記事

風評被害はメディアが起こすもの ~「安全」「安心」の違いをリスクで考える~

1/2

 "リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について、毎月1回議論をしておりますが、今回は政府が福島第一原発のトリチウム処理水を海洋放出する方針決定を発表したことを受けて、「風評被害」について考察します。また、このリスコミの問題に関連して、「安全」「安心」の切り分け方についても、リスクの観点から議論したいと思います。

 まずは、福島第一原発のトリチウム処理水を海洋放出する方針を決定したとの菅首相の発表を受けてのメディア報道を、以下でご一読いただきたい:

 ◎【詳報】「漁業者の声に耳を」海洋放出、福島で反対の声
  朝日新聞DIGITAL 2021年4月13日

  https://digital.asahi.com/articles/ASP4D7SRLP4DULFA028.html

 ◎「処理水」海洋放出へ 菅首相がコメント
  日テレNEWS24 2021/04/13

  https://www.news24.jp/articles/2021/04/13/04855436.html

 上記の2つのメディア報道を読み比べて、皆さんはどちらの記事の方が「風評被害」を強く感じるだろうか?単純に「風評」という用語自体も、朝日新聞さんの記事では多数登場するのに対して、日テレNEWS24さんの記事では菅首相の動画コメントに1か所登場するだけだ。

 市民は、食品のリスク管理責任者(行政+生産者・製造者・流通)より「風評被害が心配だ」「風評被害の対策が必要だ」とメディアで連呼されればされるほど、食品の安全性に疑念をいだくものだ。残念ながら、「福島や宮城の水産物は、風評被害が気の毒だから無理してでも食べよう」という消費者ばかりではなく、「風評被害を懸念?"火のないところに煙はたたない"というから、あえて福島産を食べるのはやめておこう」という消費者も多数あらわれる。

 だからこそ、適正なリスクコミュニケーションは容易ではないのだ。

 本来、生産者が自分たちの供給する食品の安全性や品質に自信をもっているのであれば、「風評被害」を懸念するはずもなく、実際テレビ報道で、現地の漁業製品を扱っている会社の社長さんがインタビューに答えていたが、「処理水の海洋放出は水産物の安全性に影響を与えないと伺った。当社製品の品質にまったく問題はない」とのこと。「風評被害が懸念されるから絶対反対!」とハイテンションでコメントされる漁業団体の方のメディア報道やグリーンピースの動画と比較して、どちらが本当の復興支援につながるか、答えは自明だろう。

 正義感をもって「弱者救済(今回なら福島・宮城の漁業生産者)」をうったえるほうが、大衆から支持されるのは理解できるが、もし安全性にまったく問題ない食品に対して、「風評被害を懸念」とのメディア情報が不特定多数の消費者市民に拡散されれば、それは決して弱者救済にはつながらず、むしろ風評被害を助長して、生産者の経済損失を大きくする。

 朝日新聞の記者さんたちは、原発事故由来の処理水を海洋放出すること自体が大きな社会問題であり、それにより発生しうる風評被害も生産者や市民にとっての不安要因なので、これを強調されたいのは理解できる。しかし、「風評被害を懸念」「風評被害の対策が急務」というコメントばかりを切り取って、記事にされるのはいただけない。

 「風評被害」の定義は、「本当は安全性に問題のない商品に対して、危険かもしれないというデマ情報/懸念情報を大衆に拡散することで発生する経済損失」である。「風評被害」のほとんどは、口コミや噂ではなく、メディアが起こすものなのだ。

 2011年の原発事故後、福島の果物農家がせっかく実った「桃」を売れないからといって廃棄している映像がニュースで流れて、最後にアナウンサーが「風評被害が心配されます」と締めくくっていたのを思い出した。そのとき筆者は「いまのニュース自体が風評被害を助長しているのに・・」とガッカリしたわけだが、逆に適正なリスコミのあり方について、メディアの方々に知っていただきたいと思いを強くしたものだ。

 「いやいや、原発由来の処理水(「処理済み汚染水」と呼ぶ?)そのものの安全性に問題があるじゃないか」と反論する記者さんがおられるかもしれない。しかし、それはおかしな反論だ。風評被害の定義は、「本当は安全性に問題ない商品」に関する経済損失であり、安全性に問題があると主張されるなら、それは風評ではない。「風評被害」を強調される時点で、少なくともトリチウム処理水の海洋放出により福島の水産物の安全性/品質に問題のないことをわかっておられるのではないか。

