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香港で「逃げ恥」新春SPが急遽放映中止に――揺れる「香港メディア」 - 鍜治本正人

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独自のスタンスを取る香港メディアと「自己検閲」

 そもそも、香港のジャーナリズム事情は日本とはかなり違う。国境なき記者団が毎年発表している世界報道自由度ランキングなどの指標を見る限りにおいては、香港も日本も過去20年の間、世界の中で大体20~70位台を行ったり来たりしており、香港の方が自由度が高いと評価された年もあるなど、外からは両者の報道自由度はそれほど変わらないように見える。

 だが内実は共通項よりも相違する部分の方が多い。まず、香港の社会格差は日本の比ではない。最低賃金や、貧富の格差を表すジニ係数を比べるだけでもその差は大きいが、イギリスのNGOであるOxfamの試算では、2016年の時点でこの人口700万の都市における上位10%と下位10%の所得差は44倍近くになっている。

 職業としてジャーナリズムの仕事を、また就職先の選択肢として大手マスコミを考えた場合、日本ではある程度社会的地位もあり、給与もそれなりに良いことから希望者も多いと聞くが、香港ではその逆である。記者として働くことは、長い労働時間に平均以下の給与を覚悟しなければならない。そして、別の職業との給与差は年を追うごとに広がってゆくことは、数字の上からも社会の実感としても明らかだ。

 その影響がどう表れるのかというと、給料や地位ではなく、ジャーナリズムそのものに意義を感じて記者を志す人間が多いという点が挙げられる。また同時に、ジャーナリストを一生の仕事とは考えていない人間も多いし、大体3年から5年くらいで職場を変える人間も少なくない。各社それなりに政治色があり、競争の激しい業界であるのは日本と同じだが、こちらは欧米と同じく記者の連帯感、横の繋がりがとても強い。

 今日の競争相手が明日の同僚になることが珍しくないので必然的にそうなることもあろうが、ジャーナリズムの使命感のようなものを共有している部分もあると、筆者は個人的に思う。風通しの良さ、特に若手の人間はいつでも転社、転職する用意があるという点は、逆に緊張感も生む。報道人として編集方針、あるいは倫理的に納得できないことがあれば、それを公にすることを躊躇わないからである。

 実は香港ではかなり以前からメディアの自己検閲が強化されているという指摘があった。香港記者協会が発行している報道の自由に関する年次レポートなどは、2013年ごろから毎年のように中国政府がどのように圧力をかけ、そしてメディア各社がどのように自主規制をしているのかという事例をいくつも挙げている。

 これまでは特に経済的な圧力が大きかった。商業メディアのオーナーの多くは政治的に親中派で、中国大陸でのビジネスを展開しているだけでなく、全人代、中国人民政治協商会議の代表にも任命されている。また広告主である企業の多くも大陸のマーケットから閉め出されるわけにはいかないので、中国政府に「配慮」のない媒体は敬遠する。テレビ局などは報道が主体ではなく、ドラマや歌番組などのコンテンツ、自社タレントの将来を考えた場合、14億人を超える巨大市場を無視するわけにはいかない。

 ビジネスを考え、香港政府や警察、その先にある中国政府に批判的な報道の内容を編集の段階で削ったり和らげたりすることを自己検閲と呼んでいたわけだが、その多くが広く一般的に知れ渡っているのは、当事者、ジャーナリスト、メディア研究者などが自由にそれを掘り下げてゆくことができたからである。

 例えば中立的として知られる『明報新聞』の記者達は、2019年のデモの際、自社の社説が自分たちの意見を代弁しているわけではないと、それぞれ社説の同意できない部分を指摘し、それをSNSに投稿した。冒頭で述べたRTHKにしても、社員組合の代表は、現在でも記者会見などの公の場で自局の管理職に対して批判を展開している。

 だが、香港ジャーナリズム界の前途は多難だ。国安法では「学校、大学、社会団体、メディア、インターネット」の指導、監督、規制(管理)を強化すると謳っている。香港の憲法である基本法の枠外にあるこの法律には、当然ながら前例もなく、例えば取材相手が「香港独立」など法に触れる発言をした場合、記者は倫理的に苦しい立場に置かれる。報道すれば、取材相手が法に抵触したという証拠を作ることになるだけでなく、自らも幇助の罪に問われる可能性も捨てきれない。

 情報源が外国籍であれば、それだけでテーマによっては国家の安全を脅かしたと言われるかもしれない。新疆ウイグル自治区、内モンゴル、チベット、台湾、といった用語は、特に生放送などで口にする時には、慎重に考えながら話さなければならない。そのような状況の中、萎縮せずにこれまで通りのジャーナリズム活動を続けることは難しい。安全策で、とにかく敏感な問題には一切触れないという風潮が今後何年かの間に生まれてくるかもしれない。

 その兆候と言えるかどうかわからないが、エンターテインメントの世界ではすでにその傾向が見られる。もともと建制派という定評のあるテレビ局『TVB』は、1969年から続いていた米アカデミー賞の生中継を今年は放送しないと3月29日に発表した。今年1月6日には同社の運営する有料動画配信サービスで放送予定だった日本のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の新春スペシャルが番組表から消え、放送もされなかった。

 TVBは現地メディアの取材に対して、アカデミー賞のキャンセルは純粋にビジネスとしての判断であるし、放送予定の変更はよくあることだと述べているが、前者は短編ドキュメンタリー部門にノミネートされている『Do Not Split』という作品が香港デモを題材にしている。賞を取る、取らないにかかわらずその映像が流れ、中身が紹介されることは予想される。後者はドラマの後半、武漢で発生した新型コロナウイルスが話の中で大きな要素を占めている。

 今後香港における報道の自由、言論の自由がどうなってゆくのかはわからない。だが昨年7月以降の経緯を観察する限り、自己検閲がさらにエスカレートしてゆくことは大いに懸念される。

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