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フランス社会党の経験

 今回、私が所属する民主党は負けました。それも歴史的な惨敗です。ただ、私は自分の敗北を党のせいにすることはいたしません。全国的に見れば逆風の中でも小選挙区で勝ってきている人がいるわけですから、その方々にあって、私になかったものがある、ただそれだけのことです。


 今回の敗北を経験して、ちょっと思ったのはフランス社会党が1993年総選挙で大敗北した時のことと似ているのかもしれないなということです。社会党政権である第二次ミッテラン政権(1988-1995)ではミッシェル・ロカール、エディット・クレッソン、ピエール・ベレゴヴォワという3人の首相を経て、1993年の総選挙で大敗します。国民議会(下院)での議席を260から53まで減らすという正に惨敗です。1993年以降、国民議会は保守政党と中道政党が450近い議席を取り、本会議場の大多数を占めている状況でした(1995年に渡仏した際、議会内で超劣勢の社会党の姿をテレビで見たものです。)。なお、ミッテランという大統領は、第一次政権(1981-1988)でも、第二次政権でも任期5年目の選挙で敗北して、残りの2年は2回とも保革共存政権(コアビタシォン)を強いられています。


(注:当時、フランスの大統領の任期は7年、国民議会の任期は5年でした。なので、選挙の時期がずれて大統領と議会多数派が異なってしまう事が常態化していました。首相は議会多数派の信任をベースに、大統領が任命することになっているのですけども、大統領と首相が対立関係にある政党から選ばれてくることが可能です。これを保革共存と言います。日本のねじれと似ていますが、大統領側が対首相で妥協することにより日本ほどはこじれませんでした。今は大統領の任期が5年になり、基本的に大統領と国民議会の選挙はほぼ同じタイミングで行われるため保革共存は実質的に起こりにくくなっています。ただ、将来的に大統領が国民議会の任期途中で解散を決断すれば、それ以降は大統領と議会の任期にずれが出るため保革共存が生じやすくなるでしょう。)


 しかも、社会党が人気を落とした原因が内部対立の激化とか、汚職スキャンダルであったことを思う時、我が民主党の内部対立といった話と重なり合うところがあります。1993年の大敗北直前の首相であったピエール・ベレゴヴォワはウクライナ移民の家庭出身の苦労人で、非常に優秀な人物でした。ただ、ベレゴヴォワが首相になった時は、そこまでに下げてしまった社会党の名声を立て直すには既に時遅しの感がありました。ベレゴヴォワ首相が最初の施政方針演説で「(総選挙までの)11ヶ月、それは短い」と述べたのは示唆的です。しかも、ベレゴヴォワ自身に不正疑惑が上がっていて、最終的には転がり落ちるように社会党は大敗北してしまいます。首相退任後、ベレゴヴォワがどういう運命を辿ったかはあえて書きません。


 更には、社会党は国民的人気があるとされていたミッシェル・ロカール元首相を第一書記として1994年の欧州議会選挙を戦いますがここでも負けます。1995年の大統領選挙では社会党はリオネル・ジョスパン元教育相を擁立して、右派のジャック・シラク元首相とエドゥアール・バラデュール首相を相手に戦います。最終的にはシラクが大統領に選出され、ジョスパンは負けるわけですが、この頃くらいから社会党復調の兆しを見いだしていいと思います。当時のジョスパンは顔付きもディベートのスタイルも洗練されているとは言い難かったのですけども、それでも結構シラクと良い勝負をしていました。


 1995年に当選した後、シラク大統領はアラン・ジュッペ首相を任命しました。今でもとても優秀な方だと思いますけども、ちょっと国民に対するメッセージが傲慢に聞こえることがあり、ジュッペ首相は不人気でした。シラク大統領は改革路線の貫徹のため、1998年に予定される総選挙を1年早めて、1997年に国民議会を解散しますが、与党共和国連合はジョスパン率いる社会党を中心とする左派連合に負けてしまい、今度はシラク大統領がジョスパン首相との保革共存に追い込まれます。その際、社会党は53議席から255議席への大躍進をしました(これだけでは過半数になりませんが、左派連合で過半数を確保。)。まあ、保革共存ではあるので完全な政権復帰ということではないのですけども、何はともあれ4年で社会党は政権担当に戻っています。


(注:ただし、2002年の大統領選+国民議会選挙、2007年の大統領選+国民議会選挙で社会党は連敗しているため、大統領も国民議会多数派も社会党が取るという完全な政権復帰は今年のオランド政権誕生まで待たなくてはなりませんでした。その観点からは1993年から19年間、社会党は完全な形での政権担当にはならなかったと言うこともできるかもしれません。)


 1993年に再起不能とまで言われた大敗北をした後、荒野の4年間を過ごし、1997年に国民議会選挙に勝ち政権に戻ったフランス社会党の姿に倣うことができるよう、我々は精進しなくてはなりません。とても厳しい道のりですけども。

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