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香港で「逃げ恥」新春SPが急遽放映中止に――揺れる「香港メディア」 - 鍜治本正人

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2019年の香港でのデモの様子(C)Jimmy Siu / Shutterstock.com

昨年6月末の国家安全維持法(国安法)成立・施行後、香港の状況は大きく様変わりした。メディアへの影響も大きく、次々とテレビ番組の放映がキャンセルになったり、英字紙記者へのビザ発給が拒否されたりと、先行きが見えない。香港のジャーナリズムはどうなってしまうのか――在香港歴21年のメディア研究者が現地の様子をお伝えする。

相次ぐテレビ番組の放映直前キャンセル

 中国の全国人民代表大会(全人代)で香港の選挙制度の大幅な変更が採択された当日の3月11日、香港の公共放送である『香港電台(RTHK)』の「議事論事(LegCo Review)」という夜8時からの時事評論番組が、放映直前15分前に突然キャンセルされた。

 番組では建制派(親中派)、民主派の元議員、政治学者などをゲストに呼び、発表された選挙制度改正の内容についての討論を流す予定であったが、最近こういったメディアのドタキャン騒動がこちらでは相次いでいる。

 その数日前の3月7日には「香港故事」という社会・文化的なテーマを扱う番組で、現地作家のインタビューをメインにした回の放送が見送られている。報道によると、2019年の香港デモにおける警察の対応を批判するコメントがRTHKの編集指針にそぐわないと局の上層部が判断したようだ。

 この背景には、その1週間前の3月1日に廣播處長(RTHKのトップである放送局長)に就任した李百全氏の存在がある。官僚出身で報道経験の全くない李氏は、後日、詳細には触れないとしながらも、放送のキャンセルを自ら指示したことを認め、編集権の独立は局全体のものであり各番組ごとにあるわけではないと発言し、今後は番組制作の計画を提出させ内容の管理を強化してゆくと立法会(香港議会)で述べた。

 公共放送と呼ばれてはいるが、RTHKは組織的には完全に香港特別行政区政府の一部であり、受信料などを徴収しているわけではなく、全て政府予算で運営されている。それでも1997年の中国返還後からこれまで、報道機関としての中立・独立性を保ち、権力を監視する役割の一端を香港社会では担ってきた。

 記者会見で政府に手厳しい質問をする所属記者も多く、時には民主派寄りとまで言われてきたが、昨年6月末の国安法成立・施行の後、状況は瞬く間に様変わりした。香港デモ以降、政府は林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官を筆頭に、折に触れRTHKを非難していたが、今年2月19日にその報道姿勢、編集方針を批判する報告書を発表、前任者を任期終了半年前に事実上更迭し、前述の李氏を起用することを明らかにしたのである。

 3月29日には「鏗鏘集(香港コネクション)」という人気のドキュメンタリー番組がまた突如キャンセルされた。放送前の宣伝によると、各大学の学生会の現状を特集する内容であり、学生会代表のインタビュー内容が問題視されたようだ。各大学内の選挙で選ばれた学生会の代表の多くは、2014年の雨傘運動に見られるように、民主化運動に積極的に参加している。

 同日、RTHK側は公式声明として上記3番組の放送が直前に中止された理由を発表した。それによると国安法や選挙制度の変更について「一方的で、不正確な」見解が含まれていたとなっている。これらの番組は全て3月1日以前に制作されたもので、上層部の人間で構成される新しく設立された編集委員会の審査で中止が決定されたとある。

 またこの日、通信業界の監査機関である通訊事務管理局はRTHKが昨年放送した番組について視聴者から苦情があり、今後気をつけるよう勧告したと発表した。問題となったのは番組で使われた「台湾の外交関係」という言葉で、これは台湾を国家と見なすような表現であり、中国の主権に対する「侮辱」であるという視聴者の言い分は正当であるという判断を下したとしている。

急速に変化していく香港ジャーナリズム

 国安法施行以降、香港におけるニュースの現場、報道のあり方は急速に変化している。これまで述べてきたように政府機関であるRTHKの例が特に顕著だが、もちろんこれは一放送局の話だけではない。昨年8月、200人の警察官が民主派の新聞として人気のある『蘋果日報(アップル・デーリー)』の本社オフィスを家宅捜索、国安法違反で創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏を逮捕した出来事は、こちらではかなりの衝撃を持って迎えられた。

 同社の社員がその顛末をFacebook上でライブ中継した映像はあっという間に拡散され、法律施行後わずか1カ月余りで起きた事件のビデオは、香港における報道の自由、ジャーナリズムのあり方に不安な影を落とす象徴的な事例となった。この日以降、国安法に抵触することを恐れて記者の取材活動が萎縮することが、かなり切実な問題として語られるようになっている。

 その後もジャーナリストの逮捕、英字紙と雇用契約を結んだ香港在住外国籍記者のビザ発給拒否、海外メディアのオフィス移転、景気などの理由による民放テレビ局記者の集団解雇、いくつかの社では編集方針に抗議する辞職などが相次ぎ、先行きのわからない状況だ。

 筆者は21年前に香港でジャーナリストとして働き始め、2010年以降は香港大学ジャーナリズム・メディア研究所で教鞭をとっているが、目の前で起きているこの大変動がどう収束してゆくのか正直予想もつかない。確実に言えるのは、この流れが続くのであれば、これから香港のジャーナリズムはこれまでと全く異なった形になってゆくだろうということだ。

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