 「トリチウム処理水は飲んでも大丈夫」などという失言をしてしまった大臣さんもおられるようだが、すぐに中国政府から「じゃあ、飲んでみたら?」との突っ込みを受けたようだ。「トリチウム処理水」自体を飲むのは安全とは言い難い。海洋放出して十分希釈されるから、リスクが無視できるくらい小さくなり、安全と評価できるのだ。リスクや安全を科学的に語るには、「量の概念」が欠如してはいけない。

 本ブログで何度も強調していることだが、「リスク」と「安全」「安心」を論じる際には、その定義を知ることが重要だ。

 「リスク」の意味は「危険」と答える方が少なからずいると思うが、「リスク」とは「いま危険」という意味ではない。ここ50年間津波が来ていないから「危険はない」と思っていたら、津波に襲われて尊い生命が失われる災害が発生した・・という場合に、ずっと危険はなかったけれども「リスク」は思いのほか大きかったということになる。

 「リスク」とは「将来の危うさ加減」「やばさ加減」をはかるモノサシであり、不確実性を伴う。大津波・大震災・土砂災害などが明日発生するかどうかは不確実だが、もし万が一災害が発生した時に、どれだけの危険に遭遇するかという「危うさ加減=リスク」は評価が可能であり、地域のハザードマップを作成することで、住民はリスクの大小、すなわち「やばさ加減」を知ることができる。

 東日本大震災で津波警報がアナウンスされたときに、釜石東小学校の生徒さんたちは津波被害のリスクが大きな地域にいることを正しく認識し、普段から避難訓練をしていたので、高台に一目散に逃げて九死に一生を得たという。これらはリスクアセスメントとリスクマネジメントが体現できていた典型事例であり、「大津波なんか来るはずない」と思ってリスク管理を怠っていたら、まさかの悲劇に遭遇してしまうのだ。

 このリスクを綿密に評価したうえで、許容可能な水準まで抑えられた状態のことを「安全」という。よく「安全」とは「ゼロリスク」のことだと勘違いする消費者がおられるが、それは誤りだ。残留リスクが許容可能、すなわち「Tolerable(我慢できる)」レベルであれば「安全」と言ってもよいということだ。

 企業の顧客対応で「安全」を保障してはいけないなどという指導をされることがあるが、その顧客にとって許容可能なリスクレベルであれば「安全」ですよ、とお答えしてもよいと筆者は考えている。

あわせて読みたい

「リスクコミュニケーション」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    やはり内部告発の威力はスゴイ(がんこ寿司、スギHD)

    山口利昭

    05月13日 09:04

  2. 2

    自粛はもう限界 公園飲みにも一分の理

    田中龍作

    05月13日 08:22

  3. 3

    池江璃花子の「何も変えることができません」は本当か 選手の政治的アピールの歴史

    Dr-Seton

    05月13日 08:07

  4. 4

    ワクチン2回接種で変異株は抑えられる?横浜市立大学の研究結果に医師「安心」

    中村ゆきつぐ

    05月13日 08:47

  5. 5

    顔出し引退宣言は実験の1つ、オリラジ中田敦彦の「前言撤回力」

    放送作家の徹夜は2日まで

    05月13日 08:03

  6. 6

    ついに訪れた「PayPay手数料有料化」の激震!コンビニのサバイバル戦略

    文春オンライン

    05月12日 08:27

  7. 7

    【読書感想】禍いの科学 正義が愚行に変わるとき

    fujipon

    05月12日 10:15

  8. 8

    新車供給追いつかず中古自動車の需要が急伸 アメリカ自動車業界の「ないものねだり」

    ヒロ

    05月13日 10:52

  9. 9

    後手に回る水際対策。オリパラに配慮?精神論と楽観論と悲観論が入り交じる意思決定

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    05月13日 09:05

  10. 10

    私がオリンピックを開催するためには、緊急事態宣言を7月上旬まで延長すべきと思う理由

    宇佐美典也

    05月12日 12:00

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。