえばOKの授業などを見計らってサボった。高校生のこうしたサボりがどれぐらい一般的だったのかはわからない。が、私の身の回りでは幾つかのグループがこうした計画的サボりを実践していた。
 
で、千葉さんの引用ツイートを思い出す。
 
ゆうべまで私は、「自分のサボりは平成初期の進学校だからできたこと」とみなしていた。ちょうど大学生の授業サボりと同じような感覚で。しかし千葉さんはおっしゃる──「学校をサボって昼に出かけていた、だがヤンキーではないというのが僕にはわからない」と。
 
……そうだったのかもしれない。進学校に在学しているからといってヤンキーではないとは限らない。学校をサボって街で遊んでいれば、進学校だろうが、実業高校だろうが、それは規範からの逸脱であり、ヤンキー的な振る舞いだ。そういわれればそのとおりかもしれない。
 
そして私が生まれ育った地域には「勉強するのはダサい」とみなす児童生徒がたくさんいて、学校規範からの逸脱やヤンキー的な振る舞いを誘うような雰囲気が充満していた。
 
未成年の縄張り争い。
万引き自慢。
タバコを吸い、それを大人にも隠さない中学生たち。
 
周囲の大人たちもまた、法や制度からの小さなはみ出しを悪いとも思わない態度を取っていた。ヤンキー的な振る舞いがそこらじゅうに存在していたとも言える。その多くは、令和3年の人々が逸脱とみなすものだったに違いない。

「ヤンキー的なものは逸脱じゃなくてロールモデルだ」

だとしたら、私は逸脱した十代を過ごしていたのか?
そうしたことを考えながらしばらくツイッターを眺めていた時に、ひざを打つような横やりが入った。  

このツイートを見て、私の目と手が止まった。
 
「ヤンキー的なものは逸脱じゃなくてロールモデル」。
 
これも、なるほどと思わずにいられなかった。私の授業サボりは、中央の規範(または令和3年に望ましいとされる規範)からみれば逸脱とみえるが、私の生まれ育った地域・生まれ育った時代・一緒に過ごした同世代や年上世代の規範から逸脱しているわけではなかった。
 
むしろ逆だったわけか。
 
私(たち)は進学校に進んだ後も、生まれ育った地域の同世代や年上世代の規範を遵守し続けていた、といえる。そして借金玉さんがおっしゃるように、そのように振る舞うロールモデルが同世代にも年上世代にもたくさん存在していた。地域の規範を守り、地域のロールモデルの振る舞いをなぞらえることを、逸脱と呼ぶのはおかしい。地域全体が逸脱しているのでなく、それが地域の規範だったのだ。
 
そういう見方で自分自身を省みると、私は規範意識の強い人間だった、ということになる。石川県の方言になぞらえるなら「かたい子」「かてえもん」というか。授業はサボっても、法や制度を少しだけはみ出すことがあっても、地域の「かたい子」「かてえもん」からはみ出さないとことはあり得る。反対に、法や制度を遵守し、学校が皆勤賞だったとしても、地域の規範やロールモデルから逸脱していれば「かたい子」「かてえもん」と呼ばれない可能性もあったわけか。

地方の規範が変わった。そして地方は貧乏になった。

何が規範で何が逸脱かは、見る者・語る者によって変わる。コミュニティや時代によっても変わるだろう。ヤンキー的な振る舞いが規範とみなされたのは、地方でももう過去のことだ。
 
や、一部の政治活動やオリンピック周辺の諸々のうちにヤンキー的エッセンスを透かし見ることも無理ではない。そのことをもって「ヤンキー的なものは今の日本でもマジョリティだ」と言い貫くことだってできるだろう。
 
それでも平成のはじめと現在を比較すれば、ヤンキー的な振る舞いが逸脱とみなされる頻度と程度が高くなったことは否定できない。たとえば高校生が授業をサボったり喫煙したりすれば、現在のほうがより逸脱として厳しくマークされるのは確実だ。中央はもちろん地方でも、ヤンキー的な振る舞いはより多く逸脱とみなされるようになり、中央が定めた法や制度、または中央で好ましいとされる礼儀作法どおりの振る舞いが規範的とみなされやすくなった。たとえば役所・地銀・地元を代表する企業などに就職したい地方の学生は、ヤンキー的な振る舞いではなく、ホワイトカラーにふさわしい振る舞いを身に付けていなければならない。
  
ところで、中央が定めた法や制度や礼儀作法が地方に浸透し、ヤンキー的な振る舞いが漂白されていったプロセスと、地方のカネの糸目を中央が差配するようになったプロセスは、私には平行したもののようにみえてしまう。地方の規範がヤンキー的でなくなっていくプロセスと、地方からカネがなくなっていくプロセス(特にヤンキー的な振る舞いの圏域からカネがなくなっていくプロセス)は、統治という名のクランクシャフトで繋がっているのではなかったか。
 
かつて、ヤンキー的なものと呼ばれていた諸々の生存圏は急速に縮小して、残っている生存圏も金回りが悪くなっているようにみえる。それは、中央の法や制度や礼儀作法を完全に内面化している人には絶対的に好ましい変化とうつるはずだけど、そうではない人にはきっとそうではないようにうつる変化だと思う。というか、私も、そうした変化を絶対的に肯定することができずにいる。もちろん否定などできるわけもないけれども。
 
まだうまく言語化できない。だけどヤンキー的なものが逸脱とみなされやすくなっていくのと、カネが地方から中央に流れていくのは同根の現象で、私には、これがきれいごとではなく容赦のない何かにみえる瞬間があったりする。
 
……話が変な方向に脱線してしまった。筋の良くない脱線だ、元の話に戻る気持ちがなくなってしまった。今日はここでやめよう。個人のブログ記事なので、ヤマもオチもイミもない文章ですがどうかご容赦ください。

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